第46話 ジェ・スー

こそこそと小声でネフィと話すアレックス。


「...なぁ。これさ、アルファベットだよな...。」


「うん、確実に。」


「このヴェルディエントさんは、転生なのか?転移なのか?

転移なら、まあアルファベットで書くっていうのもわかるけど....。

転生だったら、こっちの言葉で書かなきゃダメじゃね?

最後に、恐怖しろって、高笑いでも聞こえそうな感じで書いてあるし。

読めなきゃ、意味ないじゃねぇか。」


「そうだよねぇ。それか転生仲間を探してるとか??」


「なんのためだよ?

ソイツがホントに探していたとしても、元英語圏の住人だし、この世界では人外じゃ、俺たちはお呼びじゃねぇな。」


「そうだねぇ、デビルとかサタンって書いてあったし。

アレク、全部読めた?私、SM嬢だったから前世の学って義務教育止まりで、半分も単語拾えなかった。」


「読むことはできたが、このヴェルディエントさんが出てきても、喋ることは出来ないかもしれねぇ....。

もう18年も前の記憶だからなぁ。」


「何?アレク、英語喋れたの?」


「入院患者に外人さんもいたから、ピンクのウサギの駅前留学に通ってたから、なんとかカタコトで喋ってたよ。」


「おぅ、懐かしいねっ。ノ○ァウサギだね♪

私、昔そのぬいぐるみを抱えたグラサンかけた強面のお兄さんにナンパされて付け回されたことがあったなぁ。懐かしい。」


「すげぇ、レアな体験だな....。」


「うん。っていうかアレクさぁ。

前世、高スペックだったんじゃない?

英語もできて、薬剤師で、貯金もタンマリ.....なぜに童貞だった??」


「うっせぇ。デートする時間がなくて愛を育む時間がなかったんだ。」


「もしや、ブサメンだった?!」


「ちげぇっ!!俺はフツメンだった!」


「......ふーん.....。」


「その顔は信じてないなっ!普通に告白はされてたからな!」


「えっ、じゃあ食べちゃえばよかったジャン?」


「不誠実だろ!?

なんだよ、その顔....心底わかんないって顔すんな!」


「真面目かっ!」


「真面目だよっ!当たり前だろ!」

グヌヌヌヌと、額と鼻がつきそうになるくらい近づいて睨みつける2人。


するとロウェルが、そぉーっと近づいてきて、コンコンと2人の頭を軽く小突いた。

「あー、お前ら任務中にイチャつくな....。

お偉いさんたちが、微妙な顔してるぜ?」


2人の世界から戻ったアレックスは、アバババっと慌てふためき「ちげぇよっ!!」と即否定した。


「この文章、アレクも読めるはずだから相談してたんだよ。」

「そ、そうだ。相談してたんだ。」


「ふ〜ん。なんで平民なお前が読めるかは、まぁアレクだし、気にしても無駄なんだろうな。

なんせお前は、人の枠から外れてるしな。

で?何が書いてあった?」


アレックスは、なんと説明したらいいのかと困りながらも口を開いた。

「あー、自己紹介と脅し文句が書いてあったぞ。」


「アレックス補佐、読めたのか!?」

各隊長、エバンズ団長が驚愕した。


「どこの国だ???」


「えーーーと....遠い国?」

ネフィと同じ返しをするしか無い。

実際、嘘ではない。行くことは叶わない異世界だ。


その曖昧な返事に、ジトリと2人を交互にみて、

「....なるほど。第3騎士団第10大隊の奴らは、太々しい性格しかいないようだな。」とエバンズが黒い笑顔で威圧する。


「ははは!嫌だなぁ、おじいちゃん。そんな威圧しないでよ?脳血管が切れて死んじゃうよ☆」


「ネフェルティ・ヴァンキュレイト大隊長っ!!」


「うわぁぁ!すいませんっすいませんっ。

うちの隊長、かなり変人でしてっ!

