第23話 火竜狩り②

 舟を捨て山を見上げる。


 ひどい有様だった。木々はところどころ焼けこげ、地面が抉れている。煙を立てる山麓の森から巨大な魔狼が一目散に逃げてくる。その様子はまるで小魔獣だ。


 惨状を引き起こしているのは山上を舞う火竜だ。山頂近くに立ち上る炎と爆発。山麓の状況すらあれの引き起こす破壊の余波にすぎないということだ。


 正直に言おう。俺は英雄でも将来の王でもない。むしろ、騎士の誇りすら持ってない。だからその状況を見た時思った、こんなことに関わりたくない。城門前で再燃したデュースター家への怒りすら消えそうだった。


 平民出身者の願いは自分と自分に近しい人たちの安全だ。ただ、その近しい人の中に王家の娘とかその側近とか、騎士の誇りとやらに満ちた二人の女の子が入ってしまっているのが問題だった。


 腰から白銀の棒を引き抜いて、俺は地獄へと足を向けた。


 …………


 火災を起こす森の中を駆け登る。幸いというか不幸にもというか、迷う余地はない。やがて、巨大な黒い炭と化した大木の向こうに二人の姿を認めた。


 “火竜による狩り”は終わろうとしていた。左右から迫る巨大な火球が二つ、上空で衝突しようとしている。目を焼かんばかりの高密度魔力が今まさにはじけようとしているその下に、二人の少女がいた。


 手に持った白銀の棒を握り込み、三色すべての魔力を体から流し込んでいく。全色が吸い取られるという不思議な感覚とともに三色の術式が光を発していく。狩猟器表面からまっすぐ浮き上がるような赤、青、緑のシャープなラインが先端に向かい、そこで交わった。先端から白い光輪が浮かび上がった。振りかぶると同時に、白円は真っ二つに折りたたまれ半月になった。


 今まさに合体した巨大な火球に向かって俺は白刃を放つ。


 巨大な灼熱の魔力が中心に向かって収束しはじけようとしている。白い光の刃がそのちょうど中心を水平に両断した。その部分の魔力の効果だけが消えたのだ。細く絞った結界による魔術の切断である。


 大きな火球がゆっくりと左右にスライドしていく。両断された巨大魔術が支えを失ったように左右に落ちていく。二つの破壊の残骸が地面に激突し、まるで改めて役割を思い出したように燃え上がった。


 俺の前で左右二本の炎柱がたった。周囲の空気を捲き上げて空に炎の渦を作った。森の中にいる俺まで熱波が届く。火の粉でいくつもの火傷が出来た。


 失敗してたら間違いなく俺は吹き飛んでいたぞ。到着した直後に、誰にも知られないままついでに消し飛ぶとか喜劇にもならない。というか、超級魔獣の力ってこんなとんでもないものだったか? 


 俺は恐怖とともに上空の化け物を見上げる。だが、火竜の方も混乱しているようだ。翼を広げて大きく距離を取った。どうやら今のはあの化け物にとっても全力の一撃だったようだ。山麓で感じたよりも存在感が減っている。


 そうだ、あの二人はどうなった? 俺は煙の中に目を凝らす。赤と青の魔力の光が見えた。二人の少女は狩猟衣で体を覆い、受け身を取ったようだ。その魔力が彼女たちが健在であることを示している。


 二人と合流するために走った。今のうちに逃げるしかない。あれは俺達がどうこうできる相手じゃない。


「今の、レキウスがやったことなのよね。あれを防ぐ魔術、それも白い魔術なんて、どういうこと」

「ああ、ええっとこれは『白刃』という個人用白魔術の初歩です。多分……」

 白煙を上げている狩猟器を王女様に見せた。

「多分って……っていうか、それ私が昨夜渡した物?」

「じ、実は完成したの今朝でして。ははっ」


 使い方が簡単でよかった。色は違うが本質的に同じ回路、その一つ一つは小さい。そう、これはあくまで白魔術の初歩なのだ。乾いた笑いの俺に、王女様の視線が心なしかとがっていく。


「つまり、昨夜やってたことってコレなのね。またお得意の秘密主義の成果ってわけね……」

「いや、秘密とかじゃなくてですね。結界の方はどうしようもなかったので、ずっと簡単なこれならなんとかならないかなって」

「私がさっきあなたに謝ったのは何だったの」

「それは一体何の話ですか?」


 あれ、いつの間にか説教が始まってないか?


「リーディア。今はそんなことを言っている場合じゃない。目の前にあるものを受け入れましょう。つまりレキウスのそれは火竜にすら対抗できる古の白魔術ということか」

「残念ながら過大評価です。これはごく小さな結界効果を打ち出すだけ、それ以外何の力もないと思ってください」


 二人にはさっきのが劇的に見えているかもしれないが、ちょうど魔術の芯に直撃させることが出来たからだということは分かっている。実際に打ち消したのは火球の魔力全体の十に一つもないはずだ。


「つまり、直接的な攻撃手段にはならないということか」

「その通りです。あと、安定してないんで残り何回使えるかもわかりません。私の意見としては今のうちに逃げるです。火竜の足に傷がありましたよね。一番槍は達成ですよね」


 狩猟器の三色の回路が点滅して、白い光が周囲に漏れている。魔導金属中を暴走していた魔力がやっと落ち着いてきたところだ。


 なにより、はっきり言ってあんな化け物だとは思わなかった。どう考えても想定をはるかに超えた相手だ。


「リーディア、正しい意見です。火竜が混乱している今のうちに離脱しましょう」


 ご令嬢がパートナーに進言する。いつも冷静なこの子は本当にすごいな。だが、そのもっともな言葉に、王女様は首を振った。


「駄目よ。ここで止めるしかない。あいつの力を見たでしょ。さっきのあれが結界に当たったらそれで終わりよ。私たち以外に何人騎士がいても変わらないわ」

「しかし、私達ではどうあがいてもあれに攻撃が届かない……」

「いいえ。私に考えがあるの。確かに空高く飛ぶ火竜に私たちは手も足も出なかった。でも、逆に言えばそれさえ何とかすれば戦える。私の剣は当たりさえすれば、火竜に打撃を与えられるわ」


 そう言って、王女様は俺を見る。


「レキウスの魔術、魔力の効果を打ち消すのよね。しかも、長距離の射程がある。そうよね」

「え、ええ確かにそうですが……。まさか」

「そう。火竜の飛行は魔力によるもの。レキウスの白刃で火竜の翼の片方だけ、それも少しの間でいいから止められない?」


 さっきまで俺に説教していたとは思えないくらい、リーディアのアイデアは冷静なものだった。


「…………当たれば可能だとは思います。でも、動いている火竜に当てるのはかなり難しいです。射程も限界があります」


 俺の体術じゃ近づく前にやられる可能性大だ。


「それは私とサリアが何とかする。私は正面からあいつを引き付ける。サリアは側面から牽制して。その間にレキウスは後ろの森から後ろに回り込んでチャンスを待つ。これならどう」

「そうですね。片側の翼を止めれば、私が鎖でもう一つを何とかできるかもしれません」

「そう、そして地面に落としてしまえば私の剣は届く。少なくとも翼の一つは奪って見せるわ」


 王女様とご令嬢は剣と鎖を構える。火竜撃退から倒す方向に変わってないか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る