水無瀬さんと委員会


 GWゴールデンウイークが明け、また学校生活が始まる。いやむしろこれからが本当の意味で始まると言った方が良いのかもしれん。

 4月のほとんどは一年間のそれぞれの授業でどのようなことをするかのガイダンスや授業で使う問題集の配布、それと春休みに出された課題テストが多くてロクに授業は進められていない。

 うちは特別頭の良い高校でもなければ、工業や農業高校のように何かに特化したわけでもなく、特筆すべき魅力もない普通の公立高校。「じゃあなんでこの高校に通ったんだ?」と訊かれれば、地元に高校がなくオレの学力からちょっと背伸びした所だったからという無難な解答をしよう。

 故に授業のスピードも早すぎず少しゆとり気味とすら思えるペースである。


「それじゃ学級委員は白鳥君と大森さんに決定で、あとの委員会と係決めは2人に任せるね」


 担任の若い女性教師、平坂先生が教壇からけて学級委員となった男子と女子が代わるように前に出た。

 男子は黒髪で、まだ夏は先だっていうのに暑くなってきたこの時期でもきっちりブレザーのボタンを留めていることから真面目っぷりが伺える、綺麗な顔立ち。一方女子の大森は校則の緩いうちでも大丈夫か? と心配になる明るい茶髪で制服の着こなしも男子学級委員とは正反対。ギャルっぽくて苦手だし極力関わりたくない。


「じゃあ先に通年の委員会から決めよっか。私プリント見て言ってくからシラちゃん黒板にお願い」

「わかった。適当に枠作るけどどれくらいいる?」

「えーっと、ふーふーみー……9つ、あ! 修学旅行委員もあるじゃん。私こっちが良かったこもー」


 と、白鳥と大森は砕けた話をしながら連携をとって黒板に保険委員から体育、文化、選挙管理委員などが書かれていく。ちなみに風紀委員というものはない。

 美化委員がニュアンス的に相当するんだろうけど、アニメや漫画みたいに黒髪ロングで発育が良くやたら真面目に風紀を取り締まるツンデレキャラもいない。風紀委員キャラってやたらあのイメージが強いけど、元ネタ誰なんだろうな。

 全部書き終えた白鳥はそれから一番右にある学級委員の項目に白鳥と大森の苗字を記入して席についている俺たちの方へと振り返った。


「これで良し。決め方はどうしよっか。俺が1つずつ読み上げて挙手してもらう? 人数が多ければジャンケンしてもらえば」

「でもそれだと時間かからない? 私初めてクラスになる子もいるし、まだ名前覚えれてない子だっているから」

「そっか、じゃあ委員会に入りたい子は黒板に名前書きに来てもらえば良さそうだ」

「だね。みんな聞いてたと思うけど、委員会に入ろうと思う子は好きに名前書きに来て。1人1カ所までで人数多かったらあとでジャンケンね」


 大森はそう全員に伝え、続けて5分ほど生徒同士で相談する時間を設けた。

 委員会は各2人ずつで学級委員以外は男女1人という決まりもない。友達同士で「一緒に何とか委員会行こうよー」「えー、面倒だからやめとくー」と話し合う時間がある方が結果的にスムーズに進行できる。結局やめてんじゃんか。

 

「はい! 5分経ったから決めた人から入りたい委員会の枠に名前書きに来て」


 大森の合図とともに何人かの生徒……主に学級委員2人に連なる陽の民なる生徒たちが立ち上がり――――ひょっこりオレもその軍勢の最後方に続いた。

 内申点のため……という打算的な考えがないこともないが、どちらかというと委員会より後から決める係の方がオレ的には面倒だからだ。

 通年の委員会と異なり各教科の課題提出などの手伝いを行う係は半年で交代。しかも前後期で同じ係になってはいけないときた。

 また後期に同じように悩まされることになるなら早々に楽な道を選んでおいた方が良い。早計すぎるのも問題だが選択が遅すぎるのもまた損してしまうものだ。

 前方で教壇にたむろする生徒たちの狙いはおそらく文化委員、体育委員。そして修学旅行委員の3強だろう。

 年明けに控える修学旅行のしおり製作などができる修学旅行委員は言わずもがな、文化委員と体育委員も秋の文化祭、体育祭で活躍できる人気な委員会だ。

 

「さてと……」


 そんなキラキラした彼ら彼女らの尻目に、オレは迷わずささっと目的の委員会の1枠に自分の名前を記入した。


 図書委員会――「千種優」「    」


 よし、ミッションコンプリート。

 やることやったら即刻離脱。さっさと逃げるんだよー。

 まだガヤガヤとチョークを回して人気な委員会の枠に名前を書く人混みの隣を抜け、自分の席に戻り我知らずとばかりに窓の外を見て時間を潰す。こういう時寝てる方が余計目立つもんね。


「このまま決まってくれるよな。仕事面倒だし」


 図書委員といえばどんな活動があるのかかなり想像しやすいのではないだろうか。おそらくごく一般的な中高生に訊けば十中八九『図書室で本の貸し出し手続き』と答えると思う。

 正解、ナイス、完璧な答え。正論正確正答にして正鵠を射ている。

 あえて付け足すなら返却された本の整理やらたまーにやるビブリオバトルなる本のコンペの裏方をする程度か。

 が、そんな特例は放っておいて主な仕事は本の貸し出し手続きに限る。

 それが人気ないんだよ。

 作業は別に手間ではない。本を借りる人の名前を訊いて、棚にあるファイルから各生徒のバーコードと借りる本の裏表紙にあるバーコードをちょちょいバーコードリーダーでスキャンしてやるだけだから。

