水無瀬さんとゲームセンター

 薄暗い空間に煌びやかな電飾が咲き乱れ、それぞれの筐体が自分が1番だというようにポップな音楽を響かせ、オマケにスピーカーからは流行りの音楽と奥の方からジャラジャラと大量のメダルがぶつかり合う音とでまさに混沌状態。

 だがその賑わいこそゲームセンターの醍醐味だったりする。

 クレーンゲームにリズムゲーム、コインゲーム。それと子どもたちがよくやってるアーケードゲーム。

 さて何からするか……。

 ワンコインで済むジャンキーな昼飯にする予定が変わってしまったため、こっちで使う金を抑えてバランスを図りたい。

 とすると、上手くいけば半永久的に遊べるメダルゲームが良いか。でもせっかく来たのだから色々台を見て回ろう。

 そう考えを決めた俺はゲームセンターの奥に足を踏み入れる……前に隣へと視線を送った。


「で、なんで水無瀬もいるんだ?」

「ん?」

「ん、じゃなくて……」


 さも当然のように昼飯後も付いてきた白髪の同級生。

 水無瀬とは偶然会ってから成り行きで昼飯を共にしたものの、それからのことは何も話していなかった。

 

「水無瀬もゲーセン来るつもりだったのか?」

「んー……別に」

「そうか。俺に付き合ってくれてるとか……じゃないよな」

「違う」


 首を左右に振って水無瀬は俺への気遣いで付いてきた可能性を否定する。元々来るつもりもなかった上、休日に1人モール内をうろつく俺に情けをかけてくれているわけでもない。

 うーん……水無瀬の真意が読めん。

 せめて今どんな感情なのか読み取れたらいいんだが、このクラスメイト。本読んでる時と飯食ってる時以外無表情なんだよ。

 

「一緒にいると、迷惑?」

「そ、そんなことないから」


 1歩分距離を寄せられて問われ、どもった返事をしてしまう。あまり知らない仲の人と話すのはやはり緊張してヤバい。

 一瞬早くなった鼓動を鎮めまぁ良いか、と俺は結論を下した。フードコートにしろゲーセンにしろ教室にしろ、1人でいるより誰かといる方が浮いてる気分にならなくて済むしな。

 何回か話したことあるし、こんな休みの日に外出先で一緒に昼飯も食べた。友達……とも言えなくない仲なら別にゲーセンに行くくらい普通のこと……のはず。

 

「俺適当にぶらつくけど、なんかやりたいゲームとかある?」

「決まって、ない。わたしもついてく」

「了解」

 

 そんな端的なやりとりだけで会話が終了する。報告かよってくらい会話が短すぎて、もしかして怒ってる? と思い込みそうになるが決してそんな勘違いはしない。

 俺だって世辞にも友達は多くないし人と話すのは苦手だ。だから水無瀬の気持ちも想像つかないわけじゃない。

 あまりに人と話す経験がなさ過ぎて、会話が続かないし上手くできないだけなのだ。ぶっきらぼうに聞こえる発言だけで決めつけるのは早計である。

 第一コミュニケーションが苦手な奴なら強制されているわけでもないのに行動を共にしたりしない。「俺は俺で適当に回っとく」みたいに単独行動を選ぶか、なんならゲーセン自体諦めて帰るまでする。

 水無瀬にそのような兆候が見られないのなら、少なくとも俺と行動することに不満があるわけではないっぽいし、特に気に留めないのが良い。

 あ、でも言わねーといけないことが1つ。


「悪いけど、その……声、聴こえにくくなると思うから。その辺頼む」


 さっきから……というか本屋で会った時からそうなんだが、水無瀬の声は凄い小さい。喧騒溢れるフードコートでも聞きとるのがやっとだったのに、ゲーセンの中だと間違いなく聞こえないだろう。

 俺の頼みに水無瀬が「りょ」っと応える。見掛けに寄らず返事軽いなおい。

 胸中でツッコミを入れつつ俺と水無瀬はゲームセンターの奥へと足を踏み入れる。

 特にアテもなく台数の多いクレーンゲームの筐体を物色し「あのフィギュア細かく作られてるなー」とか「こんな家電を景品にするくらいだから絶対アーム弱いだろ」と、プレイしてもないのに上から目線で評価を下していく。

