第21話 眠り姫と難問に挑戦

 晩御飯の後は自然とベッドへ移動する流れとなった。


 お馴染みのビックサイズのベッド。

 には、今日は上がらなかった。


 今日も上で寝てください、いや、今日は下で寝る、上で、下で。

 みたいな攻防があったということだけ記しておく。


 敷布団に寝転がってから、スマホとイヤホンを取り出す。

 就寝前のぐーたらタイムだ。


 充電器に繋いでからYoutubeを開くと、すぐそばに人の気配。

 顔を上げると、両腕を身体の前で交差させ視線を彷徨わせる白音が映った。


「クイズチョップ、ですか?」


 出張帰りのお父さんのお土産を心待ちにする娘みたいな表情。


「……一緒に見るか?」

「そ、そんなわかりやすかったですかね?」

「食べ終わったあたりからそわそわ感あった」

「うぅ……お恥ずかしい……」

「でも、大丈夫か? また、前回みたいに寝落ちしたら」

「今回は大丈夫です! 眠くなったら自分のベッドに戻ります。前回と同じ失敗は繰り返しません!」

「また盛大なフラグ立った気がする件」


 まあ、大丈夫か。

 前回のことがある分、それなりにアンテナを張っておくだろうし。

 こちらも気をつけておいて、うとうとし始めたら声をかければいい。


 ちゃんと学習する人間なので、同じ轍は踏まない。


 広いほうが並んで見やすいだろうという白音の意見により、上のベッドに移動する。


「お邪魔、します……」


 おずおずと、白音がすぐ隣に寝っ転がる。

 甘ったるい香りに背中がピンとなる感覚を覚えつつ、今日の動画をタップした。


 画面の中でリーダーの半沢がお馴染みの挨拶を口にした後、クイズが始まる。


「今日はじっくり考える系の問題か」


 叶多は眉を顰(ひそ)めた。


 クイズチョップで出題される問題形式にはざっくり分けて2パターンある。


 ひとつは早押し一問一答型。

 こちらは知識があるかどうか、つまり正解を知っているかどうかで勝敗が決まる短期戦タイプだ。


 東京タワーは何メートルでしょう、みたいな。


 もうひとつは、紙とペンを使ってじっくり考えようね型。

 こちらは知識に加えて、論理的思考力や読解力など総合的な能力で勝敗が決まる長期戦タイプだ。

 

 Aくんが秒速60kmで走ると300kmを何秒で走りきれるでしょう、みたいな。


 Aくんが人間やめてる件については気にしない。


 閑話休題。

 

 今日の動画は、世界的超大手IT企業、Googleの入社試験を解いてみよ〜〜♪

 という趣旨の問題だった。

 つまりは、紙とペンを使ってじっくり考えようね型。


 1問目に出題された問題はパッと見、数学の基礎的な公式の知識はもちろん、柔軟な思考と高度な論理思考力が必要とされるもの。

 

 じっくり時間をかけて臨めば解けるだろうが、少なくとも、寝る前にベッドに寝転がってとりかかる問題ではない。

 別の動画に変えた方が良いかもしれないなと思った矢先、


「ちょっと一時停止お願いできますかっ!?」

「えっ」


 いつになく真剣な表情。

 瞳の奥に燃えたぎる闘志。


「これなら私、解けるかもしれません!」


 動画を止めると同時に、ぴゅーっと電光石火の如き身のこなしで勉強机からふたり分のノートとシャーペンを持ってきた白音。

 

