第10話 わたしと「ワタシ」

 生命が日々を営むこの惑星には環境維持と最適化を司るModelater【モデレータ】が7人、管理を司るAdministrator【アドミニストレータ】が3人いる。


 大陸の隅に浮かぶ四季が彩る約3000kmの本島と複数の島からなる国の中に惑星管理結社「レイラインフラッピングエーテル技研」は存在する。

 通称「結社」と呼ばれている。


 この世界に来て魔力とその原理を研鑽し、日々惑星の管理とフラッピングエーテルを応用した構成系防衛システムの技術開発。

 この惑星に留まる魂の浄化を主に担当している。


 フラッピングエーテルについて誰かさんが説明した様に、一般的に全宇宙空間に存在する素粒子である。

 「宇宙は始りから木の様に未来へ伸び続け未来の数だけ無限に枝がひろがる構造」となっていることが観測されていて、その枝の揺れによりフラッピングエーテルが発生すると考えられている。

 詳しい事は未だ解明されていない。

 ダークエネルギーと呼ばれていたあのエネルギーとも考えられている。

 この素粒子は人の意思に呼応し、エネルギーとなり技術となり多くの者は【魔力】と呼ばれる。


 私達は公的にどの国にも属さず、この惑星の管理している。

 実質、この島国を治めているのは結社なのだけど――


 ――いまから数千年前のこと。内宇宙、外宇宙からの同時侵略行為によって荒廃したこの惑星の再生と、穢れた魂の浄化を行っている。

 と言っても、惑星の再生は他の妹が担当している。

 私はアドミニストレータの1人でレイラインシステムによる「魂の浄化」と文明の維持を主に担当している。


 数千年前は50億人もの人で賑わったこの星も、例の侵略行為により今は10億人程。魂の浄化が済んでおらず、この調子だと浄化完了まで現時点だとあと2万年と計算されている。


 アドミニストレータがあと1人いるはずなのだけど……――ちょうど3千年程前からその子の記憶が欠落、いや、まるで布で隠された様に思い出せない。


 レイラインの維持をしているらしいのだけどね。

 その子がレイライン維持の為、精神体となりこの惑星を見守っているという事実だけは知っている。


 詳細は不明。また会いたいなー。


 また、数千年前まではビルや乗り物で溢れたこの惑星の文明も現在は乗り物は馬や龍種がメインとなり、生活レベルは「中世」レベルに抑えている。


 ともあれ魂の浄化が済んでいないこの星は人口を爆発的に増やすことも出来ないわけで、現時点ではバランスが保たれている。


 ただ各国が不満を持ちすぐ戦争をしたがることもあり、娯楽でエーテルネットを復活させ、人々はレイラインシステムの恩得によりステータスを与えられ自分達で魔物討伐、冒険などの様子をステータスウインドウ経由でSNSにアップロードしたりし、楽しんでいる。

 いわゆる旧文明で流行ったネットである。

 当然のごとく、現代日本人がみれば情報化社会となり中世風ファンタジーの生活様式をしているだけの日本と変わりないだろう。


 いわゆる魔物などいなかったこの惑星には侵略者により改造された生物が魔モノとなり生活に溶け込んでいる。魔物の大半は害獣となり、人は与えられたステータスによる力を頼り魔物を駆除している。駆除された魔物の魂はレイラインシステムへ昇り浄化後に健全な魂へ戻り、生命に宿る。


 エルフや魔族といった種族もいるが、それらの種族も侵略行為によって侵略者により改造され人類の一つ。種族で国を作ったり混じり合い皆で文明、暮らしを支えている。でもエルフは害獣指定である。


 こんな世界になってしまったけれど徐々に魂の浄化は進んでいるし、戦争など許さない。

 大義名分がない場合以外には私達も許可はしない。

 魂の浄化が遅れてしまう。


 でも困った事が起きた。


 とある国の問題行動に痺れを切らし警告しに出向き難なく警告は受理されたのだけれどね――


 レイラインシステム外にある、私の外部エーテル補助ストレージ術式「ガーデン」が全て機能停止になり通信による会話も不能になり惑星維持の負担が妹に倍となり遅いかかっていた。ガーデンは異空間に収納してある仕事に使うシステムの様なもので単にノーパソを持ち歩いて仕事をしている、と思ってもらえたら想像はたやすいだろう。


 「ガーデン」は結社員それぞれ独自にエーテルを最適化し途方もない数のスキルをスクリプトで術式化した専用の魔科学ポータルシステムでもあり戦闘の補助にも使える。物凄く途方もない時間をかけ、各々が拡張している。