 ただそれだけでも結構楽しいものだ。電気屋のゲームコーナーなんかでパッケージを眺めてしまう感覚に近いかもしれない。

 ついつい夢中になって筐体を見て歩いていると、不意に進行方向とは逆へ向かう力に襲われた。抵抗力は微々たるもので少し驚いたくらいで、筐体の角に鞄引っ掛けたのかなと振り返ると、水無瀬に服の裾を引かれていたらしい。


「面白い台でも見つけたのか?」


 問うも水無瀬は答えず、服の裾を引く手とは逆の手で真っすぐに指をさす。なんで喋んないんだよ。

 さてはさっき頼んだ声の大きさのこと諦めたな。

 すぐに水無瀬の魂胆に思い至る。

 水無瀬のやつ、声に頼らずジェスチャーでコミュニケーションを図る気か。たしかにそれなら声が小さくて聞き取り辛いという問題は解消される。水無瀬さん偉いな。でも邪魔くさいわ! などとただのクラスメイトにツッコメルほど俺のコミュ力も高いわけで。

 水無瀬の方針を気にしなていで、彼女に従い視線を移動させる。

 

「って、無理無理無理無理」


 水無瀬の指し示した方向にあった筐体を視認した瞬間、俺は早口で拒否の意思を意志を示した。

 そこにあったのはクレーンゲームなどではなく、なんならゲームですらない。

 モデルの顔をプリントしたパネルで作られたお手製アーチの先にある、これまたモデルの顔をデカデカと写した淡いピンク色の巨大な立方体。アーチの手前に置かれたボードに「男性のみのご利用はお控えください」と書かれているため今まで存在は知っていても決して使ったことのないその施設。

 ――プリクラ。

 陽キャ御用達の撮った写真を色々加工できる証明写真撮影機。一応利用したことがないこともないが、やっぱりスーパーの横とかにある証明写真撮影機の方が操作は簡単なので原付免許取るときとかはそっちを推したい。

 つかなんで男女平等が唱えられる現代で男だけ使っちゃならんのだろう。ある種の性差別じゃない? まぁそのルールががなかったとしても陰キャには縁のない場所ですけど。

 などとということは今はどうでも良い。考えるべきなのはプリクラを指さす水無瀬をどう止めるか。


「無理だって。俺たちには、少なくとも俺には無理」

「むぅ……無理、じゃないっ」


 聞く耳を持たない水無瀬。図書館の事といい、さっきのフードコートでの事といい。無表情の割に何かと強情で自分の欲に忠実だよな。

 こんな時ラノベとかなら「こいつにこんな一面があるんだぁ……ドキッ」。なんてシチュエーションかもしれんが、特に仲良いわけでもなく、かといって知らない仲でもない中途半端な関係の相手にはそんな余裕のある感想なんてちょっとしか抱けない。実際は強く言い出せない故にただただ困惑した思いが募ってしまう。

 

「じゃ、じゃあ水無瀬だけで行って来いよ。俺はこっから見学してるからさ」


 結果俺が取ったのは『様子を伺う』という選択肢だった。

 何度も言うが俺と水無瀬の関係はただの知人であり、俺が彼女の行動を制限する理由も水無瀬がソレに従う必要もない。互いが互いを尊重しつつ遠慮なんてもっての外。彼女の好奇心が満たされるまで距離を置いて静観するとしよう。

 傍目からだとプリクラに燥ぐ他の人リア充たちを眺めるぼっちなんだけど、警備員さん呼ばれませんように。

 

「…………」

「そんな顔しても無理だからな」

「んっ」


 しばらく言葉を交わすことなく俺の顔をジッと見つめる水無瀬。何故かここで目を逸らせば根負けしたような気がするので見つめ返す。突如始まった睨めっこは水無瀬が離れたことでお開きとなった。

