第20話 『受け取った人が会いに来る絵葉書』『意識の器』
「と、まぁこんな感じだな。面白かっただろ。」
イークが自慢気に言った。美海まだ床に座り込んで立てないでいる。
「全然楽しくないよ。危ないでしょ。」
郁美がイークに言いよる。
想像していた反応とは違ったため、イークは首を傾げた。
「じゃあ、口直しに次はどうだい?」
「もうやめようよ。」
美海がジェットコースターに乗るのを嫌がる子供の様に首を振った。
「今度は体験型じゃないから大丈夫だよ。説明を聞くだけだ。安心しな。」
「聞いてみよ。」
郁美は美海の手を握った。
イークに続いてしばらく進むと、ガラスの引き戸が付いた棚が並んでいた。
棚の一つ一つが仕切られており、その中に小物入っていた。
「そこの右の上から3番目を出してみてごらん。」
イークがしっぽの先を棚に向けて指示を出した。
郁美が棚から、絵葉書を出した。
美海が恐る恐る後ろから覗き込み。
「それはな、『受け取った人が会いに来てくれる絵葉書』だ。最後の一枚だけどな。」
見た目は何の変哲も無い絵葉書だった。何処の国であろうか。
青い空と海。遠くまで伸びる白い砂浜が描かれていた。
「綺麗だね、どこの国?」
「そこはな、今はもう住めない所なんだ。俺が小さい時は百数十人が住んでいて、魚を取って生計を立てていた。俺の父親は島の村長みたいな事をしていた。島の調査なんかでたまに外国人が泊まりに来るから、部屋を貸して小遣い稼ぎもしていた。ある日来た客が俺の兄にそれを売ってくれたんだ。」
「ねずみの国?」
郁美がからかう様に聞き返す。
「違う違う。俺は人間だ。今はこんな姿だけど、人間なんだよ。」
イークが笑いながら答えた。
「その男は自分の事を画家だと言っていた。世界中を旅しながら、風景を描いているんだと。俺はその時まだ生まれてなかったんだが、兄がその男になついてた、仲良くなった記念に男がハガキに絵を描いて、絵葉書を2枚作ってくれた。その残りだ。」
「残り1枚って事は、1枚は使ったんだよね?会いたい人に会えたの?」
「ああ、バッチリだったぜ。」
イークは嬉しそうに答えた。
「さ、この話は終わりだ。次の説明に行こう。」
1つ目と違い怖い事が起こらなかったので、二人はペストの話に興味を持ち始めた。
「次は今の棚に右に2つ、下に4つ目を出してみくれ。」
先ほどの様に、尻尾の先で器用に棚を指した。
美海は今のハガキをしまって、言われた棚から小物を出した。
「今度は何?」
美海が手に持った500mlペットボトルくらいの土の塊をペストに向ける。
「これはな、『意識の器』だ。これは俺の地元の珊瑚の死骸で作られた粘土なんだ。」
手に持った白い塊をしげしげと見つめるが、特段普通の粘土と変わりない。
「この粘土はな、生き物になる事が出来るんだ。」
「わかった、この粘土で生き物を作ると、動き出すんだ!!すてき!!」
美海と郁美の目が輝いた。
「違う。こいつはそんな魔法みたいなもんじゃない。もっと恐ろしいものだ。」
イークが声を低くして、神妙な顔で答える。
「いいか、こいつはな、近くで死んだ生き物の意識が、粘土で作った物の中にある様に振る舞うんだ。」
イークの説明を聞いて、二人はピンと来ない顔をした。
「それのどこが恐ろしいの?」
「よく考えてみろ。生きているって事はどういう事だと思うよ?ほんの数秒前まで粘土だった物に意識が宿って、それが生きていると言えるか?」
二人は答える事が出来なかった。
「もっとわかりやすく説明しよう。お前たちの家族が死んだとして、その横にこの粘土があった。そして、突然粘度が話し出してお前達に家族の様に接してきたら、それは家族だと思うか?」
「よくわからないけど、魂とかが乗り移ったって事じゃないの?」
イークはもっと良い説明がないか考える。
「その粘土にある魂とやらが、死んだ本人だって言うのは、どう証明する?」
「だって、粘土が自分が本人だって言っているんでしょ?」
想定通りの返しを美海がしたのが嬉しかったのか、イークはニヤリとほくそ笑んだ。
「じゃあ、俺がお前の家族が死んだ時に、近くに行って、私が家族よー魂が乗り移ったのよー、って言えば信じるのか?」
「それは違うよ。」
「何が違う?」
「だってあなたはイークでしょ。」
「それは俺が始めから俺だと知っているから言える事だろ。初対面で言えばわからないだろ?」
「でも、思い出とかを言いう事が出来れば、本人だよ!!」
美海がムキになって答える。大人に口喧嘩で勝てない子供みたいな表情をしている。
「お嬢ちゃん、自分が自分でいる為には、他人に自分だってわかってもらう必要があるんだ。意識と記憶ってのは別もんでな。写真を何百枚集めても、写真が話し出したりはしないだろ?
でも意識は違う。今お嬢ちゃんがこうしたいって考えるのは、これまでの記憶があるからなんだ。この二つはどちらが欠けてても意味がないんだよ。だから、お嬢ちゃんは記憶と意識が同じだと考えた。でもな、記憶があれば他人の意識だとしても、それっぽく振る舞える事はいくらでもできるんだ。結局のところ、自分が自分でいる為には、生まれ持った器に入っている事が大前提として必要なんだよ。」
郁美が頷く。
「それで、これの一番怖いのは、器で作った物に入っているのが、一体誰がと言う事だ。周りの人は自分が誰か証明出来ない。自分は自分だと思い込んでいる。でも、体は土の塊だ。そんな自分は何なのか。器に入った意識は、だんだん自分が何者なのかわからなくなる。そして、」
「そこまで。」
いつの間にか、お姉さんが戻ってきていた。
「子供になんて話してるの。まだ早いわよ。」
お姉さんが笑いながら、美海の肩を触った。
「そうか?いけると思ったんだがな。」
イークがチラッと郁美を見る。
「まぁ、また興味が出たら話しを聞きに来な。俺はいつでも暇してるからよ。」
イークがどこからか出したハンカチを右手に持ち、わざとらしく手を振った。
「さ、お茶にしましょ。」
二人の肩に手を当てて、お姉さんは納屋を出た。
美海と郁美は、母屋でお茶とお菓子を食べながら今日体験した事、見た物をお姉さんに話した。
お姉さんによれば、あそこにある物は使い方を間違わなければ危険はない物だから、しばらく間イークに説明を受けると面白いとの事だった。
いずれ魔女になる二人には、いつかは知らなければならない知識だから、早いうちに肌で感じる事が大事だとの事だった。
二人は明日の放課後納屋に行く約束をした。
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