 私は今は必要ないかな?昔ならともかく、今は身体能力や術式の自力行使の方が強いし。


 とまあガーデンの説明は置いといて、

 突然、私はシステムにログインできなくレイラインアクセス出来なくなっていた。

 帝国リューナリスに仕事で行ってたのだけど、これはマズいと調査の過程でアヤの里に立ち寄っていた。

 20~25年以内?に「枝」の対処が必要になると言うのにこれは困った。

 とは言え、ガーデンが不能になるなんて今までなかったし…。


 魂には形がありそれぞれユニークで同じ形のものは絶対にない。

 それが魂核と呼ばれるものである。

 ガーデンやステータスは魂核で認証され使用者により運営される。

 システムに割り込み出来る能力があれば基本的にはアドミニストレータかモデレータしかいない。

 ただ調べてみたがそれはない。

 もう一人のアドミニストレーターは帝国で一緒にいたのだ。

 妹達はまずそんな事をしないし出来ないだろう。

 盲目と思うだろうがそれはありえないのはわかる。


 となれば最後のレイラインを管理しているアドミニストレータのあの子、と思ったけど一切こちらからは調べることはできない。


 もう一人のアドミニストレータの人にアクセスログを調べてもらうと私が最後にログインした場所が帝国リース。なのにも関わらずその1分前と5分前に惑星裏側にある結社所在地であるこの場所から200kmほど離れた場所でログインされていた。

 その場所での最後が魂核認証である。


 実際魂核は同じ形のものが存在しない為に魂核認証など不要と考えられているけど、セキュリティ意識が高い私はガーデンのポータル画面に魂核認証を付与した。


 しかし、そもそも魂核が同じでなければガーデンやステータスを呼び出せない。

 アクセスログからは私が2人いるか、私が瞬間移動をしそこでログインをしたということが読み取れる。

 前者の場合は要調査。

 後者の場合は私、瞬間移動できちゃうの?って感じである。

 そんな便利な術式など存在しない。


 なんてことをアヤに話していた。


 その時、レイラインシステムから声が聴こえた。

 どこか懐かしい声。


『アノ子ヲ、タスケテアゲテ』

 たった一言だけど、私は何があって、何をすればいいのか理解し、実行に移した。


「アヤ、ちょっと私が私じゃなくなるかもだけどワタシをよろしくね!」

「え?なに?どうしたの?ちょっと待ちなさい!綾子!」






 -月が高く昇る。

 -仰ぎ追い続ける私。

 -巡り廻る天に浮かび、それは地平線に消えていく。

 -追い続けた先には闇。

 -振り向けば光。

 -私は今日も繰り返す。

 -もう少しで追いつきそうなのだ。

 -私は立ち止まらない。

 -理想を描いた果てに彩られる現実。

 -それは甘味の様に甘く、果実の様にちょっぴり酸味がある様だ。

 -熟れたらもっと甘くなるのかな?

----


 夢か――


 ――あー、頭がガンガンするしものすごく頭に響く。なんかうるさい。何でこうなったんだっけ?あと体痛い痛い痛い痛い


 朦朧とする


 ああ、そうだ私は「ワタシ」がヤバそうだったから私と「ワタシ」の【精神体】をレイラインを通してシステムに引き上げ、私と「ワタシ」の記憶を入れ替えたんだった。レイラインにいる「あの子」からの知らせを聞いてないと危なかった。システムもあの子のおかげで繋ぐことができたし本当に助かった。

 この「ワタシ」に死なれたら困るしね。


 エレナだろうか?かろうじて体組織の結合、復元までは済んでいるがあとは自然治癒しかないだろう。

 これ「ワタシ」だったら、私じゃなかったらショック死してたかも。

 そのくらい血を流しているし酷いね……――このケガ。まああとは少し栄養をとって休息すれば良くなるだろう。

 

 しかし体は全く動かんね。


 精神体だけ、いわゆる記憶だけとはいえ私なんだから意識も自我も私になっている。

 逆に私は「ワタシ」の事はわからない。


 うん、初めてやったけど入れ替わりは成功だね。記憶の混乱もなさそう。

 緊急措置とはいえ私と「ワタシ」が全く同じ魂と体を持つ故にできる裏技だ。

 これなら理にも抵触しない。

 ハードウェアもOSも一緒ならアプリケーションとデータは入れ替え設定するだけで辻褄があってしまうのだ。

 死なれたら困るのもそうだけど、レイラインの「あの子」に助けてあげてって言われたしね。間に合って良かったよ。

 いや〜でもしんどいな。すごい疲れた。


 私はこの世界ではアーニア・フォン・シュテュルプナーゲルと呼ばれている。

 本名は篠村綾子。


 この体は17歳かな?やったー!若いじゃん!本物の17歳になっちゃった!!って17歳??16歳じゃなくて?まあいいか……でもなんかね、なんだろ…――若々しい肉体のはずなのにね、この体…――もの凄く気力が湧かない。