 なんだったんだ今の。

 心なしか拗ねたような顔の水無瀬は俺から顔を離すと、先ほどまでプリクラ機指さしていた方に歩き始め――。


「は?」


 その横のクレーンゲーム台の前に屹立と仁王立ちした。

 ショルダーバッグから淡いグリーンの財布が取りだされたところで、俺はすぐに水無瀬に駆け寄った。


「なぁ、プリクラ撮ろうとしてたんじゃなかったのかよ」


 俺の問いに水無瀬は今もイケイケな女子グループが和気藹々と入っていたばかりのプリクラ機を一瞥。視線を戻して鞄から取り出したスマホをこちらに向け。

 パシャ。

 うるさいゲーセン内でほとんどかき消されたシャッター音が鳴る。


「写真なら、コレで撮れるのになんで?」

「それは、あぁー……いや、なんでもない。悪かった」


 思い出作りとか華のJK女子高生ならプリ機があれば本能的に――と知ったかぶって説明しようとしたが、水無瀬の如何にも意味不明と言いたげな顔を見て、俺は諦めた。こいつ大概の陰だな。

 

「で、本当にやりたかったのはこの台か」

「ほんとうって?」

「独りごとだ。忘れてくれ」


 水無瀬は始めからこの台目当てだったのだから本当も何もない。俺が勝手に勘違いしたに過ぎない。

 が、それはそれとして。


「やっぱ無理だろ」

「無理、じゃないっ」

「そうはいっても中々取れそうにないぞ」


 改めて目の前の台に設置された景品を見るが、一目見ても難しいことがわかる。

 水無瀬が取ろうとしているのは、い台の中に1つ設置されている大きなキャラクターのぬいぐるみ。国民的レベルで有名なゲームに出てくる二足歩行のトカゲだ。

 人の頭の倍はあろうかという大きさで、見るからにアームが滑りやすそうな素材で作られている。しかも操作するアームはツメが3本あるが針金のように細いタイプ。とてもじゃないが重くて運びきれないだろう。


「実は簡単に取れる……かも」

「ポジティブだな」

「とにかくやってみなくちゃわからない」

「そうだけどよ」


 話しながら水無瀬は100玉を筐体へ投下、チャリン! という音共にポップな音楽が流れだした。


「1回で取る」


 意気込んだ水無瀬は意気揚々と手元のレバーでアーム操作する。

 この筐体のアームは縦横のボタン操作ではなくレバーと降下ボタンで操作するタイプ。縦横の調整が難しいボタンとは異なり、より自分の好きなように操作して、かつ微調整もできるので子どもでもやりやすい。


「その辺じゃないか」

「まだ。もう少し奥……ここ」


 と水無瀬はぬいぐるみの真上の位置に来たところで降下ボタンを押した。

 徐々に下がっていくアームは限界まで伸びきったところでしっかりと、ぬいぐるみの胴体を掴む。

 アームはしっかりと景品を捉えられているようだ。

 あとは無事に運んでくれればいいが。

 ぬいぐるみを掴んだアームが元の高さまで巻き戻る。そして次はいよいよこちらに運ぶ。


「ぁ!」

「慌てるな。まだ大丈夫だ」

「う、うん」


 瞬間アームの動き、或いは自身の重さによってぬぐるみがアームからずり下がる。辛うじて掴めているがいつ落ちても不思議じゃない。

 案の定最初の揺らぎ方3秒とかからないうちにぬいぐるみはアームの拘束逃れ、水無瀬のチャレンジは失敗に終わった。


「惜しかったな。もうちょっとだったのに」


 労いの言葉をかけてみるが水無瀬からの返答はない。それを不思議には思わなかった。

 なんせ今、彼女が何を考え何をしようとしているのかはわかっていたから。


「もう1回」

「だろうな……。あんまりムキにならないよう方がいいぞ」


 水無瀬は再び財布から硬貨を取り出す。その光は先の鈍色ではなく金色。

 お前……そこまで本気か。

 500投入による6回プレイ。どうやら水無瀬はこのぬいぐるみにご執心のようだ。


「これで、取る……!」


 切羽詰まった声色による宣言。水無瀬は1度逃した得物に挑み――惨敗した。

 ……狙いを外し。

 ……滑る素材によって掴めず。

 ……掴んでも持ち上がらず。

 ……持ち上げたところですぐに落ちてしまい。

 ……少し穴に近づけることに成功し希望を見出し。

 ……けどそう簡単に上手くいくはずもなく無情にも挑戦が終わってしまう。

 そして次こそは! という言葉と共に彼女の財布からいったい何枚の硬貨が消えてしまったのだろう。

 成功さえすれば投資した分の損は全部チャラというような、駄目なギャンブラーの心情ってこういう感じなのかもしれない。

 

