第6話 グッドモーニング尊ちゃん


 サーッとカーテンが開けられる音がして、暖かい太陽の光が俺の顔を照らした。まだアラームも鳴っていないのに、どうして朝になっているんだろう。いや、朝になるのは普通か。

 それよりも、どうしてカーテンが開いたんだろう。AIが太陽光を感知して、自動でカーテンの開閉を行ってくれるハイテク機能がいつのまにか追加されたんだろうか。


「――ら、起き――タツくーん? ――てる?」


 そんなワケの分からない思考の海に沈んでいると、差し込んでいる朝日のようにあたたかく、とても心地よい声が聞こえてきた。

 頭が覚醒していないため、ところどころ虫食いのように聞き取れないが、どうやら俺に話しかけてるらしい。

 しかし、誰の声だろう。いつのまにか俺のスマートフォンが人格を持って、独りでに語りかけてくるようになったのかな。最近の技術の進歩はスゴイなぁ。


「誰がスマートフォンか。もう、寝惚けてるなー! こうしちゃうぞー!」

「いふぁい、いふぁい!」


 急に頬に激痛が走り、慌てて飛び起きる。何が起こったか分からないが、何者かが俺の部屋に侵入しているらしい。


 も、もしかして強盗か!? どうしよう、はやくおまわりさん呼ばないと!


「いつまで寝惚けてるのー。尊ちゃん怒っちゃうぞー」


 ぼやける眼を擦って視界を確保すると、目の前で頬をぷっくり膨らませる美少女がいた。恐ろしいほどに整った顔立ちが、いまはちょっぴり不機嫌そうに歪んでいて、そのギャップがさらに魅力的だった。


「こんなかわいい女の子が強盗?」

「強盗!? ……コホン。ハイタツくん、あたし雨宮 尊。昨日から居候してます。強盗じゃありません、オッケー?」


 ……あ。


「おーるおっけー……」


 そういえばベーズの記念Tシャツと共に、なぜか美少女JKが付属してきたのだった。そしてなんやかんあって、一緒に住むことになったのだ。完全に寝惚けて忘れていた。


「もう、休日だからって寝すぎだよ。お昼になっちゃうじゃない」

「いつもは昼まで寝てるんだ……ということで、おやすみ……」


 布団を頭までかぶり、下界との交流を断つ。独身サラリーマンの土日は昼まで寝て、昼飯を食い、夕方まで昼寝をして、深夜まで酒を飲んで終わるモノなのだ。

 つまり、まだ俺の行動時間ではない。


「そうやって子供みたいに駄々をこねない! 一緒に買い物に行くって約束したでしょ?」

「お金渡すから……一人でいってきて……」

「ダメだこりゃ」


 仕方ないじゃないか。男が一人暮らししている家に布団が何枚もあるはずもなく、「一緒に寝ようよー」なんて軽く言ってくる雨宮の誘惑を振り切り、俺はソファで寝ることにしたのだ。

 いかに高級ソファとはいえ、就寝を考えて設計されているものではない。慣れていないソファではなかなか寝付けず、結局は悶々としたままついに朝日を拝んでしまったのだ。


 ……ソファの寝心地だけが、眠れなかった原因ではないけれど。


 とにかく、俺は眠くて仕方ないんだ。こんな早い時間から動くなんて無理だね。絶対に布団から出ないぞ。


「せっかく、ハイタツくん好みの服を着てあげようと思ったのになー」

「よし、すぐに行こう」

「切り替え早ッ!?」


 布団を放り投げ、すぐに財布を持って靴を履く俺を見て、雨宮が驚きの声をあげた。

 こんな美少女に好みの服を着せるシチュエーションなんて、これを逃せば二度とないかもしれないんだ。

 ミニスカートとかミニスカートとかミニスカート、あとミニスカートとかを雨宮にはいてもらわなければ、今すぐに。

 そしてミニスカートをはいてもらったら、ちょっと海沿いとか風の強い場所に行って、一緒に散歩をするんだ。


「行く気になってくれたのはいいんだけどさ……その格好で行くの?」

「あ……」


 さっきまで寝ていた俺は、もちろん部屋着姿である。このくたびれたTシャツに穴の開いた半ズボンでは、いかにファッションに拘りのない俺といえども、外出するのはためらわれる。


「ハイタツくんって、テンション上がると周りが見えなくなるよね」

「小学校の時の通信簿と同じことを言わないでもらえます?」

「あはは、昔からなんだ。子供みたいでかわいい」


 おかしいな。俺の方が6つくらい年上のはずなんだけど。

 普通なら馬鹿にするなと怒るところだが、こんな屈託のない笑顔で美少女に「かわいい」とか言われちゃうと、女の子耐性がない俺は何も言えなくなってしまった。


 でも俺は知っているんだ。女の子の「かわいい」は8割くらいは本心じゃないって。インターネットでそんな記事を読んだからね、簡単に乗せられたりしないぞ。


「ほらほら、一人睨めっこしてないで! 着替えて買い物にいくよ!」

「そんな悲しいことしてないやい」


 疑いの目を向けていたというのに、雨宮は気づいていないようだ。完全に俺をスルーして、勝手に部屋の隅に積んでいた衣装の山から服を見繕い、俺へとポンポン投げてきた。


 あれ、俺ってばこんな服持ってたっけ。最近はスーツと部屋着ばっかり着てるから、私服がなんだか新鮮だ。

 改めて思えば、休日の朝から外出なんて、すごく久しぶりじゃないか? なんだか楽しくなってきたぞ。


 よし、さっさと服を着替えて……着替えて……着替え……。


「……あの、着替えたいんですけど」

「んー?」


 俺は早く着替えたいのに、なぜか雨宮がニヤニヤしながら、脱衣所への道を塞ぐように立っている。


「着替えたいんですけど」

「着替えればいいじゃない?」

「脱衣所にいけません」

「ここで着替えればいいじゃない?」

「はあ!?」


 何を言っているんだこいつは。

 お、おお、女の子の前で着替えるなんて、そんなことできるはずがないじゃないか。男同士だって、ちょっと恥ずかしいんだぞ。

 体育の着替えも陽キャのヤツみたいにポンポン脱げなくて、隅っこでコソコソ着替えていたタイプなのに。


「ふっふっふっ」

「えっ、なに、その顔と笑いは」


 両手をワキワキさせながら、半月のように口角をあげたあくどい顔で、ひたひたと俺に迫ってくる雨宮。


 嫌な予感しかしない。


「なにを恥ずかしがってるんだ、男らしくないぞー! 自分で脱げないって言うなら、あたしが手伝ってあげる!」


 や、やっぱり、ロクでもないことを考えていた――!?

 

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