 怪我のせい?いやそんなんじゃないね。


 よほどだらしない生活をしていたのか…この体は各受容体のエネルギーとなる栄養があまり精製されていないし受容体の取り込みもわるいね……――精神的にだいぶ無理していたのかな?

 目を開きたいんだけど面倒、そんな思考に私は支配されていた。


 あと口の中、血で鉄っぽくて気持ち悪い。


「み、水……」


 誰かが私の上半身を起こし、気道が真っ直ぐになるように体勢をかえてくれた。

 口へ少しぬるい液体が注ぎ込まれる。

 水だよね?味がわからん。


 ガラガラガラガラ〜!ゴボ!ゴクン


 吐き出せなくって飲んじゃった…、ペッてしたかったのに。

 でも、少しは楽になったかな…。

 あれ?傷はもうなくなった?

 いやまだ痛いかも…


 私は重い重い瞼を開いてみる。うおりゃー!!ほんと重いんだよ……――瞼。


「おねーちゃん!」

「綾子!」


 エレナ、と誰だっけ?この可愛い子。

 レイラインにいる「あの子」に似ている。

 「あの子」もぼんやりしててよく思い出せないんだけどね。

 綾子って呼ぶってことは友達なんだろうな。

 どこか懐かしいな、この子。


「水……」


 私は何度もうがいをした。

 血の味がね、気持ち悪くて。

 途中で気付いたけど水じゃなくて私が開発した「ポーション」じゃんこれ。

 瓶の蓋やパッケージに私の顔が書いてある初期ロットじゃん。

 廃棄してなかったんだね、ふふ。


 私のポーションは怪我や状態異常によくきくんだよね。

 さっき飲んだからかな?かなり楽になった。

 でもフラフラするな…――もう1本いっとくか。


 んぐんぐんぐ、ぷはー


 血が足りない。


「な……にか…食べる…もの…――ある?」

「綾子、ハンバーガーあるよ!」


 ハンバーガー?ってパンにハンバーグ?これは重いね……――でも血足りないし仕方ない。

 黒髪の可愛い女の子がハンバーガーを口に運んでくれた。


 パクっ、もぐもぐもぐ。

 ん?もぐもぐもぐ。


 うま!これ!


 カッ!と音がなる勢いで目を見開いた。

 もう1つ――むしゃむしゃむしゃ。


 な、なにこれ。

 料理全然しなくなって久しいけどこれはなにか悔しいくらいにおいしい。

 あーこれ、また食べたいな。

 もう無いの?


「あれ?おねーちゃんもう大丈夫なの?そんなに食べて。まだいる?」


 周りを見渡すと横にエレナと可愛い女の子がいて。

 あとセレナとノアちゃんとあとナッちゃんとミーちゃんか。

 あ、ナッちゃんいま自分のハンバーガー隠したな。

 別に取りゃしないよ……ふふふ


「あ、うん、ハンバーガーはもう大丈夫かな。しかし血の量がヤバいね…――私のだけど。」

「あれ?おねーちゃん今、からっぽじゃなくなってる?目がね?金色に戻った。いや金色に変わった?さっきまで茶色いだったのに。」

 あ、生命維持に力使ったり、体全体に治癒力上がる様に回路術式使ったからかな…――ごめんね「ワタシ」


「うん、エレナ……――もう大丈夫、って言ってもクラクラしてるけどね。私はアーニアだよ。」

「良かった、みんな心配したんだよ!悪い魔モノはもういないよ!ほんとに、ほんどにぃ……――心配じたんだよ!うわあああん!」


 あらあら、こっちの「ワタシ」、随分と懐かれてるのね。

 あんまりエレナ達とも最近会えてなかったし寂しい思いさせてたんだね。


 エレナの頭を撫でた。

 エレナ血塗れね。

 私の、ワタシの血だよね、ごめん。


「あの、姉上、ご、ごめんなさい…。」

「セレナもおいで。みんな…ごめんね。迷惑かけちゃって。当分は近くにいることになるからさ。」

「姉上!うわああん、おねーちゃん!良かったー!」

「え?アーニア?綾子?え???」


 可愛い女の子の頭上には疑問符が何個も見えるかの様だ。

 目の周りが赤い。

 泣いてくれたのだろうか?


