エピローグ②

「リーディア様と結婚って。い、一体何の話ですか?」

「そんなに驚くことかしら。言葉のままなのだけど」


 結界室は地下とは思えない幻想的な光景だ。白い光の柱に照らされた空間はあるいはロマンティックと言えなくもないかもしれない。だが、そんな荘厳な部屋で俺はさっきまでこの子に説教されていたのだ。そこから突然プロポーズなんてありえないだろう。


「そもそも火竜撃退に最大の貢献をした者に私が嫁ぐのは騎士院の決定事項なのよね。で、どう考えてもそれはレキウスよね」

「最大の貢献をしたのは火竜を狩ったリーディア様ですが」


 あと王家と騎士院は対立していたはずだ。


「つまり私の相手は私が決めていいということかしら。じゃあ同じことね。レキウスを指名するわ」

「それは全然話が違うと思うのですが……」

「私たちパートナーとして悪くないと思うのよ。なんといっても二度も大きな狩りを一緒に成功させたのだし。騎士として狩りの相性は大事だし」

「どちらも二人とも死にかけましたよ。っていうか、死んだ可能性の方が高かった」


 あれが運命的な何かだったら縁起でもないと思う。もしかして『狩り場効果』ってやつか。狩りのドキドキを恋愛感情と勘違いする。パーティー内で結婚相手が決まる大きな理由ってやつだ。


「だいたい、私が王家の一員なんて役を演じられるわけがないでしょう。育った環境が違いすぎます」

「大丈夫、レキウスが王家に相応しい振舞いをできるようちゃんと私が手取り足取り教えるわ」

「それって事あるごとにリーディア様から説教されるということですよね」


 作法云々で毎日説教される。この子を嫌いになってしまうに違いない。


「代わりに公的な場じゃないときは私がちゃんと譲るわ」

「どんなふうにですか」

「た、例えば、その二人だけの時はええっと主導権はあなたに譲るというか、あなたに全部任せてもいい……とか、かしら」

「主導権という言い方がすでに怪しい、具体的に言ってください」

「言えるわけないでしょ。騎士の夫婦の場合、その妻の方が魔力的に……ってことがあるでしょ。だから、そういう場合の作法的なというか、そういうのよ……」


 突然しどろもどろになってしまった。気のせいか頬が髪の毛と同じ色になっている。どうやら名門騎士の間では通じる話らしい。ほら、生活環境が違いすぎて話が通じないじゃないか。


「もしかして秘密の許嫁がいるとか。レキウスの秘密主義がまだ……」

「平民出身者にそんなのいるわけがないでしょ」


 なぜこんな時にまで秘密を付けるのか。その言葉、俺にとっては説教の接頭語なんだぞ。


「そもそもです、結界とか王家の義務とか責任じゃなくて、ほら個人的な感情があるでしょう。リーディア様個人として……」

「わ、私は王家の娘だもの。婚姻のこととなれば個人的感情を表に出すわけにはいかないわ」

「つまり、リーディア様本人は望んでいないということですね」

「えっ、なんでそうなるの!!」

「今の話の流れだとそうでしょう。だいたい結界のことは一蓮托生なんですから、ちゃんと手伝いますから」


 俺自身もレイラ姉達の命もかかっている問題だ。デュースターには絶対に都市の支配権を渡しちゃいけない。だが、俺の言葉を聞いた王女様はなぜか恨めしげな表情になる。


「分かったわ。ちゃんと言いえばいいのね。私はあなたに好意を持っているわ。…………王家の娘に好きだから結婚したいなんて恥ずかしいことを言わせるなんて……」

「恥ずかしがるポイントがおかしい……。じゃなくて、えっ、本当に?」

「私にとってレキウスは絶体絶命のピンチに駆けつけて守ってくれた勇者様よ。それも二度も。二度目なんてちょうど心が折れたところだった。一度目で一番槍を付けられて、二度目で完全に狩り取られたって感じかしら」


