第3話 ゴブ、襲来!

今日、俺達が泊まる場所は、秩父鉄道満峰口駅を過ぎて、更に荒川の上流にあるキャンプ場である。到着後、俺達は受付で利用手続きをして料金を払った。管理人からは場内の地図を渡され、それを見ながら駐車場から荷物を持ってバンガローまで歩いた。


バンガロー内は、多少閉め切った室内の臭いがしたものの、カビ臭いような事もなかった。俺達は早々に荷物を置いて、手分けして窓を開けて換気に努め、夕食の前に有料のシャワーを浴びる事にした。


季節外れのキャンプ場には俺達以外の利用客はおらず、17時には管理人も市内の自宅へ帰ってしまった。既に陽は落ちて辺りは真っ暗、キャンプ場内の外灯とバンガローの灯り、そして俺と斉藤が囲んでいる焚き火だけしか明かりはない。


焚き火に薬罐をかけてお湯を沸かし、鳥五目御飯のアルファ米、レトルトの味噌汁、コンビニの焼鳥で夕食とした。折角秩父に来たのだからと秩父ワインやモルトウイスキーなども購入していた。焚き火を囲んで飲んで語ろうぜ、といきたかったが、夕食を食べ終える頃からどうにも嫌な予感がしてしょうがなかったのだ。


俺は夕食で出たゴミなどを、ゴミ袋に入れながら、薪の追加分を持って来た斉藤に声をかけた。


「なあ、酒は飲まない方が良さそうだぞ。」

「同感だ。さっきから嫌な予感がする。」


俺達はこのように危機意識を共有している訳だけど、これに対する疑いはお互いに一切無い。何故かと言えば、俺達はこうした第六感による危険予知を何度も経験し、それに従って、その都度窮地を脱してきたからだ。


俺と斉藤が小学3年生の頃から習っている空手は"錬気道空手"という。それは空手というよりも、誰もが持っている"気"を鍛錬する事によって、人が本来持っている様々な能力を強化する、という事に主眼を置いた空手で、実際は空手よりも錬気道もしくは錬気術の方がメインなのだ。


だから、かつて俺は師匠に錬気道だけでいいのではないか?と尋ねた事があった。その時の師匠曰く、

「おまえ馬鹿だなぁ。錬気道だけじゃ何だかわからなくて月謝運びが来ないだろうに。錬気道に空手を着ければ、そんな流派もあるのかな?ってなるだろう?」


まあ、確かに"錬気道空手"というと、ありそうに思えばありそうだ。

「でも、それってズルくないですか?」

と再度尋ねたところ、

「いいんだよ、嘘はついてないんだから。ちゃんと空手っぽいのも教えているだろう?俺だって霞を食って生きているわけじゃないからな。」

との事だった。


錬気道空手に入門して、師匠の教えを受けて鍛錬し、体内の気を多少とも意識して操れるようになると、勘が鋭くなって、危険が予知できるようになった。それは予知夢であったり、嫌な予感であったり、間近な危険の場合は皮膚上に鳥肌が立つ、あるいはうぶ毛が逆立ったりした。


余談だが、錬気道の修行により、気を拳や足に集中させて打突力を強くしたり、痛みを覚えた部分に気を集中させた掌を当てて痛みを和らげたり、といった事が出来るようになる。


もちろん、錬気道空手を習ったからといって皆が皆出来るようになるわけではなく、個人の素質という事もあれば、例え素質が無くっても、時間をかけて努力を重ねてついに辿りつけた人もいる。


だかしかし、俺が見たところ、いくら素質があっても、時間と努力を重ねても、「これが無いとダメ」というものがあるのだ。


それは、あるがままを受け入れる心。


俺も師匠のお陰で小学3年生の頃から錬気道空手を習っていて、多くの先輩方を見てきたが、何年も熱心に道場に通って"空手"が上達しても、"錬気術"が全く伸びない先輩方も結構いたのだ。そうした人は、いくら師匠が実際に錬気術による技を見せても、陰では「そんな魔法みたいな事が出来るわけない。」と言っていたものだった。何故か、頑なに見たままの事なのに、それを受け入れる事、信じる事を拒否するのだ。だったら他の道場行けばいいのに、と子供心に思ったものだったが。


