第14話 お泊り大作戦②

「ねえねえ、千太くん」


 先輩と一緒に朝ご飯を食べ終わって、せめてものということでお皿洗いをしていると、先輩がふと俺に声をかけてきた。


 ちなみに先輩はエプロンを脱いでいて、ノースリーブの白いトップスに、膝くらいまでのスカートと涼しい格好だった。


 その先輩の声は心なしか弾んでいる。


「なんですか?」

「あのさ、あのさっ」


 やっぱり声がいつもより高くなっているような気がする。


「千太くんはこのあと予定ある?」

「予定ですか? ないですよ」


 俺が素直に答えると、じゃあさじゃあさ、ともう一段階調子を上げてテレビ台からごそごそと何かを探している。


 それから少しの間をおいて。


「これ、やろっ!」


 といって取り出したのは、一つのゲームのパッケージだった。




 ――――――――――――――――




 レーシングゲームの有名なゲームである。


 ただ普通のレーシングゲームと違うのはアイテムによる一発逆転があることか。

 相手の足を止めたり自分の足を速くしたり、ほかにもたくさんある。


 初心者でも勝てるようになっているのだ。


「先輩はこのゲームやったことあるんですか?」

「前に梨花とやったよ!」

「ちなみに結果は」

「……惨敗です」


 しょげたように言う先輩。しゅんとしているのが、妙に愛らしい。


 というか惨敗というのはこのゲームではあまり起きないから、相当相坂さんが上手かったんだろうな。

 あの人、こういうゲームとか一人で黙々とやって練習してそうだし。


「千太くんはやったことあるのー?」

「これの1世代前のやつならやったことありますね。ほら、別のゲーム機の」

「へー、そうなんだ!」


 そのままゲームを起動。


 カートを登録して、コースを選んでスタート。

 始めだからということで、比較的簡単なステージを選んだ。


 5分くらいかけて、コースを走り切る。


 そしてひとまずコースを完走した感想は。


「……先輩、めちゃくちゃ下手ですね……」

「い、言わないでっ‼」


 圧勝だった。


 先輩は壁のないところに直進して落ちていくし、障害物に向かって加速してぶつかりにいくしで、下手したら1周分の差が付くほどだった。


「こ、こういうゲーム、苦手なのっ……‼」

「僕も手加減したつもりでしたが、まさかここまでとは」

「うぅ…………」


 思わず正直なことを言うと、先輩は泣き出しそうな顔をしてしまう。


 う、やばい。

 フォローをしなければ。


「で、でも! 途中のところめちゃくちゃ上手かったですよね! ほら、あの滝のところ」

「うえぇぇええん、千太くんがこれ見よがしにフォロー入れてくるぅ……」


 バレてた。

 そしてさらに不機嫌にさせてしまった。これは相坂さんが見てたら怒られるやつだ。頭をリモコンで叩かれる。


 どうしたものかなあと思っていると、先輩がこっちをきっとにらんだ。


「――?」

「教えて‼」

「へ?」


 そして予想外のことを言ってきた。


「千太くんだけ上手いのずるい‼ わたしにも教えて!」

「ずるいって……」


 ずるいってなんだろうと言いそうになったが、これ以上先輩のご機嫌を損ねるわけにはいかない。喉の奥に押し込んだ。


「とにかく! はい、ここっ!」

「は、はあ……」


 先輩は自分の座っていた場所の後ろのところをポンポンと叩く。

 ここに座れということらしい。


 もちろん涙目で言ってくる先輩の言うことを無視するわけにもいかず、俺は言われたとおりに座った。


「それで、何を教えればいいんですか?」

「ぜんぶっ!」

「わ、分かりました……。 でも……どうすればいいんですか?」


 言われたところでどうやって教えればいいか分からない。

 後ろから見てアドバイスをすればいいのだろうか。


「操縦して!」


 だが、先輩がご所望なのは全く違うことだった。


「操縦って?」

「だーかーらっ、こうやって……!」


 先輩はそう言うと、後ろに座る俺に背中をぴったりとくっつける。

 そこから体育座りをすると、俺の手を取る。


「――ッ⁉」

「それで、こう!」


 そしてリモコンを握っている自分の手に――重ねた。


「せ、せんぱい⁉」

「これで千太くんが運転してくれれ……ば………………」


 そしてたぶんそこで先輩は我に返った。

 びくんと体を跳ねさせて、顔とか耳とかが真っ赤になっている。背中からは上昇した体温が伝わってくる。


「だいじょう、ぶ…………ぅ……」


 そして思考回路が焼き切れる先輩。


 細くて小さい、そしてちょっと冷たい先輩の手はまだ重なったままだ。

 ちょっと水気を含んでもちっとした手に、つるつるした爪。人差し指に至っては先輩の指に絡まってしまっている。


「せんぱい?」


 俺が問いかけても、先輩は胡乱うろんな目をしている。まるでお酒で酔っ払った人みたいだ。


 そして先輩は助けを求めるように俺に体を預けてくる。

 俺の腕の中にすっぽり入ってしまうほど、小さな体だった。


 ――一言で言えば、めちゃくちゃ興奮していた。ほぼ抱き合っている状態。ちょっと体を動かせば、いろいろなところに届いてしまう。

 しかも先輩は息を荒くして上目遣いでこちらを見ている。その唇はぷるっとしていて目を引き付けられる。


 そのまま何十分も同じ体勢だったように思う。誇張なしに、俺たちはどっちも動けずそのままの体勢をキープすることしかできなかった。


 体温が共有されて、先輩の体と俺の体が一つになったような感覚。

 すごく心地よくて、緊張しながらも多幸感に包まれていた。もしかしたら先輩も同じ気持ちだったかもしれない。


 そしてそのまま混ざり合った中で、俺たちの唇はなし崩し的に距離を縮めていた。

 何も考えることもなく、触れあわせようとしていた。


 そのまま、あと数センチ、あと数ミリと近づいて。


「――――あ、足が痺れました」


 ギリギリのところで、何とか止まった。

 このままキスをしてはいけないと思ったのだ。それは先輩の弱いところにつけこんだことになるとそう感じたからだった。


 俺が声を出したことにより、先輩も我に返る。

 すぐさまパッと体を離して、俺たちは距離を取った。


「ご、ごめん! ずっと同じ体勢だったから疲れちゃったよね!」

「い、いえ、大丈夫です!」


 先輩の目を見ると、先輩もこちらを見ていた。

 目が合ってしまい、慌ててそらす。


「ご、ご飯にしよっか…………」

「そ、そうですね……」


 微妙な沈黙が場を支配する中、先輩の提案により俺たちはリビングから場所を移った。

 先輩はご飯を作るためにまたエプロンに身を包んでいるし、顔は真っ赤になっているが、気持ち足取りが軽やかになっている。


「これでよかった、よな……?」


 ひとまずこのあとの先輩との関係に尾を引くようなことにはならなくてよかった。先輩とはいつも通りの関係になれた。

 そう言いながらも昼ご飯を食べている間、ずっと俺はキスをしなかったことを後悔していた。


 やっぱ最低だなこいつ。





 午後一時過ぎの真理のツイート。


『あわわわわっ、危うくキスしちゃうとこだったっ‼ ……でも、幸せだなあ。この時間がずっと続けばいいのに……なんてっ♪』


 いいね200万、リツイート50万。


 相坂梨花は頭を抱えた。

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