 これまさに狩り場効果じゃないのか。っていうか、言葉の選択がいちいち物騒すぎるんじゃないのか。というか、結婚とかの感覚が違いすぎる。いや、偉い騎士の家ならもしかしたら普通なのかもしれないけど。


「それで、あなたは私のことどう思っているの? 危険を冒して命がけで助けに来てくれたのはリューゼリオンを守るためだけが理由だったの」

「あっ、いや。それは……」


 混乱している俺をまっすぐ見上げるリーディア。そんなこといきなり問われても簡単に答えが出るような問題ではない。というか、いきなり結婚云々と言い出されたので考える暇すらなかった。


 少なくとも騎士として立派だとは思う。ただ資質に優れているだけでなくて、努力しているし。力のない者も導こうとする。


 昔から持っていた王家に対するわだかまりも大方消えている。結界の事情は正直どうしようもないところがある。リューゼリオンを守る意思をちゃんと持って、その為に苦労してきたことも分かった。何より、この子自身がリューゼリオンを守るために先頭に立った。


 基本的に俺の騎士の常識から外れた話も最低限聞く耳を持っている。そりゃ、散々説教されたけどこの子じゃなければ色媒のことも術式のことも、そして白刃のこともうまくいったとは思えない。


 あれ? 考えてみれば普通にすごくいい子じゃないか。しかも、容姿ときたらそれこそリューゼリオンで一番といってもおかしくないくらいの美少女で……。


「さっきも言ったけど。あなたに女の子として気に入ってもらえるように努力するつもりよ。あなたが望むのなら証明してもいい。それくらいの覚悟はあるもの」


 近くで見ると思ったよりも細い肩、小さな背中だ。この細身の体で火竜を倒したとはとても思えない。そんな可愛い子が頬を染め、上目遣いで俺を見る。普段は強気な瞳が不安そうに揺れながらも、それでもこちらから目を離さない。しかもなんか危険なことを言っている。


 いや待て、騎士として真面目過ぎることが逆に危なっかしい。一緒にいるとシャレにならないくらい危険なことに巻き込まれる。以前冗談で「王女様とパーティーなんで組んだら竜狩りに連れていかれる」と言ったことがあるけど、本当になったくらいだ。


 そもそも王女様なんて俺には絶対に手に余る存在だ。


 ならなんで俺は何度もこの子を助けに向かったのか。もちろん、俺自身やレイラ姉達を守ることにつながるからではある。だけど、それだけかと聞かれるとそれはやはり違うと思う。


 想像してみる。もしも、俺やレイラ姉に関係ない状況でこの子がピンチになったとしたら、俺はどうする?


 もしも将来、結界とかの問題が全部片付いたとして他に何の理由がなくても、この子がピンチに陥ったら俺はやっぱり駆けつけるんじゃないか。



「それとも、王位が付いていても私は嫌ということ?」

「いやそうじゃなくて……。むしろ王位の方がいら……」


 こちらを見つめながら一転して傷ついたような表情になる。王女様ではなくて普通の女の子を前にしているような気になってくる。


「と、とにかく。いきなり結婚なんて話をされても」


 このまま流されてもいいんじゃないか。この流れのままこの子をモノにしてしまえと脳の奥の方から訴えかけてくる声に何とか踏みとどまった。



「むう。レキウスは自分の立場をわかっているの。王家もデュースターも、あなたの力を野放しに出来ないのよ。だから、私が監視……管理? ……一緒にいるのが一番いいと思うのだけど」


 恋する乙女みたいなことを言っていた唇から、物騒な単語がいくつも飛び出す。


 やっぱりだ。今この子にものに“されそう”になってるんだ。獲物は俺、狩りをしているのはこの子だ。今の俺の姿は横暴な権力者に無理やり迫られている身分低い家の子だ。


「ええっと、もう少し時間をかけてお互い知り合うというか。そういうのが必要かと」

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