俺達は、バンガローの外に出していた荷物を室内に放り込んだ。それからスコップを持ち、手斧や鉈をベルトにねじ込んで互いに背中合わせで周囲の気配を探る。


虫の鳴き声が止んでいた。そして、バンガローの向かいの木々の中に、ざわざわと蠢く多数の気配が感じられた。その気配からは、俺達に対するチリチリとした殺意や敵意が伝わってくる。


「タケ、なんだか知らないがヤバそうだぞ。躊躇するなよ。」


俺は背中越しに斉藤に呼びかけた。


「わかってる。」


俺達の位置からは奴等は見えないが、奴等からは外灯に照らさた俺達の姿がよく見える事だろう。どんな連中なのかもわからず、状況的に俺達が実に不利だ。


すると、木々の間から俺達に向かって数本の矢が飛んで来た。俺は自分に向かって飛んで来た2本の矢をスコップで弾き飛ばした。あまり勢いのある矢ではなかったが、飛び道具も有るとなると更に面倒だ。しかし、向こうから先に仕掛けてきた事で、奴等が敵である事が明確となった。となれば、もう遠慮も躊躇も無用だ。


俺は大きく息を吸い込むと、木々の中の奴等に向かって気を込めた咆哮を放った。


「出て来いゴラァァァ‼︎」


俺が放った咆哮で周囲の空気が震える。


「「「ギャギャギャ⁈」」」


すると、木々の間から人では無い、獣でも無い、不快な声が聞こえてきた。俺の咆哮を食らって、奴等はパニックになったようで、暗闇の中から体格がいい子供くらいの人型の何かが、剣の様な物を振り回しながら、俺達目がけて飛び出して来た。


人に似た姿はしているが、体毛の無い灰色の皮膚。そいつらは決して人ではなかった。俺は無心になり、構えたスコップに気を通し、剣を振りかぶって襲いかかってきた1体の、そのガラ空きになった胴をスコップで払った。


「グゲェ」


気を通して鋭利さを増したスコップは、易々とそいつの胴を真っ二つに分断し、そいつは不気味な断末魔の声を上げて倒れた。


続いて俺の左前にいた別の1体に、右足に気を込めて蹴りを入れる。俺の右足がそいつの腹にめり込む不快な感覚がし、俺はそのまま構わず蹴り上げると、そいつはその勢いのまま何処かへ飛んで行った。


斉藤は、奴等の1体が斉藤の左胴を薙ぎ払おうとした剣をバックステップで躱すと、スコップを振り下ろして、容赦無くそいつを脳天から真っ二つに両断した。そして、その勢いで斉藤の右側に迫っていた1体の首をスコップを振るって刎ねた。


俺達に襲いかかって来た奴らは全部で8体だったようだ。たちまち4体の仲間を失い、残りの4体は彼我の実力の差を理解したのか、一瞬の躊躇の後に俺達に背を向けて逃げ出した。奴等にもそうした判断は出来るようで、それなりの知能はあるのだろう。


「リュウ、逃げられると厄介だ。追うぞ。」

「了解だ。」


俺達は、そいつ等が木々の中に逃込む前にそいつ等を背後から斬り、突き、払って皆殺しにした。


最終的に俺達は、その不気味な人型のそいつ等を8体屠った。バンガローの前の広場には、ただ、上半身と下半身がもの別れした死体、頭部がカチ割られて脳脱している死体、腹部から腸脱している死体など、様々な惨状を呈した8体の死体が、外灯の明かりに照らされて散らばっていた。

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