 そんな簡単な作業ばかりしかないにも関わらず図書委員に人気がない理由はただ1つ。

 ――――時間だ。

 図書委員会の活動は昼休みと放課後。それがたまらなく辛い。

 中学までと異なり高校は総菜パンや軽食が帰る購買がある上、うちの校則は携帯電話の使用にも緩く、長い昼休憩は教室や購買近くの食事スペースでスマホ片手に友達と駄弁ったりする生徒が大半を占める。

 放課後に関しても中学以上に充実した設備に熱の入った練習。アルバイトをしている生徒もいれば数年後に控える大学受験に備え勉強するやつもいる。もっと身も蓋もない話をすれば、面倒な授業を終えたあとも学校に残ってるなんて馬鹿らしい。早く帰って人気のカフェで流行りのメニューに舌鼓を打ち、SNSに写真を投稿する方が今時の高校生にとっては有意義なのだ。

 まぁ部活もバイトもしていないかつ、周りの陽キャな人たちのように毎日カフェにいける金すらないオレにとっては関係のない話なのだが。


「おおおおぅ……。やっぱ修学旅行委員の凄いね」

「文化委員も結構溢れてる。体育委員は今2人だから締め切るけど良い?」

「保健委員はまだ0で、選挙管理委員選管と図書が1人ずついるから、この人らはもう決定で」


 白鳥と大森のやり取りを耳にしたオレは机の下でグッと拳を握った。

 最悪の事態は回避できた。

 さきほど話し合いの時間が設けられたように、委員会決めをスムーズに行うためには「どの委員会を選ぶ」より「誰とする」かが重要になってくる。

 忙しい委員会でも友達と話しながらなら苦ではない。なんなら楽しいとすら思える。だから嫌な委員会でも2枠空いてるなら一緒にやろっか、と決める生徒も少なからずいる。

 そんな思惑を打ち破るのが世界共通レベルで平等と謳われる選出方法、ジャンケンだ。

 仮にオレの他に仲の良い2人組が図書委員に立候補しジャンケンで決めたとして、オレがジャンケンの勝者の1人になったとしよう。他2人はペアでなるつもりだったのに何かよくわからん男子と組まされるわ、オレはオレでそんな彼ら彼女らの心中を察しながら感じなくてもいい罪悪感に苛まれながらの半年を送る。なんて悪夢だ。

 だから学級委員の2人が図書委員の1枠をオレで確定してくれたのは本当にありがたい。

 あとは数分後に起こるであろう余った1枠が中々決まらず、千種とやるのもちょっとなぁ……という雰囲気に耐えるだけだ!

 

「……えーっと、あとは誰もいない保健に放送と図書が1人ずつか。誰かいませんかー?」

「放送室とか普通じゃ入れないからなると面白いかもよー」


 委員会決めを始めてから30分ほど経った。

 終業のチャイムが鳴るまで残り僅か、学級委員の2人にとっても山場であった人気な委員会も無事決まり、あとは余りもの処理だけとなっている。

 文化委員や修学旅行委員に群がっていた生徒たちも別の委員に立候補したり、後日決めることになっている係になるような話を耳に挟んでいるので、残っているのは極度の恥ずかしがり屋シャイか面倒臭がり屋のみ。この何も進展せずただ無碍に過ぎていく無言の時間が一番長く感じる。

 先に委員会や係になることを決めた陽キャはイライラするし、どこにも属していない陰キャは焦燥感と圧迫感に駆られるし嫌な雰囲気だ。

 無言になって数分が経過し。


「なぁ俺らで保健行かね?」

「は? 男で保健行くとかマジかよ。けどありっちゃありか。白鳥ー、俺ら2人保健委員行くわ」

「うん、ありがとう。じゃああとは放送と……」

「は、はい!」


 確認のために言いかけた白鳥を制して保健委員に立候補した男子とは別方向から手が上がる。


「私、放送委員やります」


 勇気ある生徒3人が沈黙を破り、話を合いを前に進めた。

 中々決まらなかったことから3人の名前が黒板に記入されるとどこからともなく拍手が起こった。オレも合わせてパチパチとサイレントで拍手する。

 

「じゃあ残すは図書委員だけだね」


 そう、オレのパートナー図書委員だけ。

 頼むから誰でもいいから早く決まってくれ。オレ1年の時も図書委員だったから仕事できるし、名前さえ貸してくれれば全部オレやるから!

 1年の時とは高校以前からの知り合いが立候補してくれたが、ほぼ全員初対面の2年じゃそれは望めない。最終的には余ってる生徒全員でジャンケンして負けたやつがなる罰ゲーム方式か、担任による圧力指名だろうか。頼むから「千種君、クラスで仲良い子って誰?」とか聞かないで――。


 カッ、カッ、カッ……。


 と、乾いた音が耳朶を打った。

 音がしたのは前の方。

 とても小さな音で、きっと教室が静まり返った今だからこそ聴こえた。

 音の原因は黒板の上をチョークが滑る音で、最後にカチャっと使い終えたチョークが置かれる音が響く。


 図書委員――「千種優」「水無瀬ひより」


 白鳥も大森も水無瀬が席を立ち自ら黒板に名前を書きに来ていることに気づいていなかったようで唖然としてた。

 黒板の字を読んだ頃にはもう水無瀬は自分の席に戻っている。


「はい、水無瀬さん図書委員になってくれてありがとう。水無瀬さん凄く本を読むって司書さんから聞いてるからきっと水無瀬さんの長所を活かせるわ」


 チャイムと同時にずっと教室の後方で見守っていた平坂先生が学級委員の2人を席に戻るように促し締めくくる。

 後列にあるオレの席からじゃ数列前に座る水無瀬の顔は見えなかった。

  

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