第17話 合同演習①
早朝リューゼリオンを出た俺達騎士見習いは、いつもよりも長い時間を船に揺られて演習地にたどり着いた。参加する三学年の学生は、演習地中央にある小さな丘の周囲に学年ごとに分かれてテントを立てた。
それが終わると合同演習の本部がある平らな丘の上に集められた。
丘の上からは今回のこの大規模な演習の舞台が一望できる。
北に山、南に湖を抱える広大な狩り場は、都市近くの演習地区しか知らない俺にとっては圧倒されるような光景だ。
北から両腕のように伸びる二つの山地に挟まれた三角形の地形、いわゆる扇状地が演習の範囲だ。扇状地の中央を流れる大きな河が南方の湖に注ぎ込んでいる。ほとんどが森で、河の周囲にだけ平原が広がる。
魔力の濃さも、これまでの演習地よりは濃い。奥に見える山の向こうには魔脈の本流が流れている。扇状地までには少し距離があるが、それでも魔力の濃さが違うというのは流石に本流だ。
事前に地図で確認していたが、様々な地形が混在する本格的な猟場だとわかる。普段は現役の騎士により狩りが行われている場所らしいからな。
そうこうしているうちに、説明が始まる。大規模とは言え演習自体の説明はいつも通り、危険な場所などの注意程度だ。普段は校舎に掲示される順位が各学年の宿泊場所の中央に表示されるのが違いか。
俺は手元の自分の地図に目を落とす。基本的に山に近づかなければ大丈夫だろう。
そういえば王女様はどうしているのかと思って周りを見渡す。教官が集まっている場所に三人の学生がいた。王女様とデュースター先輩、後一人の男子生徒は確か四年生の学年代表だ。
各学年代表と教官で打ち合わせ中なのだろう。準騎士となると成績云々は関係ない立場だ、むしろ管理する側なのだろう。
あれ、教官の後ろに見たことのない二人の騎士がいる。どちらも教官よりもずっと重々しい格好だ。学院で見たことがないから教官じゃないよな。一人は四十台、もう一人は六十は超えていそうな老人だ。
「あれって誰か知ってるか?」
「ああ、ベルトリオン翁だな」
クライドに尋ねるとすぐに答えが返ってきた。
「ベルトリオン……?」
「同級生関係の騎士院議員くらい覚えておけよ」
「ああ、なるほどご令嬢の……」
「祖父に当たられる方だ。騎士院の最長老で、院内では数少ない王家派だ」
「なるほど。ということはもう一人は」
「当然、デュースター派だな。視察ということらしい」
騎士院議員が監督とはさすが合同演習だな。教官がピリピリしてるわけだ。とはいえ、お偉方のことなんて気にしている余裕はこっちにはない。早く準備に掛かろう。
ただでさえ三匹以上の魔獣を狩る必要がある。それも下級魔獣なんてこれまで一匹も狩ったことがない俺が、初めての猟場で。かなり無理目の目標だ。
ただし、俺が今回狩猟器に用意しているのは中位術式である盾剣の改良型、狩猟器も演習用だ。まあ、どちらもぶっつけ本番ということになるんだけど、それでもできる限りの準備はした。
もちろん、狩猟計画も完璧だ。目当てである下級魔獣の中でも比較的狩りやすい魔鹿や魔羊なんかが出そうな場所は押さえている。
とにかく術式のテストも含めて今日中に一匹目を仕留める。できれば二匹だ。そして、夜は十分休んで二日目で三匹目。これが計画としては理想形だ。
俺は計画を確認しながら最初の目的地に向かう。初日は湖寄りの西側の森だ。
…………
「……ここもダメか」
日が真上を過ぎた森の中で俺はため息をついていた。
これで二カ所連続の空振りだ。いや正確には空振りじゃない。目の前には俺がターゲットにしていた魔獣が横たわっている。もちろん、すでに額の魔力結晶は取られている状態でだ。
つまり、先を越されたのだ。
仕方ないので、周囲の状況を観察して植生などを素早くメモする。残念がっている暇はない。次の猟場に急がないと。ちゃんと目当ての魔獣がいたということは、計画自体には問題はないんだ。
……………………
日が山の向こうに掛かる。俺は手ぶらで集合宿泊地にもどってきた。今日の成果である魔力結晶を教官に見せて成績を登録している同級生を避け、自分のテントに向かった。