「黒崎さんも、はいっ」


 はい、って。

 返答が追いつかぬまま、白音がノートにペンを走らせ始めた。

 叶多もペンとノートを渡されたものの、自分で解く気力は無く白音のノートの方が気になった。


 カリカリカリカリと、ものすごい勢いで計算式やら図やらが書き込まれていく。


「えーと、ここにこの公式が当てはまるから、この計算式を代入して……」


 ……なるほどね。

 出題に対し、白音の頭の中でどのような解法が進んでいるのか、ノートに羅列する数式群を見て理解した。


 この手のコンテンツの問題は、『複雑な計算や公式を使用せずいかに柔軟な視点で解を見つけるか』というパターンが多い。

 大学で習うレベルの難解な公式が絡んだりしたら、視聴者に解説したところで「???」となるからだ。

 エンタメとして、解説を終えたあと視聴者が「そういうことかあ〜〜〜」と思わずポンっと膝を打つような出題が大事。


 だから、解く前の発想力──この問題って、こうやれば解けるんちゃうの、という『気づき』が重要だということを、クイズチョップの動画をたくさん見ることで学んだ。


 その『気づき』を、白音は反射的に得たらしい。

 流石は日野宮高校のトップ層。


 現役東大生に引けを取らないレベルの能力を、既に保有しているのかもしれない。

 抜けてて天然な部分はあるが、非常に優秀な頭脳の持ち主であることを再度認識する。


「あれっ、でもこれだと……」


 そんな白音の声に迷いが生じる。


 誤算があったのか、仮説に穴があったのか。

 ぴたりと、白音のペンが止まった。

 そして「う〜う〜」と、腕を組み悩み始める。


 白音のノートに目を向ける叶多。

 叶多も能力値としては白音ほどではないが、これまで真面目に積み重ねてきた知識と知恵。

 そして、日夜クイズチョップの動画を見続ける中で培われた「この問題ってあのパターンじゃね」という思考方式のストックが、白音の記述した計算式の中に違和感を発見した。

 

「多分、代入するのはこの式じゃなくて、こっちだと思う」


 直感とともに呟かれた叶多の言葉に、白音が目をハッと見開く。

  

「あ!! ほんとですね!! これなら……!!」


 再び解に向かって走り出すシャープペンシル。

 水を得た魚のようにカリカリカリカリと、先ほどよりも軽快な摩擦音が心地よく響き渡る。


 そこからは、一瞬だった。


「解けました、答えは”7”です!」


 動画の再生ボタンをタップする。

 クイズチョップのリーダー、半沢が解を発表する。


『正解は……”7”です!!』

「やりました!! やりましたよ黒崎さん!」


 やったーやったー! 

 と、何度も両手を上げて大喜びを露わにする白音。

 パニック映画のラストシーンでよくある、地球に向かってくる隕石を核ミサイルで撃墜することに成功したNASAの職員みたいだ。


「すごいな……」


 シンプルに、そう思った。

 高校生にとっては難問であるはずの出題を、直感的な閃きと論理的思考力をもって正解に導いた白音。


 正直なところ、このタイプの問題は自分で解こうとせずさっさと東大生メンバーの解答を待って、「おお〜そういうことだったのか〜」を楽しむのがパターンだったから、主体的に問題を解くという体験はとても新鮮だった。

 問題を解くといっても最後にひとアドバイスをしただけだが、その追体験をしたことにより言い表しようのない達成感を叶多は覚えていた。


「おめでとう、やっぱ流石だな」

「いえ、黒崎さんの方が、ですよ」


 首を傾げる。

 解いたのは白音のはずだが。


「最後の黒崎さんの助言がなかったら、きっと答えにたどり着けていませんでした……だから、ありがとうございます」


 小さく頭を下げる白音に、いやいやいやと両手を向ける。


「俺は夢川さんの解法に乗っかっただけだから、褒められるようなことでもないよ」

「でもそれは、解法をちゃんと理解した上で間違いに気づいたってことですよね? それは、すごい事だと思います! なんなら、解いたのはもう黒崎さんと言ってもいいくらいです」

「や、夢川さんの最初の発想がなかったら俺もこの問題が解けていなかったわけで、それでいうと夢川さんの方が……」

「もー、真面目ですかっ」


 困った生徒を叱るようにピンと人差し指を立てて、優しい声色で白音が言う。


「どっちがどれくらい勝利に貢献したかとか、いいんですよそういうのは。”二人で力を合わせて解いた”。それでいいじゃないですか」


 言われて、すとんと胸に落ちるものがあった。

 

 今までずっと、なにをやるにしてもひとりだったから。

 “二人で力を合わせて”なんて、そんな経験なかったから、知らなかった。

 

 人と協力して何かを成し遂げることが、こんなにも充実感を覚えるものだということを。


「そういうものなのか」

「そういうものです」


 ふふっと、白音が淡く微笑む。

 優しくて、柔らかい、息が詰まるような笑顔。


「ささ、次の問題にいきましょう!」


 すっかりやる気スイッチが入ってしまった様子の白音。


「寝なくていいのか?」

「大丈夫です、あと、1,2問くらいなら!」


 添い寝という本来の目的を達成するならここで中断すべきなんだろうか。


 ……まあ、いいか。

 と、再生ボタンをタップする。


 多分、楽しかったんだろう。

 今まで、自分ひとりで楽しんでいたクイズを、誰かと共有して、誰かと解いて、誰かと喜びを分かち合う、その体験が。


 珍しく高揚している気分の中で、俯瞰の自分がそう自己分析をした。


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