第27話 俺が知らない物語

斎藤宮司に案内されて宿坊内の通路を歩く。宿坊内は一時期、その収容人員を僅かに超える約300人の避難民を収容していたため、其処彼処に物資の詰まったダンボールが今も積み置かれている。現在は避難民の約半数が既に救出され、或いは魔物に害されて人数が減ったため、宿坊内もやや閑散としていた。


俺達5人が案内された先は応接室で、革張りの2人掛けソファがセンターテーブルを挟んで2対と1人掛けのものが二脚置かれている。斎藤宮司に促され、それぞれ着席(俺はエーリカの隣)すると、若い巫女さんが緑茶を出してくれた。さて、どんな話が出て来るものか。


斎藤宮司は1人掛けソファに腰掛けると、再び俺達に深々と頭を下げた。


「この度当社及び避難者達をお救い下さり、誠に有難う御座いました。」


「顔を上げて下さい。御礼なら先程頂きました。それに俺達が自分達の為にやった事でもありますから。」


斎藤宮司は「そう言って下さると助かります。」と言って漸く顔を上げた。


そして、いよいよ本題だ。


「この度、私達が呼ばれたのは、一体どのような主旨なのでしょうか?」

「リュウ、それについては俺から話させてくれ。」

「?」


いきなり何だというのだろうか?何故斉藤がこの件について説明するのか?よくわからん。斉藤と斎藤だけに何か繋がりがあるとか?いや、まさかね。


俺はそんな取り留めない事を考えていたが、斉藤は神妙な表情で話を続ける。


「まずはリュウ、俺はお前に謝らなくてはいけない。俺がお前をこの事態に引き込んでしまった。申し訳ない。」

「何言ってんだよ。そりゃ、タケが秩父に旅行したいとは言ったが、こんな事になるなんて誰もわからないんだ。ある意味自然災害というべきか、不可抗力だろう。お前のせいだなんて思っちゃいないよ。」

「…いや、そういう事では、ないんだ。」


斉藤は言いにくそうに、長い話になるがと前置きをして話を続けた。


「多分、気付いているとは思うが、俺と斎藤宮司は遠縁に当たる。」


話を要約すると、斉藤の一族は代々神職を司り、その本家は《齋藤》家。そこから分家していく程に齊藤、斎藤、斉藤、という具合に《齋》の字が簡略化されていくそうだ。という事は、斉藤の実家は分家もいいところという事になるわけか。


そして、この齋藤一族は歴史の表には決して現れない組織(要は秘密結社だね)を有している。その目的は国体護持に始まり、神道の擁護、陰陽道などの古代から伝わる秘技、秘伝、秘術の継承や研究など多岐に渡るそうだ。


斉藤の実家は組織の中でも割合末端の方らしく、その役割としては経済活動を通じて資金面で組織を支える事やそれぞれの立場での情報収集であるという。


「俺にも子供なりに役目が課せられていたんだ。それは、将来我々の組織の構成員にスカウト出来そうな才能がある子供を見つける事だったんだ。」


そのような役目が有ったとは言え、そこは子供なので飽くまで生活に支障の無い範囲で、という事らしく、斉藤少年が送り込まれたのは、手っ取り早く近所にあった錬気道空手道場だった。


そして、そこで俺と出会い、数年後、斉藤は俺という優良株を親を通じて組織に報告したそうだ。


「リュウは学業成績良く、運動神経も抜群だった。おまけに道場での格闘センスもあり、錬気術も師匠の指導で気を操る術も順調に修めていた。俺が報告したら直ぐに組織からの調査が入ってな。師匠の推しもあってスカウト対象に挙げられた。」


斉藤の話の中には、俺としては聞き捨てならない事が多々あった。


「すると、師匠もその組織の構成員という事になるのか?」

「いや、師匠は違う。組織から資金援助を受けている協力者だ。正直、あの人はどういう人なのかよくわからない。底が知れないというか。まあ、俺程度では知りようがない。」


つまり、その組織のどんな部門にスカウトするのか知らないが、俺は運動出来、成績良く、腕っぷしも強くて、錬気術も修められる者として斉藤が目を付け、師匠のお墨付きとなり、自分でも知らない内に齋藤一族の庇護と監視下にあった、というわけだったと。


「……」


俺としては少々複雑な気分だ。俺は理由もわからない不遇な家庭環境にあり(まあ、モラハラの虐待だな)、子供なりに必死に自分の居場所を求めて生きてきた。学業も部活(剣道部)も好成績を維持したのは、俺を無視する両親への俺なりの意地だ。