「ううぅ……」


 もう十数回目かの失敗で水無瀬から小さな声が漏れる。もはや景品を取れたとしても赤字じゃないかというほどの金を使っている。今水無瀬を動かしているのは損得勘定でも景品が欲しいという欲でもなく、意地だ。

 さらに硬貨をドブに捨て……じゃなくて、クレーンゲームに費やそうとうとする水無瀬を制し、俺は声をかける。

 

「次、俺がやっていいか」

「コレ、欲しい?」

「うーん……欲しいというか、水無瀬がやってるの見て俺もやりたくなったというか。もし取れたらやるからさ」

「……わかった」

「まっ、水無瀬がこんなけやって無理だから期待しないでくれ」


 そう保険をかけて俺は水無瀬の代わりに筐体の前に立ち、硬貨を入れる。

 先と同じく硬貨の投入を検知した筐体から音楽が鳴りだし、手元のレバー横にある小さな電光掲示板が60秒のカウントダウン始めた。


「水無瀬のやってるの見てちょっと試したいことがあったんだ」


 無言でいるのも忍びないのでレバーを動かしながら思っていることを話す。


「さっきまでの水無瀬はぬいぐるみの胴体ばっか狙ってただろ」


 クレーンゲームに対する先入観というのだろうか。得物のど真ん中をしっかりアームで掴んで景品投下口まで運ぶのが理想形と考えがちの人が多いだろう。

 けど昨今のクレーンゲームってアームの掴む力が弱くてできないんだよなぁ。

 

「そりゃ真ん中は狙いやすいし安牌だと思う。でもコイツってさ形的に……この辺」

「っ!」


 俺が止めた位置を見て水無瀬も気付いたようだ。

 アームがロックオンしたのはトカゲ型ぬいぐるみの胴体から少しずれた位置で、背中に沿うように反り立った尻尾。狙いはその尻尾と胴体の間にある隙間。

 

「よく見ると尻尾と頭が縫い合わされてるから。あの間にアームを入れてやればいい。それに水無瀬は狙いつけてからすぐにボタン押してたけど、ちょっとアームのブレが治まるまで待った方が良いかもな」

「なるほど」


 ――ぴと。

 不意に右腕に軽い重みがのしかかる。一瞬だけそちらに視線を外せば筐体の中に魅入って身を乗り出した水無瀬の左腕が当たっていた。

 あくまで水無瀬は無意識であって他意はない。

 なんとなく右手が使いにくいので左手でアームの降下ボタンを押す。しかしそれでだけでは終わらない。

 俺はまだ降下ボタンから左手を離さずタイミングを見計らい。

 

「ここだ」


 俺は再度、降下ボタンを押した。

 最近のクレーンゲームのほとんどが備えている仕様として降下ストップというものがる。

 これによってよりプレイヤーの狙いを再現できる。

 狙い通り上手くいってくれたようで尻尾と胴体の間へと僅かに入ったアームは降下ストップにより爪を胴体に喰いこませた。

 引き上げの動作は水無瀬のこれまでのどの挑戦よりも安定したものとなっている。


「優、凄い……」


 水無瀬の口から自然と感嘆の息が零れる。

 褒められて悪い気はしない。なんなら誇らしさまで感じてきた。

 得意げになった俺は「まぁな」と柄にもなく自慢げに口端を緩める。

 ぬいぐるみを掴んだアームは引き上げの動作で僅かに得物を落としかけるが、しっかりと喰いこんだツメが易々と手放すことを拒む。

 手間を取らせやがって。さぁ落ちてこい。

 ついに投下口の真上まで戻ってきたアームが、ツメに引っかかったぬいぐるみを落とすべくアームを開き。


「「あ」」


 俺と水無瀬は同時に間抜けな声を出した。

 それもそのはず。

 ツメに引っかかっていたぬいぐるみはアームに運ばれる間激しく揺れ、アームが開いたことでその勢いのまま投入口と真反対の方向に飛んで行ってしまったのだ。

 うるさいゲーセンの中、俺たちの間だけ静寂訪れる。

 何とも言えに雰囲気のまま俺はどうにか重たい口を開いた。

 

「別の台見てみるか」

「…………うん」

 

 そう簡単に取らせてはくれませんよね……。

 取れなかった悔しさからなのか、水無瀬から発せられた返事はどこか呻きのように聞こえた。





 

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