第45話 店長とクリスマスのバイト

「24日、クロはホテルでホワイトクリスマスか?」


 学期末テストが終わって、後はドキドキの結果発表を残すばかりとなった12月の2週目。

 バイト中、店長があまりにもナチュラルにぶっ込んできたもんだから、洗っていたフォークを手にブッ刺してしまいそうになった。

 

「飲食店で下ネタはどうかと思うんですよ」

「なあに、今はつぐちゃんしか客いねえから大丈夫だ!」

「ちょっとちょっとー! いつの間に私、そんな下ネタOKな尻軽キャラになったのー!?」


 今日も今日とてカウンター席で飲んだくれているつぐさんが、心外だと言わんばかりに声をあげる。


「そうですよ店長、早朝に空の酒瓶抱えて半裸で道路に転がってそうなつぐさんですけど、ちゃんと節度は弁えていると思ってます」

「余計ひどくなってない!?」

「冗談です、根は真面目だと思いますよ」

「よーくわかってんじゃん! ま! 全裸は見慣れてるけどね!」


 手にフォークがぶっ刺さった。


「俺のフォローを返してください」

「大丈夫! 全裸って言っても、全然エロい意味じゃないから!」

「エロくない方に考えろという方が無理な話なんですがそれは」


 ガハハと、店長が豪快に笑ってから尋ねてくる。

 

「で、実際どうなんだ? 彼女と過ごすのか?」

「いや、だから彼女は出来てませんって」

「彼女”は”だろ? 気になってる女はいるはずだ!」


 ひやりと、心臓が氷に浸されたように冷たくなる。


「……何を根拠に?」

「そりゃあ、ここ最近のクロの様子を見りゃわかるさ」


 ぐうと、何も言い返せなくなる。

 人生経験、特に対人関係においては非常に鋭い観察眼を持つ店長だ。


 きっと、叶多が理解できないタイプの根拠を持っているのだろう。

 

「で、どうなんだ?」


 あ、これ白状するまで絡まれるやつだ。

 本能的に悟った叶多は、今考えうる最大限の言い回しで答える。


「……仲の良い女の子は、その」

「おお!!」

「へえ!!」


 きらきらっ!!

 店長とつぐさんが同時に目を輝かせるもんだから、思わず目を背けてしまう。


「やっぱりな! だと思ったぜ!」

「やっぱ春が訪れてたかー! 叶多くんにも!」


 うんうんやっぱりねと、つぐさんが腕を組んでしきりに頷く。


「でもクリスマスは特になにも誘ってはないので、このまま行くと普通にバイトコースかなと」

「馬鹿ヤロ! デート誘わんでどうする! 高1のクリスマスは一度しかないんだぞ!?」


 ドンッと、店長がシンクに拳を打ちつけて迫ってきた。

 満席で客入りが絶えないお祭り日にも見たことがない表情に気圧される。


「そ、その子はクラスでも人気の子で、クリスマスも引く手数多というか」

「あー、なるほど、ライバル多しパターンか」


 ふむふむと、店長は顎に指を添わせる。


「引く手数多ということは、まだ特定の人とは付き合ってないってことだね! ということは、また叶多くんにもチャンスがあるってことじゃん!」

「流石はつぐちゃん! よくわかってら!」


 店長とつぐさんがハイタッチをする側、「そりゃまあ、彼氏はいないだろうなぁ」と、添い寝の日々を思い返しながら小さく呟いた。


「とはいえ、もしかするとクリスマスで勝負を決めようとしている輩もいるかもだから、うかうかはしてられないわね!」

「俺、その子とは仲が良いだけなんですが……あ、つぐさん、なにか飲みますか?」

「お、気がきくねえ! 赤ワインおかわり!」


 つぐさんに追加の赤ワインを持ってくる。

 「ありがとっ」と共にぐいぐいぐいーっと赤い液体が飲み込まれていって、「ぷはーっ」と明らかに赤ワインを飲んだ後じゃない息が吐かれた。


「大丈夫! 私が保証するわ!」

「会話がぶつ切りでなにがなんだか」

「叶多くん最近見違えるように男らしくなったし、絶対イケるってこと!」

「それこそ何を根拠に言ってるんですかねぇ……」

「よく周りが見えるようになったし、真面目さが緩まって冗談も言うようになったし!」


(……そうなんだろうか?)


 あまり自覚はないが、つぐさんが言うのならそうなのだろう。

 と、とぼけるつもりはない。

 

 つぐさんの言うように、ここ最近で自分の意識や行動が変化している自覚はあった。

 おそらく、良い方向に。

 

 しかしそれが、白音に対するアプローチが成功するかしないかの話に影響するかはまた別の話である。


(……って、これじゃあまるで、俺が白音のことを異性として意識しているみたいじゃないか)


 ブンブンと頭を振ると、店長がぽんっと叶多の肩に手を置いた。


「まっ、やるだけやってみるこった! 勇気はいるだろうが、そこで一日踏み出せるかどうかがクロが今後男として生きれるかどうかを左右する!」

「男じゃなったんですか俺は」

「もしダメだったら、その時はバイトに入れ! つぐちゃんと一緒に残念パーティだ!」

「ちょっとちょっとー!! なんで私に予定がない前提で話が進んでんのよー!?」

「あるのか?」

「ありませんごめんなさい見栄はりましたー!!」


 がくんと机に突っ伏すつぐさん。

 それを見てガハハと笑う店長。


 今日も平和だなと、叶多は淡々と食器洗いに戻った。


 ……クリスマス、か。


 意識を全くしていないわけではないが、それ以外の懸念事項があってそれどころではない、が正解である。


 それ以外の懸念事項──もちろん、白音の体調についてだ。

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