「え〜と、え〜と」

 どこか懐かしさを感じながらも私はこの子の名前がわからないのだ。どうしよどうしよ。

 エレナが私にローブを着せて補足する。


「おねーちゃん、レイちゃんだよ。怪我で混乱してる?大丈夫?」

「うん、混乱して……――る。レ、レイちゃん?心配かけてごめんね。」

「綾子」

 レイちゃんは私をそっと抱きしめた。

 血まみれでごめんね…。

 スンスン。

 おや?いい匂いがするなこの子。

 心地よいな、この子。


 記憶を入れ替え脳に負荷が掛かった事だろう私はとてつもなく眠い。

 あ、だめだ、これは抵抗できない。


「ちょっと寝りゅ――」


 私は意識を手放した。


----


 気づけば私は3日ほど寝ていた。

 凄い眠い。

 

 なにこれ?入れ替わりの反動?


 3日も寝ればだいぶ回復したようだけど身体が怠い。

 起きた場所、ここはどこだろう?


 視線を感じ目を横目すると可愛い可愛い女の子がいた。

 黒く腰まで伸びた髪、整った顔立ち、凛とした印象の美人、可愛いを凝縮した様な女の子だ。

 レイちゃん。


 それとエレナとセレナもいる。

 ノアもいるね。


「レイちゃん?」

「おはよう綾子、いやアーニア?」

「おはよう、綾子で大丈夫だよ。もしかして私がいまどんな状態かはエレナに聞いた?」

「なんとなくだけどアーニア状態?ってのはねー、でも綾子なんでしょ?」

「んー、まあそうなんだけどね。」

 今の私と「ワタシ」について、魂と記憶について、精神体を入れ替えをした緊急措置についてと、「ワタシ」が今どこにいるかを伝えた。


「へー、綾子が2人ね〜。どういうこと?」


 それはね……

 私は世界の構造と『branch of originate』についてを説明をした。


 世界に歪な流れを作った人は今頃なにしてるんだろうな……――会ったことはないけどさ。

 なんでこんなことを繰り返しているのだろう?永いこと疑問に思っていたが未だにわからない。



-------


 飛空艇での出来事。


 1人の甘味大好き乙女が冷蔵庫の前を陣取りしゃがんでいる。

 なんか犬みたい。

 まるで犬耳があるかのように錯覚しそうなくらいだ。

 たまにこちらを向いては物欲しそうな表情をする。



「へっくし!」

「アヤ、風邪?じゃあミルクレープ食べられないね。」

「誰かが噂しているだけよ!風邪じゃないし、それに風邪でもミルクレープは食べられるわよ!」

「あと30分は冷やさないとダメだよ。」


 クゥーンとでも泣きそうな表情だ。

 実際にはないが犬耳が垂れている様だ。


「へっくち!」

「やっぱり風邪じゃないの?少し寝てたら?」

「あれー?そうかな?大丈夫よきっと!クシャミといえばね〜、あそこでクシャミなんかしなかったら。」

「クシャミ?」

「いや、なんでもないわよ。」


 クシャミでなにかやらかしたんだろうな、こういうのはあまり追求しちゃいけない。

 まあ、この前に比べたら食べたいアピールはしてるし泣いちゃうしなあ。


 仕方ないなあ。

 わたしは冷蔵庫を開け切落したミルクレープの端をとりだした。

 ほんとは1時間は冷やさないといけないけど、切れ端だしいいよね?

 まあ冷えてると言えば冷えてる。


「椅子におすわり」

 ワンとでも言いそうなくらいに、それはとても嬉しそうに椅子にすわった。


「綾子様、この卑しい私めへの寛大な慈悲をありがとうございます!困ったことがあれば力になりましょう。是非、その切れ端を私へ――」


 お、おう――必死だな……。

 餌付けはほどほどにしないと良くないな。

 ドン引きだ。


「はあ、そんなこと言わなくてもあげるよー。」

「ありがとー、綾子大好きー!ぱく、もぐもぐもぐ、んー!おいひー!」

 現金だなこの子。まあでもほんとに美味しそうに食べるなこの子。ケーキとか好きすぎじゃない?お嬢様育ちならたくさん食べれただろうに。


 後にそれはそれは永く永い時間を、甘味とは無縁の生活をしていた女の子の話を聞くことで理解した。

 けれど、それは別のお話し。


 まだまだ空の旅は長い。

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