第5話 新学期
新学期、新学年というのは高校生にとって重要な期間であることは言うまでもない。
クラス分けでは新たに出会うクラスメイトが決まり1年間の高校生活の行く末が決まる。
部活や課外活動では後輩が増えたり最上級生になったり、新入生はそもそも新たに高校生になる。
関係性は大きく変わり、同時に本人たちの自己認識も大きく変わるタイミングというのが、新学期、4月というものだ。
だからこの期間は、各人にとって先の1年を占う重要な期間になる。
『おっしゃ―――‼‼
『はしゃぐな馬鹿。偏差値が10は下がっているように見えるぞ』
『俺、
『お前の文脈バグってるぞ。せめて学期途中で告れあほ』
様々な歓声があちらこちらで飛び上がっている。一部、叫び声も聞こえる。
その声をすり抜けて、自分も張り出されたクラス分けの紙を見に行く。
「お、
張り出されている名簿を見てひとまず安心する。
3人もいない友達の一人が一緒のクラスというのは頼もしい……って言ってて情けなくなるな……。
「お、センー‼ おはよー!」
「おっす、鳴も朝から元気だな」
人混みをかき分けてくるポニーテールを見つけ返事を返す。
鳴はお得意のポニーテールに少し短めに切られたプリーツスカート。
ブレザーの前のボタンを外しており、活発な印象を受ける。
「クラス別れちゃったね」
「まあ俺は文系だからな。理系の鳴と一緒になることはないんだよな」
俺の通う
ちなみに俺が文系を選んだ理由? 数学が嫌いだからです。
「ん?」
そんなことを考えていると、鳴が不安そうにこちらを見ているのが分かった。
「千太……」
彼女が珍しく名前で俺のことを呼ぶ。
もちろん彼女が不安に思っているのは自分のことではない。鳴が不安に思っているのは、俺のことだ。
「まあ大丈夫だろ。なんとかなるって」
ぽんぽんと鳴の頭を軽く叩くが、鳴の不安が紛れた様子はない。
「一応、勝くんには頼んでおくけど……困ったら何でも言ってね…………?」
「すまんな迷惑をかけて」
「全然いいよっ! ていうか、そもそもセンが悪いわけじゃないし……」
と、鳴が言いかけたところで予鈴が鳴った。
そろそろ教室に入らないと遅刻になるから行けないといけない。あと、この始業式が始まる前の時間というのは大事な時間なのだ‼ ボッチの俺からしたら!
「じゃあまた後でな」
「うん、セン」
不安げな彼女の小さな肩をたたく。
いつまでも不安な顔をしていても、こいつには似合わんなあとあらためて思った。
――――――――――――――――――
教室の前まで来るとすでに中は喧騒に包まれていて、どうやらかなりの人数がいることが分かった。
すでにボッチ確定らしい。まあ早く来たところで変わらんけど。
出来るだけ人目につかないように教室に入ると、教室の角で8,9人が大きなグループを作って話しているのが目立っていた。
「お、千太じゃん。おはよーっす」
そしてその輪の真ん中にいる人間が、俺の顔を見てすぐに声をかけてくる。
「勝か。おはよう」
「勝か、って。俺以外にお前に話しかけるやつがいるみたいな言い方すんな」
「どいつもこいつも俺に友達いないことをいじらないと会話できないのか⁉」
ここ最近だけでも相坂さんにいじられたぞ。しかもあの人は何回も言ってくるし……。
「まあ安心してくれ。俺もてめえの友達じゃないから」
「喧嘩売ってんだなそうなんだなおお⁉」
高身長、アシナガ、ハナタカ、イケメンなどモテる要素を全てハイレベルに手に入れた男。茶色の短髪は、ガラも悪く見えずちょうどいい塩梅で好青年に見える。
なるほど、長瀬勝という男とは友達にはなれない。絶交だな‼
「それよりなんだが」
そんなあほなことを考えていると、冷たい視線がいくつも自分に飛んできていることに気が付く。
「お前が俺のところに来るせいでさっそく女子からの好感度が下がっている件について」
「安心してくれ。お前にそんなものは元からない」
「俺は何に安心したらいいんださっきから‼」
ちなみにあの視線の正体はおそらく「私の大好きな勝くんとの貴重なお話の時間を奪い取りやがってこのモブ死ね」ということなんだろうな。
――死ねは言いすぎじゃない?
「第一、俺だっててめえと好きで話してるんじゃない」
「なにツンデレ? 男のツンデレは需要ないよ?」
「てめえの世話を見ないと信楽に殺されるからやってるだけだ」
俺の渾身のボケを無視して、勝は退屈そうに席に座りながらそう言った。
ちなみに苗字が「永瀬」なので今年も席は俺の前らしい。
今にもタバコをふかして愚痴を言いそうなほど嫌そうな顔をしている勝を見て、すまんと口にする。
「鳴はほんとお節介だから」
去年、俺がある事件を起こして以来、勝は鳴に頼まれて俺と努めて仲良くしている。
俺が学校で孤立してしまうことを恐れて、学校にいる鳴の知り合いの中でも人気が高い勝に頼んでいるらしいのだが。
こうして勝がいやいやながらも彼女の言うことを聞いている理由はただ一つ。
「惚れた弱みってやつだ。てめえのことは普通に嫌いだから謝られると殴りたくなる」
「嫌われる筋合いも殴られる筋合いもないんだが?」
そんな軽口をたたいていると教師が教室に入ってきた。
惚れた弱み、か。鳴を好きになるとか、こいつも意外とミーハーなようなマニアックのような、って感じだな。
―――――――――――――――――――
そのまま始業式、ガイダンスと続いていき、今日のスケジュールはすでに終わっていた。
まだ学校も始まったばかりなので、授業などがないのだ。
放課後、勝はもらったプリントをカバンにしまいながら部活の準備をしている。
ちなみにこいつはバスケ部。俺は帰宅部。まあ元バスケ部だが。
その元バスケ部員に、勝は言葉をかける。
「じゃあな。頼むから俺のいねえところでくたばるなよ」
「お、いいやつやんけ」
「お前はいつか俺がぼこぼこにすっから、俺のいないところで死なれてもムカつく」
「だからほんとなんでなの⁉」
そういえば勝に初めて会った時から、何故かこいつ俺のこと嫌いなんだよな。
いや、初めてというよりは初めて話すようになってから、か。
「そういやあ、千太」
「ん?」
カバンを持って部活に向かう勝が、教室の出口の前で止まった。
そのまま振り返らず、俺に問いかける。
「お前、またバスケやってみたいとか、そういうのねえの?
「は、なんだよいきなり?」
「いいから」
思った以上に勝の語気が強かったので、ふざけて言っているのではないとわかった。
本当に俺の気持ちが知りたいらしかった。
「うーん、バスケか」
なので一応考えてみる。
バスケがやりたいか、か。うーん。
「いや、まったくやりたいとは思わんな」
「そう、か」
勝は俺の返事を聞いてどう思ったのだろうか。俺にはさっぱりわからなかった。
「そりゃ嬉しいニュースだ。てめえがいると雰囲気悪くなるからな」
だが、そんなことを吐き捨てるように言った。
いや、戻ってほしくないんかい。なんかちょっと悲しいんだが。
と思っていたが、勝は教室の扉をくぐる前に言葉を残した。
「まあ、やりたくなったらいつでも戻って来いよ。――俺は仲良しごっこするよりも、試合に勝ちてえからな」
それを最後に勝は教室を後にしていった。
「――あいつ、なんだかんだいいやつだよな」
そんな彼を見て、俺は誰にも聞こえない声でそう独り言ちた。
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