第22話 メイド狂の老紳士


「トッレェェェビァァァアアアンッッッ!!!!」


 急に至近距離で発せられた大声で、耳がキーンとしてしまった。

 頭がフラフラするし、軽い脳震盪のうしんとうにでもなったかもしれない。とても人間から発せられたとは思えない音量だ。

 その発生源である老紳士は、白目をひん剥いて姦しメイドーズを指さしつつ、もはや咆哮とも言えるような魂の叫び声を上げていた。


「マキくん! メイド服というシックな衣装に包まれてもなお、全身から溢れ出るその健全健康的な青春オーラ! 本来は敬語を使うべきメイドという存在でありながら、そのフレンドリーな口調はむしろグッド! フレンドリーでゴッドですよォ!」

「わーい! 店長、ありがとー!」


 ビシッと指さされた先で、楽しそうにピースピースしている元気っ子メイド。確かに店長の紹介を聞いた後では、本来のおもむきから外れたような存在であることが、むしろプラスに働いていると感じる。

 これは確かにフレンドリーでゴッドですね。


「アヤナくん! ギャルとメイドという、一見すれば相反するような存在! しかし、それをビジュアルとファッションセンスで掛け合わせ、この世界に『ギャルメイド』という新しい概念を体現させた! まさにメイド界に君臨した創造神! クリエイティブでゴッドですよォ!」

「あざま~」


 ビシッと指さされた先で、気だるげに返事をしつつ、何事もなかったように料理を食べ続けるギャルメイド。このふてぶてしい態度さえも、彼女のギャルメイドというジャンルでは、むしろアリ……いや、もはやこれこそが正解なのかもしれない。

 ちょっぴり着崩したメイド服も、下品でだらしないといった印象は皆無で、むしろオシャレに見えてくるから不思議だ。

 これは確かにクリエイティブでゴッドですね。


「シズカくん! オーソドックスなメイド路線を踏襲しながらも、美貌と性格というネイチャな魅力でワンランク上のメイドへと押し上げる地力! 圧倒的な美を持ち得ながらも、メイドは高嶺の花にはなりえない! すべての人類に愛想よく接し、その心を惹きつける圧倒的なバランス感覚! エイミアブルでゴッドですよォ!」

「ありがとうございます」


 ビシッと指さされた先で、優雅に一礼して微笑む委員長メイド。この店に入ってから見てきた彼女の一連の所作は、まさに完璧なメイドと言っていいだろう。

 しかし、そんなプロフェッショナルな面はありつつも、どこか人懐っこささえ感じるのは彼女のバランス感覚ゆえか。

 これは確かにエイミアブルでゴッドですね。


「そして……」

「休憩はいりまーす」

「――ァアメゾンくんッ!」

「はい!? って、またDMタイムか」


 軽くスキップを踏むような軽い足取りでやってきた雨宮。

 老紳士はその雨宮をビシッと指さし、しかし先ほどまでとは打って変わって、何かを堪えるように震えはじめた。

 スラスラと長文でメイドを褒めたたえていた姿はどこにいったのだろうか。これは雨宮の褒める場所が見つからず、言葉を探しているということだろうか。そんなにも雨宮というメイドは、魅力のないものなのだろうか。


 否!


 先ほどまでの熱弁を聞いていれば、真にメイドを愛するものであれば、雨宮という存在の宇宙外の魅力に気が付かないはずがない。

 『チラリズム・モラトリアム』という聖書の中には、もちろんメイドという存在が記されていた。羽泉達哉という人間はチラリズムの探究者であるとともに、メイドイズムの探究者でもあるということだ。


 この時、俺は本能的に理解した。『DM』という言葉が持つ意味を。


 DMとはつまり……Daisuki Maid大好きメイドの略だったのだ!


「「アメゾンくん!」」

「えぇっ!? ハイタツくんまで!?」


 同じメイドイズムの探究者であれば、次に発する言葉も、また同じ――。 


「「パーフェクトでゴッドですよォ!」」


 綺麗に揃った野太い声が、メイド喫茶チョモランマの店内へと響き渡ったのだった。


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