第23話 土方雪枝は妹である①

私の名前は土方雪枝(ひじかたゆきえ)、16歳の高校1年生。埼玉県川越市に、現在は両親と2コ上の兄と住んでいる。


私が通っている高校は県立の女子高で、偏差値は50台の中くらい。世間の評判は様々だけど、伝統ある公立女子高なので地元では年配の方を中心に人気がある。


我が校は部活動が盛んで、入学してから出来た友人に誘われた、という消極的な理由で私はワンダーフォーゲル部に入っている。


高校生活は楽しくもあるし、面倒臭さがりな私にはつまらない事も多い。だけど、中学までの狭い世界から高校というそれまでより広い環境に身を置く事で交際範囲も広くなった。


県内のあちこちから通学して来る同級生や先輩、そして、ある意味私達を大人として扱ってくれる先生方。人それぞれの様々な意見を聞き、考え方を知り、人生観や将来を語り、語られ。それによって私の視野もより広くなり、そして自分自身や自分の家族について客観的に見つめ直す事が出来るようになった、と思う。


子供の頃から少し不思議に思っていた自分の家族、家庭。少しだけ視野も広がって、客観的にそれらを見つめ直してわかった事。それは、自分の家族は、家庭はどこかおかしい、という事だった。


両親の夫婦仲は良く、両親は私と次兄には優しい。しかし、両親、特に父は6歳上の長兄の事をまるで居ないかのように扱っていた。母もそれについて父をたしなめるような事は全くしなかった。要するに、長兄は両親から虐待を受けていたのだ。


次兄はそんな両親の影響を受けて、やはり長兄を無視し、馬鹿にしていた。私も家族に交わろうとしない長兄を変な人だと思っていた。まあ、今にして思うと、交わろうにも拒まれていたのだけど。


そんな次兄と私だったけど、長兄には随分と助けられていたようだった。我が家では酷い扱いを受けていた長兄だったけど、一歩外に出たならば圧倒的な地域の実力者だったのだ。


長兄は学業成績良く、マイナーだけど空手道場に通っていて強く、部活の剣道でも高校の全国大会で優勝した。先生方からも信頼され、見た目も大きくて怖目なので、どんな不良も避けて通るとか(噂だけど)。だから次兄と私は土方 竜太の弟妹という事で、いじめに遭ったりなどという事は全く無く、様々な場面で長兄の友達や知人に会うと良くしてもらったものだった。


そして、私が小学6年生の時に長兄に不良から助けてもらった事があった。


その日、遅くなった塾帰りで、つい近道をして帰ろうと、普段なら通らない公園を歩いていたら、柄の悪い3人の男子高校生に絡まれて、公衆トイレの中に連れ込まれそうになってしまったのだ。


私は大柄な高校生に囲まれ、どうしていいのかわからず、恐怖で声も出せないでいたところ、ふいに私の右側にいた男がくぐもった声を上げて倒れた。次いで左側の男が後ろに仰け反って倒れ、最後に3人目の男が股間を蹴り上げられて倒れ込んだ。


私は何が起きたのか咄嗟にはわからず、呆然としてしまったけど、誰かが助けてくれた事は理解出来た。


「もう大丈夫だよ。」


ふいに優しい声がかけられた。私を助けてくれた人は、私が落ち着くまで待ってくれていたよう。


私は助かった安堵感と、それまでの恐怖感で思わず泣き出してしまった。


私を助けてくれた人は、私にハンカチを貸してくれ、繰り返し大丈夫、大丈夫と背中を撫でてくれた。私も、それから少しして、気持ちも幾らか落ち着いたので、助けてくれた男性を見上げてみると、なんとその人は、私の長兄だったのだ。長兄も、自分が助けた女の子が自分の妹と知って驚いた様子だった。


それまで、私は長兄とまともに話をした事が無かった。だから、その時も本当ならば助けてくれた事に対して、せめて有難うの一言でも言わなきゃいけないのだけど、話した事もない不仲な家族相手に素直になれなかったのだ。


助けてくれたお礼を言わなければ、と思いつつ、言えないまま、その時は二人して無言で帰宅した。


その事があってから、私と長兄との間が縮まる、というような展開は無かった。長兄は以前からあまり家にいる事が無く、夜も遅くに帰って来ていた。(母は長兄の食事だけは必ず用意していて、帰宅した長兄が一人で食事した後、食器を洗って片付けていた。私の知る限り、母の、それが唯一の長兄に対する母親らしさだった。)


そうした訳で、家庭内で私が長兄と顔を合わす事があまり無く、長兄の部屋を訪れるのも躊躇われた。


そして、長兄は大学に進学し、奨学金なのか、学費を自前で調達し、そのまま家を出て行ってしまった。


私は、結局長兄にお礼を言うことも出来ないまま。家の中では、もう初めから長兄などいなかったかのようになっていて、家に長兄が残した僅かばかりの私物も、そのうち父が全て捨ててしまった。


どうしてなのか?何故そんな事になったのか?疑問は残ったまま、それでも日常の中で徐々にそれも薄れていった。やがて、高校受験を控えて受験勉強に集中するようになり、それどころではなくなってしまった。


そして、希望していた高校に合格、入学。新しい環境の中、同級生、先輩、先生方との交流するうちに、自分も含めた自分の家族がどこかおかしい、異常だ、という事を気付くに至ったのだった。本当、今まで何してたの?と言われそうだけど。



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