第1話 謎の少女、素性をばらす

「はぁ……とんでもないことになったな……」


 あれから帰るや否や、俺はベッドに体を放り出していた。


 いまだにこの数時間のことが現実として受け止めきれない。先輩を落とす? 俺が? しかも総理から直々に頼まれるとか……。


「はぁ……」


 ため息が溢れる。そりゃ溢れるよ。当然溢れる。


「ため息が多い人ですね。幸せが音速で飛んでいってしまいそう」

「幸せがマッハで逃げるとかどんだけ俺嫌われてるんだよ……って、え?」


 思わず素の反応をしてしまっていたが、今聞こえたのは俺の知らない女の声だった。

 ここは俺の家だ。女など、母親以外存在しない。


 背筋が冷える。慌てて周りを見回すが、扉から入ってきた形跡もなければ、当然部屋の中にも声の主の姿は見えない。


「窓です。窓」

「――――ッ⁉️」


 今度はガラッという音と共に声が聞こえた。

 そして開いた窓から女性の顔がぬっと現れる。


「だ、誰だっ⁉️」

「まあ落ち着いてください。怪しいものではありません」

「すいませんもしもし警察ですか! 家に知らない女モゴモゴ」

「いきなり通報しないでください」

「だれかぁ、だれかぁ……!」


 必死に訴えるものの、口を塞がれて音が届かない。その手つきは慣れているようだった。

 あと、口に当てられた手は少し冷たく、そしてフローラルな香りがした。そのことに動揺をする。


「とりあえず落ち着いてください」

「はぁ……っ、はあ……っ」


 必死になだめられ少しだけ落ち着きを取り戻す。

 そうして相手の顔を冷静な目で見れば、彼女は見目麗しい美少女だった。


 年齢は俺と同じくらいか。細く猫っぽい目をしているが、銀髪の短髪は毛先がくるっと跳ねていて、目鼻立ちは綺麗に整っている。

 スーツ姿では隠せない胸の膨らみや足の細さ。見た目だけ高校生だが、他の部分は大人びていた。


「美少女……」


 思わずそんな感想を漏らしてしまう。


 すると、半目で蔑むように視線が返された。


「さっきまで不審者だと思ってた人間に欲情って……これだから男は……」

「いやいやいや‼ 欲情まではしてないです神に誓ってしてません‼ ただ思ったことを口にしてしまっただけで‼」

「思ったことを……って」


 もう一度呆れられたような眼でこちらを見られる。


 いや逆に不法侵入しておいて、そんな顔をされる覚えは無いんだが。

 いやでもタイトスカートはちょっとエロ……なんでもないです。許してください。


「で、一体どなたですか。見たところ俺の友達というわけではなさそうですけど」

「そりゃあそうでしょう。私人間ですから」

「人間の友達がいないみたいに言うな!」

「あれ、一人くらいいましたっけ? まあ誤差ですよね」

「1と0を誤差で済ませるな! あと、3人はいる‼」


 オレカウントでは三人いるはず、だった。いや、いないかもしれない……。

 とにかく、めちゃくちゃ心が抉られていた。


「まあ、がきっかけで友達がいなくなるというのは、周りが悪いというか不運だとは思いますが…………」

「え、なんて?」

「いえ、なんでもありません」


 なにかをぶつぶつとつぶやいたが、それを聞き取ることはできなかった。


 というか、それよりも。


「大体、何で友達が少ないのを知って……?」

「サポート相手の特徴は一通り調べておけと言われましたので」

「サポート……相手?」


 そこで耳慣れない単語が出てくる。

 耳慣れない、というよりは彼女の口からは出ることのなさそうな言葉、だろうか。


「あれ、総理から聞いていなかったですか?」

「君はあの総理の関係者なのか⁉」


 そして口にしたのはまさかの総理という単語。いよいよをもって、怪しい。


「関係者というか、私は政府から派遣されたものですが」

「あっさり素性ばらすんですね!」

「言わないと仕事にならないので」


 ロマンもへったくれもないことを言い始めた。

 知らない女の人にロマンを求めているのも謎だけど。


「仕事……?」

「はい。これからあなたのお世話をする、相坂梨花あいさかりかと申します。よろしくお願いします」

「は、はぁ……」


 よくわからないが少なくともお世話になる、ではないのだろうか。お世話をするといわれたことは人生で一回もないよ。


「どういうことですか? もしかして、家の掃除とか洗濯とか、そういった家事代行みたいな?」

「嫌ですよ、面倒くさい。ガッ〇ーじゃないんですから」


 にべもなく断られた。すごく嫌そうな顔をしている。

 あとこの人、意外とドラマ好きだなと思った。


「じゃあ、なんですか?」

「決まってます」


 そんなのもわからないのですかと含ませるようなため息の後、相坂さんは説明した。


「あなたが嘉瀬真理との関係を構築する、そのお世話をするということです」

「関係を構築する、お世話?」


 反復してみるが、言っている意味がいまいち理解できない。

 