手に持った地図には結局五つのバツが付いている。俺がたどり着いた時には血の跡だけが残っている、その繰り返しだ。目当ての獲物は間違いなくいる、それも豊富なのに成果が上がらない。
合同演習は確かに人数は多いが、その分範囲が広い。いくら何でもこうも連続して重なるだろうか……。
いや、まったく成果がなかったわけじゃない。まず、今日色々回ったことでこの実習地の実地情報がかなり把握できた。何より、触媒の劣化を防ぐために最小限にとどめたが新しい狩猟器と改良した魔術の発動が上手くいくことが確認できた。
これを元に明日の計画を立て直すことに集中しよう。俺は一人テントにこもり、計画の修正を始める。
…………
「……やっぱりどう考えてもおかしいよな」
今日の結果を見直していると改めてその不自然さがわかった。三学年合同とはいえ演習地の規模はこれまでよりもずっと広い。こうも何度も先を越されるというのは異常だ。
思えば狩りの痕跡も同じような狩猟の流儀に見えた。誰かに先回りされているとしか思えない。
だが、そんなことをする理由が分からない。俺が狙っているのは下級魔獣の中でも弱いもの、横取りして旨みがある獲物とは言えない。
しかも、俺の計画の立て方はかなり独特だ。偶然重なることなど考えられない。もしもそんなことができるとしたら…………。
俺はいったんペンを置き、テントを出た。宿泊地の中心には今日の成績が貼り出されている。目当ての名前を探す。王女様の名前は上位中央。いつもダントツの彼女らしくない位置にある。
もう一組の名前を調べる。やっぱりいつもよりも振るわない。俺の考えは裏付けられた。
しかし、ここまでして何の得がある。合同演習は二年生末の成績を大きく左右する大事な演習だ。狩りの成果を焦っているはずの……がどうして。
「どちらにしても妨害を前提に計画を立て直すしかないな……」
テントにもどった俺は大量の調査資料を取り出し、まっさらな地図の前でペンを執った。俺にとって提出した計画書は表層だ。今のやり方でまずいなら元になった調査を使って立て直すだけ。
とはいえ一日しかない以上無理は必要だ。危険が大きいという理由で避けていた山際を攻める。俺は明日の計画を新しく立案していった。
…………。
「レキウス大丈夫か」
朝、集合宿泊地を出たところでクライドに声を掛けられた。
「その様子ならこちらの事情は知ってるみたいだな」
「ああ、本当なら手伝ってやりたいところだけど」
「演習当日で臨時パーティーは成績にならないからな。その様子だとそっちは河上だろ。俺は今日は東だ」
クライドのパーティーの一人が小舟を用意しているのを見て言った。
「まあそうなんだが……。とにかく頑張れよ。レキウスは貴重な情報源だからな」
「そっちこそあんまり遡るなよ。扇状地の付け根あたりは危ないぞ」
演習地の奥、二つの山に挟まれた地域を見て言った。俺の事前調査ではあの二つの山には大物がいる。俺にとっては何の役にも立たない情報だ。そもそも演習地の外だからな。いつもの癖で周辺部までしっかり調べただけだ。
「ああそうだな、中流までにしとくよ」
「そうだ、一つ気になってたことがあるんだが……」
俺は周囲を確認してからクライドに耳打ちをした。
「わかった。それとなく調べてみよう」
「たすかるよ」
……
森の中を歩く。一つ目の狩り場に向かう。提出した狩猟計画には西側の第一候補として記していた場所だ。
藪を抜けると血の匂いが鼻についた。ある意味予想通りの光景が広がっている。お目当てだった魔獣が、額の魔力結晶を抜かれた状態で転がっている。
地面の跡から戦い方。傷から魔力の色を確認する。やっぱりあいつらか……。
昨日新しく作った地図を取り出し、次に向かうべき場所を決める。本来なら今日“三番目”に回るはずだった猟場へ直進する。俺の予想なら、これで妨害者の先をこせる。
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