第17話 人間万事塞翁が馬
翌日の朝、俺は約束通り先輩の家にお邪魔していた。
「おはよ~っ」
「おはようございます……」
「なに、眠いの?」
「朝は弱いんです……」
俺がそう言うと、しょうがないなあといった顔で苦笑いする先輩。
そういう先輩はもうすでに制服に着替えていて、胸に青色のリボンを付けたまま出迎えてくれた。
今日の朝食はご飯に味噌汁、焼き鮭と一般的な朝ご飯だった。
どれも普通の料理には違いないのだが、朝からこれだけしっかり食べられることとへの嬉しさと先輩と一緒にいられる楽しさから、朝から幸せが限界突破だ。
『今日の運勢はさそり座が12位です。厄介なトラブルに巻き込まれるかも? 冷静な判断をしましょう』
「あ、今日は12位ですね、僕」
「千太くん、誕生日はそのあたりなの?」
「ちょうど文化の日ですね。11月3日」
二人で食卓を囲んで、テレビを見る。たわいもない雑談をする。それだけで楽しかった。先輩と一緒だからだろうか。
あっという間にご飯を食べ終わり、食器を洗うと俺は先輩の家を出る。
「また学校でねっ」
「はい!」
最後に別れの挨拶をしたが、しかしその約束が果たされることはなかった。
――――――――――――――
昼休みのことだった。
俺は勝といつも通り昼飯を食べていた。
くだらない話をしながら食べていたような気がする。
「おい、成瀬千太はいるか」
そんな何もない平和な昼食の時間だった。どすの効いた低い声が教室を静まりかえさせたのは。
見ると、焼けた肌の大柄の男を先頭に、後ろにこれまたガタイのいい丸刈りの男二人が教室の入り口に立っていた。
青色のネクタイということは3年生だろう。
「おい、成瀬はどいつだ」
教室の視線が俺に一手に集まる感じがした。
俺の方を見ている。
「成瀬千太は俺ですけど」
黙っていてもしょうがないので、俺は進んで名乗りを上げる。
するとその男たちは教室にずかずかと入ってきて、それから俺の肩を掴んだ。
「ちょっと話がある。ついてこい」
嫌な予感を感じ取った勝が立ち上がろうとするが、それを俺は目で制す。
勝が入ってきてもこじれる気しかしない。
そのまま俺は3人の男に包囲されるようにして屋上まで上がった。
「――ガッ‼」
「しょっぼい体してんなァ。男のくせによォ!」
「うぐッ⁉」
屋上にいって待ち受けていたものは、俺の想定した通りのものだった。
ただ想定したといっても理由に心当たりがあったわけじゃない。前にも同じようなことがあってそのにおいを感じ取っただけだ。
「なん……で」
口からは鉄の味がした。どうやら殴られた際に唇を切ってしまったらしい。
「なんで、だァ? ずいぶんトロいこと言ってんなあ!」
今度は蹴りをおなかにもらってしまう。
さっきから目立たないようなところばかりをめがけて攻撃しているのは、そのあとのためだろうか。さすがは進学校、後先考えず暴力を振るわけでもないらしい。
「てめえほんとに心当たりがないとか言うつもりじゃねえだろうな?」
「ないものは……ない」
そう言うともう一度同じ部分を蹴られる。
「こいつほんとふざけてますぜ」
「俺らは知ってんだよォ! お前が嘉瀬さんと二人でスーパーから出たっていう姿をよォ!」
そこで殴られている理由がようやくわかる。
どうやらおとといに夕食を買いに先輩と出かけた姿を見られたらしい。
「お前が、嘉瀬さんと、一緒にいていいわけねえだろォッ‼」
「うがっ…………‼」
もう立つ力もなく、コンクリートの床にたたきつけられる。
変な受け身の仕方をして腕に電気が走った。
「おら、なんとか言えよ、おい」
「…………」
「なんだこいつ? ゴミみてえな目しやがって」
リーダー格の男が、どうやら俺の反抗的な目を気に入らなかったらしい。
もう一度こっちに近づいてきて、こぶしを振り上げる。
その時だった。
「やめてっ‼」
屋上のドアががんっと音を立てて開いた。そして内側から現れたのは、腐れ縁の幼馴染。
「鳴……、なんで……?」
だが、問いかけておいてすぐにその理由には気が付いた。
というのも、鳴の後ろに珍しく慌てた顔をした勝がいたからだ。
どうやらあいつが鳴に言ったらしい。
「あァ? なんだ?」
「鳴……くるな」
「おい、
「センから離れろ‼」
俺の声も届かず、勝の制止の声も振り切って、鳴は俺に向かってこぶしを振り上げている男に飛びつく。
「センになんてことするんだ‼」
「邪魔だなこいつ!」
「きゃっ!」
「鳴‼」
だがすぐに裏拳をもらって、鳴の軽い体は吹き飛ばされてしまう。
「おい、大丈夫か信楽」
「だい……じょうぶ……っ」
勝が駆け寄る。鳴は平気だと言っているが、横になったまま立ち上がることができていない。
そして遅れて鳴の存在に、丸刈りの男二人が気が付く。
「こいつ、2年の信楽鳴ですよ」
「ああ、ソフト部の!」
そして嫌なことに、興味は鳴の方に移ってしまう。
「…………ふーん、意外といい顔してんなァ」
「パンツ白だぞ。意外とウブだな」
「――っ!」
ぱっと股下に手を入れる鳴。
その顔は羞恥の色に染まっていた。
「なあ、ちょっとくらい、いいよな?」
だが、男の一人のその言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがぷつん、と切れた。
「――おい、ふざけんな。それ以上近づいてみろ――――殺すぞ」
そこからの記憶は、気が付いた時にはなくなっていた。
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