道場で師匠の技を一生懸命に修得したのも、漸く確保した居場所を失いたくなかったからだ。


そんな俺の事情を全て知りながら、斉藤は冷静に俺を観察し、その組織とやらに報告していた。


そこで、俺は斉藤への多少の意趣返しも含めて、少し意地の悪い質問をしてみる事にした。


「なあ、タケ。お前は小学生の頃から今まで、その組織とやらの命令で俺とつるんでいたのか?」

「それは違うぞ。断じて違う!組織の命令なんて関係ない。俺はお前を親友だと思って今まで生きてきた。それは信じてくれ。」


俺達の遣り取りをエーリカとユーリカが息を潜めて聞いてる気配がした。


俺が斉藤に放ったちょっとした毒は、思っていたよりも効いてしまったようだった。斉藤の必死な表情を見て、俺は罪悪感を覚えたので、まあ、この辺で勘弁してやる事にした。


「いや、別に、俺もそんな風に思っちゃいないよ。ただ、ちょっと腹が立ったから言ってみただけだ。悪かったな。」

「リュウは悪くない。お前がそう思うのも当然なんだ。本当に済まなかった。」

「もういいって。お前だって何年もそんな秘密抱えて辛かっただろ?俺だってお前がいなかったらどれだけ寂しく辛い子供時代になったことか知れない。タケ、お前にはずっと感謝してたんだ。」

「リュウ、俺を許してくれるのか?」

「許すも何も、俺達友達だろ?」

「リュウ…」


よく見れば、斉藤の瞳が眼鏡の奥で潤んでいた。こんな泣きそうな斉藤を見るのも何年振りだろうか。あれは小学6年生の時、クラスで俺達に反感を抱いた奴が、普段から斉藤にやりこめられていた腹いせに、斉藤がネットオークションで入手した、秩父を舞台にしたあのアニメの下敷き、そこに描かれたヒロインの顔に油性ペンで巻き糞を描かれて以来ではないだろうか?


「あの〜、仲直り出来たところで話を先に進めませんか?」


朝倉少尉が遠慮がちに、そう促す。すると斎藤宮司が咳払いして斉藤から話を引き継いだ。


「土方君には大変申し訳ない事だったが、我々の組織は土方君を佐伯先生お墨付きの錬気術士として、将来、組織の構成員に迎えようと注目していたんだ。そして、今月に入り、岳へ土方君を9月15日に秩父へ連れ出すよう指示が出た。」


斎藤宮司の話は更に続く。因みに佐伯先生とは俺達の師匠の事な。


「この度の異世界から魔物が現れた事態。実は我々の組織は事前に察知していたんだ。」


これには俺達みんな絶句した。そんな異世界からの侵略(だと俺は思っている)をどうやって察知できる?


「どっ、どうやって、ですか?」


と、朝倉少尉が凄い勢いで食いついた。


「日本各地の神社に、異界の魔物が襲い来るというご神託が下されたのだよ。しかし、ご神託が下されたのが事態の3日前の事で、場所の特定も出来なかった。我々が出来た事といえば、我々が持つ様々なチャンネルを使って、政府をはじめとした関係各所にご神託の内容を知らせる事くらいだった。」


「それで、国は動いたのですか?」

「いや、いくらご神託が下されたからといって、現代の国家は容易には動かない。第一、いつどことも知れない、しかも異世界から魔物が現れる、などと言われて、はいそうですか、とはならないだろう?」


確かにそうだろう。現代の政治システムは政祭一致していた古代とは違う。それに、何の証拠もなく、証明しょうがない事に政府も役所も動きようがない。


「ただ、我々の組織の構成員は国内の各分野、各省庁に遍く存在している。彼等は彼等の分野で可能な限り動いたようだった。」


「なるほど、それで各地の陸軍部隊が急に演習を始めたってわけですね。」


朝倉少尉の口振りだと、陸軍には何らかの動きがあったようだった。昔から訓練や演習を口実に部隊を動かす事はよくあるからね。


「そして、組織の中でも我々関東支部は、秩父神社のご神託から秩父地方に魔物が現れる可能性が高いと判断して、佐伯先生に現地での活動を依頼したのだが、断られてしまってね。」


実に師匠らしい。大方、面倒臭いとか、俺が行って何か意味があるのか、とか言ってそうだ。


「それで佐伯先生は、自分の代わりに土方君と岳の2人を行かせれば、自分が行くまでもなく事足りる、と仰られてね。君達に白羽の矢が立った、という訳なんだよ。」


ここに来ての衝撃の事実だ。またまた自分の預かり知れない所で、何かが起こり、何かが決まり、巨大な力が及び、そして最後に師匠の一押しで、今俺はここにいる。


この一連の流れを、俺はどう考え、どのような答えを出すべきなのか。運命に翻弄されているとは思わない。俺は俺でその運命に抗ってきたと思っている。


何処の誰とも知れない連中に干渉されて腹立たしくもある。しかし、その流れの中で親友と、師匠と出会い、今の俺がある。そして、何よりエーリカと出会えた。


答えを求めた、という訳ではないが、ふと傍らのエーリカに視線を向ける。すると、俺の視線に気づいたエーリカが "どうしたの?" と小首を傾げて念話を送って来た。


うん、まあ、小難しい事はどうでも良くなってきた。誰がどうしようが俺には関係ない。俺はエーリカを守る。ただそれあるのみだ。









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