12/13 沈みゆく船の運命


 突然だが、僕たちは海岸にきている。


 どこに海があったんだ? 見渡す限り森だっていってたじゃないかって? 


 ——たしかに。


 これには僕も驚いたんだけど、このマザーグースの森は【海すら内包する】らしい。


 ただこれ以上は「そろそも不合理ナンセンスなものに合理センスを求めるのが不合理ナンセンス」と、レディががんとして説明を拒んだので、詳しくはなんとも言えない。


 海岸には、一隻の船がとまっている。

 ここにいる人物は、今回の僕たちのターゲット——すなわち『ラム酒』を大量に持っているらしい。

 

「ちょっと、アンタさっさと行ってきなさいよ」

 まったく自分から動く気のないレディの命により、僕は船に近づき、大きな声で呼びかけた。


「すいませーん!」

 返事はない。

「すいませーーん!!」

 やはり返事はない。

「すいませーーーん!!!」


 ギィィィィっと操舵室のドアがあき、なかから船長とおぼしき男がでてきた。伸び放題の髪、モジャモジャとした清潔感のない髭、そして手には酒瓶。小太りのその体は、グデングデンと足取り不確かに揺れている。


「うるせぇ。こっちは落ちこむのに忙しいんだっつーの」


「す、すいません! あの……僕たち、クリスマス・プディングを作っていて、それで『ラム酒』が必要なんです。船乗りのあなたなら、きっと持ってるって、レデ……いえ、とある方が教えてくれました。差し出がましいのは承知なのですが、少しだけ分けていただけないでしょうか……?」


「はぁっ? なぁんで見ず知らずの奴に、大事なラムをやんなきゃいけねーんだよ」


 正論だ。とてつもなく正論だ。


「さぁ、話はおわり。けえったけえった」船長は手をヒラヒラとさせ、僕らを追っ払おうとする。とりつく島もない。


 とはいえ。こちらも引き下がるわけにはいかない。ラム酒は、クリスマス・プディングに不可欠だ。少なくとも僕のなかでは。


 なにか、交渉できるものがあればなぁ。

 と、あたりを見回してみれば、幾つもの木材や防水用のペンキのようなものが、船の脇に山と積まれている。そして、“落ち込むのに忙しい”という言葉……


 これは、もしかして……


「……あの……この船は、修理中なんですか?」


 僕の投げかけた質問に、操舵室に戻ろうとしていた船長はピタと足を止め、大きくため息をついた。


「そうさぁ、文句あっか? なぁんでか、俺の船は9月の最後の日になると沈んじまうんだぁ。毎年、毎年、毎年よぉ……。引っ張り上げて修理しても、まるでキリがねぇ。呪われてるみてぇだ」


「じゃあ、もしそれをあたし達が解決したらラムを分けてくれる?」


 いつの間にか隣に来ていたレディが、船長に向かって聞く。


「おお、なんぼでもやらぁ。できるもんならなぁ!」


 挑発的に髭を揺らして笑う船長を前に、レディは僕にひそひそと囁いた。


「コータ。悪いけど、ちょっと戻ってアレもってきてよ」

「あれ?」

「そう。ア、レ」



 ◇



 僕は全速力で厨房へと戻り、『カレンダー』を壁から引き剥がして海岸へと急いだ。


 これが、なんで必要なんだろう?

 レディに確認する時間はなかった。


 移動ついでに、一応、今日のハートの中身を確認する。『禿げちゃう……♡』。えっと……。どう捉えたらよいかわからなくて、見なかったことにした。




 待っていたレディに、冬の空気で冷たくなったカレンダーを渡すと、緑の瞳をくるりとさせて彼女は言った。


「ありがと。これが超重要なのよ」


 そして、カレンダーをペラペラとめくっていく。

 一番上、いつも目にしている12月分の下には、すでに来年、再来年、明明後年、んん? 何年分あるんだコレ? その先ずーーーーーーーーっと先のものまでが連なっていた。


 その中から「9月」のものだけを、シュシュッと破り取っていく。


「ほら! アンタたちも!」


 レディに促され、僕も、それからなぜか船長も、このひたすら9月を破り続ける作業に加わった。




 夢中で作業し、気づけば9月の束は、てっぺんが見えなくなるほど高くなった。


 いつしか周りは暗くなり、空には青い星が瞬きはじめている。

 そこに、そびえ立つ白い紙の塔。


「さあ、できた。次は、これを消すのよ。9月がなければ船は沈まないもの」と、レディが船長にマッチを手渡す。


「おおぅ」と、船長はやや困惑しながらも、言われるがままにマッチを擦った。


 ゴオオォォォォオという凄まじい音とともに、9月の塔は瞬時に燃え上がり、輝く火柱へと変わる。パチパチと爆ぜる音が辺りにこだました。


「本当にこれで、9月がなくなったんかなぁ」


 船長はおすおずとレディに聞く。


「そう言うと思ったわ。証拠はこれよ」 


 レディが持っていたのは、今年の9月。つまり、もう過ぎた月分のカレンダー。


 それをくしゃくしゃと丸めて火柱にくべる。カレンダーは、ジュと音を立てて瞬時に燃え消えた。

 


 ……ガタン、ガタピシ、ガタゴロッ!


 一呼吸くらい置いて、海岸に着けられていた船が生きてるかのように前後左右に揺れはじめた。


 これは……


 ぐらりと傾いた船の底には、黒い大きな穴。それがクタクタクタと塞がっていくのがみえる。


 あっという間に、船は壊れる前のピカピカの状態に戻っていった。


「ハハハハッ、こいつはすげぇ!!! 今年の9月がなしになった!!」


 船長はぴょんぴょんと飛び上がって大きく笑う。

 そして——泣き出した。


「……ありがとよぉ、ありがとよぉ。船、直してもまた沈没するんじゃねえかって、怖くて、怖くて、怖くてヨォ。とても素面でいられねぇから、このとおりラムばっか呑んじまって。……でも、あんたらのおかげで、オイラも変わることができらぁ」


 袖で涙を拭き、船にダダダダとかけていった彼は、何かを手に戻ってくる。


「ほら、これやらぁ。オイラがもっているうちで一番上等のラムさぁ」


 船長の笑顔が、ビンに反射してまぶしい。


 僕らはこうして、最高のラム酒を手に入れた。


 *…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 以下、登場したマザーグースの紹介


『The Big Ship Sails』

(大きな船はススム)


 The big ship sails on the ally-ally-oh

 The ally-ally-oh, the ally-ally-oh

 Oh, the big ship sails on the ally-ally-oh

 On the last day of September.


 The captain said it will never, never do

 Never, never do, never, never do

 The captain said it will never, never do

 On the last day of September.


 The big ship sank to the bottom of the sea

 The bottom of the sea, the bottom of the sea

 The big ship sank to the bottom of the sea

 On the last day of September.


 We all dip our heads in the deep blue sea

 The deep blue sea, the deep blue sea

 We all dip our heads in the deep blue sea

 On the last day of September.


 大きな船が海に出る

 アリ-アリ-ホー、アリ-アリ-ホー

 大きな船が海に出る アリ-アリ-ホー

 9月の最後の日の事さ


 船長は叫ぶ もうだめだ

 ダメダメだ ダメダメだ

 船長は叫ぶ もうだめだ

 9月の最後の日の事さ


 船は沈む 海の底

 ブクブクと ブクブクと

 船は沈む 海の底

 9月の最後の日の事さ


 僕らの頭は 海の中

 深い海 深い海

 僕らの頭は 海の中

 9月の最後の日の事さ

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