第15話「もらい泣き」
あの日初めてお昼ご飯を一緒に食べてから前田さんと松林さんとは仲良くなった。
実家から通ってる前田さんが、実はお嬢様だということもわかったし。松林さんが思いのほか苦労人だったことや、繊細な性格だということはこうして何度も話してなければわからなかっただろう。
今年二十六歳になる松林さんは、オフィスまで自転車で通勤している。
電車だと十分だけど交通費を浮かすために三十分かけて通っているうちに楽しくなったのだと豪快に笑う。
相変わらず仕事は辛いけれど辞めたいという気持ちは今のところ収まっている。
五月二十八日が松林さんの誕生日だと知った私と前田さんは、ささやかな誕生パーティーを開くことを決めた。
気が付かれないようにと、私と前田さんは毎日メッセージをやり取りした。
プレゼントは二人で選んだ。
ハートの飾りがついた小さなパールのピアスと鉢植えの観葉植物。
喜んでくれるといいなと思いながら。
サプライズを決行する日に私の部屋に初めて二人を迎えるということに決まった。
この準備のために私と前田さんは何度も二人で計画を練った。
食事を用意するのは私の担当で、前田さんは手作りのバースデーケーキを作ってくれることになっていた。
「誕生日おめでとう」
オフィスの出る時に小さな花束を渡しながら二人から軽めの言葉を伝えただけで凄く喜んでくれた。
いつものように、自転車に乗ろうとする松林さんに、私も今日は自転車で来たことを伝え一緒に帰ろうと声をかけた。
前田さんと別れて、二人で自転車に乗る、松林さんの自転車はスポーツタイプで私の自転車は折りたたみ自転車、私に合わせてゆっくりと漕いでくれる松林さんと、夕日を眺めながら走る。
私の住むマンションが近くなったところで、私は計画通りに自転車を停めた。
「あのさ、ちょっと相談があるんだけど、良かったら私のマンションに寄ってくれない、ご飯くらい用意するし」
「え、いいけど、それって恋バナ?誰か好きな人でもいるの」
「まぁ、そんなところ」
私が住んでいるのは、多少外観は古臭いがリノベーションされていて割とオシャレなマンションだ。
管理人がガーデニングに凝っていて、マンションの周りの花壇にはたくさんの花が季節毎に住人や道行く人の目を留める程だった。
「すっごい綺麗」
自転車を停めながら松林さんは花壇に植えられているラベンダーやマリーゴールドに感嘆していた。
エレベーターの中で、前田さんに合図のLINEスタンプを送る。
計画通りに先にタクシーで来て合鍵で入り準備をしてもらっている。喜んでくれるといいなと思いながら、ドアを開けた。
真っ暗な部屋に入り、照明を付けるとクラッカーを鳴らすという計画だった。
「「誕生日おめでとう!」」
パンっ!と意外に地味な音が鳴りひゅるひゅるとテープが舞った。
玄関に立ちつくしていた松林さんの目からは次々と涙が溢れた。
「私、こんなふうに祝ってもらったこと初めて。……親は私を捨てて出て行ったし、中学生の時からほとんど一人で暮らしていたようなもんだし……」
小学校に上がる前に両親が離婚をして、母親と二人で暮らしていたとは聞いていたけれど、詳しくは知らなかった。
「とにかくおめでとう!これからは毎年お祝いしようね」
そう言いながらも、私と前田さんももらい泣きしてた。
テーブルの上に、前田さんお手製のいちごとキウイがたくさん乗ったケーキが私たちが帰るのを待っていてくれた。
「さぁキャンドルを消さなきゃだよ」
私たちが歌うバースデーソングに合わせてキャンドルは消され、パーティーが始まる。
「ドッキリ大成功だね」
前田さんが、ケーキをほうばりながら笑う。
「ところで、恋バナは?」
松林さんが私に話を振って来たけれど、ここ一年そんな話なんて悲しいことに皆無だった。
「そんなもん、ございません。今度婚活パーティーでも行こうか」
「そうだね、それいいね」
そう言う松林さんの隣りで、ニコニコと笑う前田さんは「私はパス、だって彼氏いますから」
と、少し誇らしげに笑う。
「ちっ、つまんない」
さっきまで泣いていた松林さんがいつものように大きな声で笑った。
(了)
※いつも読んで頂きありがとうございます。(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*ペコ
またしても、恋愛小説ではありませんでしたが(笑)
この三人のお話はお題によっては続くかも……
登場人物(自分が忘れないようにw)
━━五十嵐
━━前田
━━松林
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