隊長なりの労いの言葉なんですぅぅっ!」


アレックスは、ささっと間に入り、団長の怒りを治めようと取りなす。

そして、意識を石版に持っていく為に早口で全文を読み上げた。


「えーと、読みます!!」

「“ 私の名は、ヴェルディエント・ジョナ・ガルデンハイトである。

私は、お前たちとは違う存在だ。

悪魔を統べる魔王である。

ここに、最初の試練を。

人間にとっての毒や魔物を世界中に広げる。

そして、この世界を攻撃し、私のものにする。

やがて、人間を滅ぼし悪魔の時代を作る。

怖がれ、恐怖しろ!”」


アレックスが、全文を読むとその場は静寂につつまれた。


「悪魔?あれか、神話に出てくるあれか?」


「神話??なにそれ?おじいちゃ、...痛っ!」

アレックスが、ネフィの口を勢いよくバシッと塞いだ。

「お前は、もうしゃべるなっ!!」


「.....はぁ、もういい。アレックス補佐、そこの大隊長は気にしないことにする.....。

神話というのはな。

我が国だけのものではなく、この世界の成り立ちだ。


最初、この世界には神々の楽園があったんだ。

そこは、平和で桃源郷のような場所だったらしい。

長い間、神だけだったが、身の回りの世話を誰かにして欲しくなった神が、新たな生物を作った。

神が従者となる者をつくったのが、人間だったわけだ。


長い年月の間、平和な楽園であったのにもかかわらず、ある日突然争いが生まれたそうだ。

神の中にも異質な者がではじめたからだった。

異質な神は、厄災を生む神で、狂乱を好んだそうだ。


なんやかんやあって、異質な神と神聖な神の争いが勃発し、長い戦いの末、結局異質な神らが負けたのだ。


異質な神々は、光が入らない地界に逃げ、力を蓄えようとした。

やがて地界を魔界と呼ぶようになり、魔界の住民を悪魔と呼ぶようになった。

何度も何度も力を蓄えては、神聖な神に挑む悪魔だったが、毎回負けた。

だが、熾烈な戦いにより、両者とも疲弊して、長い眠りについた。

その後、従者であった人間は地上で集落を作り人間の国ができたってわけだ。


で、その後は悪魔も神も起きたのかどうかは分からん。

ちなみに我が国の聖国っていう由来は、この神聖な神を崇めているからだ。」


「そうなると、悪魔が起きたということでしょうか?」


「うーむ、そうかもしれんな。」


「まぁ、とりあえず、多分だが水晶が起点となって黒い池が作られたと思われる。

一つ一つ、破壊していこう。この石版は、証拠として持ち帰った方が良さそうだな。

水晶だけを破壊する。

火魔法が得意な魔術師が氷を溶かして、騎士が水晶を粉砕しろ。」


指示に従い動く騎士たち。

4つの地点に配置した後、一斉に水晶を壊した。


ガキッ、パリーン...


無事に全ての水晶を壊せたのだが、ここで想定外なことが起きた。


『はぁっ!?私が寝てる間に何しとるとっ!!』と、

どこからか絶叫する声が聞こえてきた。


周りをキョロキョロと警戒をする面々。

すると、氷のしたにあった石版が発光し始め、氷を突き破り、空中に浮いた。

そして、形を変えていく。

やがて、ヒトの形をとると、みるみるうちに皮膚ができ顔がつくられ、人に変わった。


いや、ヒトなのか?


見た目は、人だが、皮膚が灰色だ。

前世の漫画で見たダークエルフのようだ。

この世界には、こんな肌の人間はいない。


騎士たちに緊張が走る......。



にもかかわらず、空気を読まない奴らがいた。

「うっひゃー、超美人っ!!

ねぇねぇ、アレク。私とどっちが美しい??」


「は?ネフィと比べるのか?

そりゃ、このお姉様だろう。めちゃくちゃ艶やかジャン。

被虐趣味はないが何故か踏まれたくなるし?」


「.....ふ〜ん.....。」


パンっ、バッシーーーーーーーーーン!!


「うぉっ!やめろ!俺は被虐趣味はねぇ!鞭を仕舞え!

....はっ?私の方が、妖艶? そりゃ、無理があるだろう??」


バシンッ!  しゅたっ....

バシンッ!  ぴょんっ....

バシンッ!! よっこらしょっ。


ネフィの鞭が、マジで当たる軌道で飛んでくるので、横にすばやく飛んだり、後ろにくるりと翻ったり、身をぐりっと捻って回避するアレックス。


しばらくアレックス達の追いかけっこが続いていたが、とうとう色っぽいお姉様が、ぶった斬るように声を張りあげ、注目を集めた。


『貴様ら!わっちを無視しぇんで!!』


アレックスは、無視なんてとんでもないっと、速攻で返事をする。

「いや、むしろ全力でお姉様を愛でてますッ」

「ちょっと、スイカおっぱい女、黙ってて!