「総理から、『嘉瀬真理を落としてほしい』と言われませんでしたか?」

「それは、まあ言われましたけど」


 ついさっきのことだ。ただ事実は認めていても、実感がわいているわけではないが。


「まあぶっちゃけ、嘉瀬真理はあなたに惚れています。……まことに残念なことに」

「なんか最後に余計な言葉が付きませんでしたか?」


 意外、とかならわかるけど残念ってなんだ。ひどすぎないか。


「要は、もうゴールしてるみたいなものなのですが」

「ですが?」

「ただ彼女はかなり性格に難があるというか、ポンコツというか、馬鹿というか……」

「ついでに先輩までぼろくそですね!」

「そして相手側の成瀬千太なるせせんたはただの童貞」

「ど、ど、ど、どうしてそれを知っている⁉」


 こんな美少女から童貞などという単語を聞くことになるとは思わなかったから、思わず噛みまくった。やべえ、童貞がバレる。あ、もうバレてるのか。


 そんな俺を尻目に、彼女は間違った子供を諭すように言う。


「そんな二人がうまくいくわけ、ないですよね?」

「ぐぬぬ……否定がしづらい」

「そこで、私が二人の間に立ってサポートをしようというわけです」


 なるほど。少しでも確率を上げるために政府はサポート役を立てたというわけか。俺一人では難しいと考えて。


 そしてそれから具体的な説明が続いた。


 相坂さんは学校では先輩と同じクラスで友達関係にあること。

 政府からの命令で俺が先輩を落とそうとしていることをばれると厄介なことになるので(具体的には総理の首が飛びかねない)、俺と相坂さんの関係は秘密にすること。


 そして。


「少しでも嘉瀬真理と距離を近づけるため、あなたには引っ越しをしてもらいます」

「引っ越し⁉︎ そんな物理的に距離を縮めるんですか⁉」

「物理的な距離は心理的な距離に比例する、と総理もおっしゃっていました」

「恋愛経験ゼロの言ってること、絶望的に信用できない!」


 まあそれは同感ですが、と相坂さんも同意する。

 どうやら相坂さんも総理と直接の面識があるようだ。って相坂さんも同じ認識なんだな……。


「ただ、お隣ともなれば会う機会も増えます。あながち間違いというわけでもないでしょう」

「まあたしかに……」


 あとちなみに、と相坂さんは付け足す。


「もうご両親にも同意してもらっています」

「あれ、なんだ。外堀もすでに埋まってるんですね」

「塾の授業料と家賃諸々を負担してくれさえすれば、という条件を付けられましたが」

「俺の父親も母親も、政府相手にがめつい‼」


 たしかに引越しさせられるのだからそのお金くらいは払ってもらいたいが、なんで俺の親はついでに塾の授業料まで請求しちゃってんの⁉


「あと、嘉瀬真理のすんでいるのは一人暮らし用のマンションですので、自動的にあなたも一人暮らしです」

「……まあ、それくらいは」


 ここで俺は一つ見栄を張った。

 家事全般ができないくせに、まあそれくらいはできますけどみたいな雰囲気を出した。


「ちなみに料理をしたことがなく洗濯も干すこと以外はできないことくらいリサーチ済みです」


 意味なかった。

 どうやら秘密は全く通じないらしい。


「それでは、伝えたいことは以上ですので……」


 と、相坂さんが繰り出した途端。


 家の階段をドタドタと上ってくる音が聞こえた。


「あ、これは、まずいですね」

「え、なに?」

「では、私は失礼しますので」


 その音を聞いて相坂さんは風のように消えてしまった。


 そして入れ替わるようにやってきたのは。


「こらーセン―! どういうことだー‼」


 俺とは腐れ縁の幼馴染だった。

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