第13話 変貌

「すみません。遅れました」

 会計課に着くなり、即平謝りする。遅れてしまった以上、そうするしか無い。

「大丈夫ですよ。受付から、呼び止めてしまったことの電話がありましたから」

 宮澤主任がフォローしてくれた。あの人、電話してくれてたんだ。助かった。

「綾瀬さん、その、今日はすごく綺麗だけど、どうしたの? デートでもあるの?」

 えっ、綺麗って私が? あっ、しまった。今日はいつもの地味めメイクが出来ていない。目と眉毛を少しいじるぐらいしかメイクが出来なかった。


「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」

「絶対にそっちの方がいいよ。何でいつもそうしないの?」

 宮澤さん、今日はやけにグイグイ来ますね。

 本郷さん、写真取らないでください。何してるんですか。お金取りますよ。


「就業時間中ですよ。綾瀬さんは手形の作り方を教えるので、椅子を持ってこちらに来てください」

 課長からの一喝で二人は大人しくなったが、今日やたらと見られていたのはこのせいなのか? そんなに違うのかな?

 いけない、いけない。仕事に集中しよう。


「課長、この書類を見て貰っていいでしょうか」

 私が手形の作り方を彼から教わっていると、来瀬さんが営業部の予算執行伺を持ってやって来た。

「これなんですが、既に予算を上限まで執行済みなんですが、新たに経費執行しようとしてるんです。この書類を差し戻しても宜しいでしょうか」

 彼が来瀬さんから書類を受け取り、一読し告げる。

「来瀬さんから差し戻すと君が嫌われてしまう。嫌われるのは僕の仕事だから、僕から戻しておくよ」

 そう言うと彼は会計課から出て行ってしまった。えっと、私はどうすればよろしいのでしょうか。

「あの来瀬さん、課長はどちらへ」

「恐らく、営業部へ行かれたのだと思うけど……」

 いけないわ。彼があのフロアに行ったら、またトラブルになってしまうわ。

「私、ちょっと行ってきます」

 来瀬さんに言づけて、彼の後を追う。もう姿が見えない。早すぎる。

 営業部に着いたが彼の姿が見えない。

 丁度いい所に水川先輩がいた。

「先輩、西園寺課長何処に行きましたか?」

「あくま――じゃなかった、西園寺課長なら部長室に入っていったけど、貴方どなた?」

「なーに言ってんですか。貴方の可愛い後輩の綾瀬じゃないですか。たった一日で忘れるなんてひどいですー。じゃなかった。こんな事をしてる場合じゃないんでした。それじゃ先輩。また」

「えー。貴方、友香ちゃんなの――あっ、待って友香ちゃん――」


 水川先輩を振り切って、部長室に乗り込むと、既に一戦が始まっていた。一戦と言っても、一方的に課長が話しているだけだが……。

「豊田部長、弊社が年間予算計画を期首に掲げているのは当然ご存知ですよね。部長が営業部の予算書を作られてますからね。で、この伺書のこの投資番号を見てください。次にこっちの書類を見てください。これはこの投資番号の予算執行状況を記載してます。既に満額使用済みです。よって、この伺書を受領することはできません。お返しいたします」

「で、でもな西園寺くん――」

「でももくそもありません。出せないものは出せません。どうしても必要ならば、きちんと稟議書を作成して、社長に決裁を貰ってください」

「わ、分かったから、そんなに大きな声を出さないでくれ。頭が痛い」

 部長はどうやら二日酔いの様だ。辛そうだ。

「西園寺課長、少し落ち着きましょう。どうどう」

「綾瀬さん、どうしてここに」

「いや、課長が急に出て行くからじゃないですか。私に仕事を教えてくれてる最中だったでしょ。早く帰りますよ」

「わ、わかった。帰るから引っ張らないでくれ、自分で歩けるから」

「ま、まて、君は綾瀬君のなのか?」

「え、部長まで何言ってるんですか。昨日、挨拶したばかりじゃないですか。もう。ほら、課長。帰りますよ」

「分かったから、それでは部長、稟議きちんとあげてくださいね」


 ふう。取りあえず大事にならずに済んでよかったわ。

「ほほほ。皆さんお騒がせしました。失礼いたします」

 やたら皆さんに見られてるわね。やっぱり課長は嫌われてるのね。今は私に引きずられてるけどね。

 さあ、早く戻って手形の作り方を教えて貰わないと。



「おい、水川。さっき話してた美女だれだ。西園寺課長引きずってたぞ」

「友香ちゃんよ」

「友香って誰。そんな子居たか?」

「昨日まで営業部にいた綾瀬さんよ」

「はーーー。水川何言ってんの? 劣化はるかがあの美女なわけないだろ」

「本当よ。私だって信じらんないだけど、あれは友香ちゃんよ。この会社で私を先輩って呼ぶの友香ちゃんだけだもの」

「マジか。あれが劣化はるかなのか。信じられん。本物より可愛いじゃねえか」


「お疲れ様でした」

 定時17時になったので、昨日と同じく会社を後にする。

「待って、綾瀬さん。一緒に帰らない」

 本郷さんが声をかけて来た。

「駅までだったらいいですよ。早く帰らないといけないので……」

 こんなノーメイクでふらふらできないわよ。

 本郷さんの顔が一気に残念そうになる。

 私は売約済みですよ。他のもっと可愛い子の所に行った方がいいですよ。

「そうなんだ。じゃあさ、今度一緒に飲みに行かない?」

「私、お酒駄目なんです」

 そう駄目なんです。酔ったらしたくなるんです。だから外では飲めないんです。

「別にお酒を飲まなくても良いからさ」

 うーん。ぐいぐい来ますね。諦めてくださいって。

「じゃあ、課の皆さんと一緒ならいいですよ」

「ほんと! じゃあ、宮澤さんと来瀬さんに声をかけてみるよ」

「西園寺課長もですよ」

「えっ、課長も一緒でいいの?」

 当然でしょ。彼も一緒が条件よ。

「分かった。課長も誘っておくよ。課長、誘っても来たことないんだよな。綾瀬さんからも課長に言ってみてよ。いつも誘ってるんだけど、来てくれないんだよ」

 えっ、そうなの。そんな事聞いたこと無かったわ。何で行かないんだろう。誘われたら行けば良いのに……。

「はい。帰ったら聞いてみます」

「ん。帰ったら? まあ、いいか。それじゃまた明日」

 あ、危なかった。本郷さんがスルーしてくれて助かった。危うくばれる所だった。

 ちょっとこの所、気が緩んでいるわね。明日は寝坊しない様にしっかりしなきゃね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る