アレクを調教中だからっ!!」


『ス、スイカっ!?わっちは、スイカじゃありんせん!

わっちには、誇れる名前がありんすっ!

ジェ・スーでありんす!』


「「ありんす??ありんせん??」」


ハスキーな声で、ダイナマイトボディ、顔つきは純和風ではなく彫りが深めのド派手な顔つきなジェ・スー。

そんな彼女が、廓言葉みたいなものを使うことに、違和感ありありだ。

まるで、金髪のハリウッドスターが時代劇を演じちゃった映画のようなアンバランスさだ。


『黙りんす!!

何なんでありんすか、お前さん達は?

わっちを見て、何も感じねえのかい?

周りの男どもは、ちゃんと恐がっているのに!!』


ぷりぷりと怒っているジェ・スーを見ても、ちっとも怖くないアレックスたち。

むしろ、『ツンデレ最高!デレは、ないんですか?』と、明後日なことを考えていた。


え〜?と、思いながら周りを見渡すと、成る程とアレックス達は納得した。


腰が抜けて崩れ落ちている者や、顔面蒼白な者、すごい量の冷や汗をかいてるもの、気合いで睨みつけているが食いしばって耐えている者しかいない。


疑問に思ったアレックスは、すぐ横にいたジョッシュに「えっ、なに?どうしたの、お前ら?」と投げかけた。


「........ふっ..ふぅ.....。

アレックスさん、感じない、んですか...?

す、ごいプレッシャーが、あの方から、出てますよ...。

立っている、のが、僕は、やっとです...くっ、はぁ....。」

息も絶え絶えに答えるジョッシュ。額には、汗が噴き出していた。


「プレッシャー?ネフィ、感じるか?」

「んにゃ、ぜ〜んぜん。」


なぜか2人は、感じれなかった。


『な、なぜだ?!

わっちからは、常時【威圧】が発動してやすっ。

なぜ、効かない!?』


この世界には、魔物が持っているスキルの一つに威圧というものがある。

このスキルを持った魔物の前に立つと、極度の緊張・恐怖に陥り、まともに動けなくなる厄介なものだった。


『ありえないでありんす!

ヴェルディエント様から力をもらいんしたわっちは、人間なんかには負けるはずがありんせん....。

悔しゅうありんすっ!あんたらさえいなければ....』


憤慨したジェ・スーは、髪の毛をブチッと引き抜くと、地面にバッと落とし、長い尖らせた指の爪を、自らの腕に突きたてた。

そして、驚くべきことにグッと皮膚に穴を開けたのだ。


(うわぁッ、イタソう....。)


ボタっボタっボタっと、大粒の血が床に落ち、落とした髪の毛に吸い込れていく。

その血は赤ではなく紫で、目の前のジェ・スーが人間でないことが明らかになった。


血を媒介にする闇魔法のような雰囲気を感じる。

なにをするのか?

ことの成り行きを見ていた全員に緊張が走る。


血が、髪の毛に吸収されなくなるまで流れると、ふふっと小さく笑うジェ・スー。

楽しくて堪らないといった顔を浮かべている。

唇を舌でぺろりと妖艶に舐めると、声高々に命令を下した。


『行きんすっ!わっちの眷族たち!』


その声に答えて、血で染まった髪の毛から黒い煙がブワッと立ち昇ると、直ぐに形が定まった。


「「「「っ!?!?!?」」」」


ジェ・スーの眷族が、現れたと同時に息をのむ。

それもそのはず、変異種が2体現れたからだ。


今動けるのは、アレックスとネフィだけ....

絶体絶命だ。


『本当なら、恐怖で動けない人間をゆっくり絶望させるように足から食べさすんだけど....仕方ありんせん♪

眷族達よ、そこの元気な人間達からやってお終いっ!』


その命令が発せられると、ヒュンっと向かって来た。

変異種が、瞬く間に目の前だ。


虚無の口を開けて頭から食べられそうになる、アレックスたち。


どうなる!?この場で全滅かっ!?





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