第42話 不憫なエド様と、ずれてるアレックス

翌日。

雲ひとつない快晴。

これが通常の討伐ならば天気に恵まれたと言えるが、これから入る森は日が差し込むことはない宵闇の森だ。

故に天気は関係ない。

実際、ここから見ても、10m先は既に真っ暗で何も見えない。天気が晴れだろうが曇りだろうが変わらない。強いて言えば、雨が降ってないだけ行軍日和だ。


アレックスが周りを見渡すと、今回の行軍に参加する魔術師、騎士が勢揃いしていた。


魔術師は、エバンズ団長、ネフィ、アレックス、デイビッド、他6名の知らない魔術師で計10名。

騎士は、少し多めの15名。

それに加えて、マリーナと第1騎士団の3名の総勢29名で、森に入っていく。


剣を振るうとなると間隔を空ける必要があるので、どうしても隊列が大きく広がってしまう。

よって、これより多い人数だと端に位置した騎士が目視出来なくなるので危険が察知できない。

ギリギリの人数ということらしい。


本来ならば、魔力の温存のためにも、もう少し魔術師が欲しいとこだったが仕方ない。

今回は、最初5名が浄化担当をし、残りの5名が待機をし、魔力がなくなり次第交代するローテーションで進む手筈になっているが、魔力量を考えると多分自転車操業になるだろう。


アレックスは、どこまで手を出してもいいか悩みどころだった。



『うわぁぁぁっ!!』 


パッシーンっ!!


アレックスが思考の海に浸かっていると野太い悲鳴が近くで上がった。

そっちを見てみると、聖女としっかりと姿勢を正したイケメンの近衛がいた。

だが、近衛は2人しかいない。

やっぱり、3人集まらなかったのかと一瞬思ったが、悲鳴の元を見てみたら最後の1人がいた。

追いかけられ、全力で走り回っている近衛の隊服をきたガタイのいい男がいた。


アレックスは、なんとか動ける騎士が3人集まったのかと安堵した。


これで、変異種が出てもこっちがフォローする必要がなくなったな。

聖女の方を気にしないでいい。

よかった、よかった。

でも、逃げている近衛が人数合わせだったら?


そう思って心配してよく観察してみると、「ああ.....、うん大丈夫だ」と納得できた。

悲鳴を上げたのは、エドワードだったからだ。


(マクガーニ家の新人って、やっぱりエド様だったんだ。じゃあ、全然大丈夫だな。)


追いかけ回しているのは、当然ネフィで、ブルウィップをベチベチとエドワードに向けて振り落としている。それが原因で、エドワードが叫びながら逃げ回っていたのだ。

ネフィは、キャハハと笑いながら、大層ご満悦だ。

久しぶりに揶揄える対象に会えて、ご機嫌のようだった。


「ぎゃぁぁぁ、やめてよぉぉ!これから任務で、体力温存しなきゃいけないんだよぉぉ。

ネフィっ、鞭を仕舞ってヨォ〜!」

「ほら、ほらっ!もっと動かないと!怪我するよ?」


『うわぁぁぁぁぁっ!!』


バシーンっ。ぎゅぎゅぎゅー。


とうとうネフィの鞭がエドワードを捉えて、また悲鳴が上がったのだった。

鞭がエドワードの体に巻きついて、簀巻きにされ、地面に転がされた。

人間芋虫の完成だ。


「ネフィっ。酷いよぉぉ...。」


ムキムキマッチョのイケメンのエド様が、いつものようにベソをかいて泣いている。

可哀想だが、筋肉隆々のイケメンが縛られて泣くのは相変わらずキモいな。

視界の暴力だ。


「ふふ、ちょっと合わない間に軟弱になったんじゃない?前はもう少し抵抗出来てたよね。アレクの方が、もっと上手に避けるよ?騎士の名折れだね。

しょうがないから、私が道中再度、鍛えてあ・げ・る♪」

パチンと、ひとつウィンクするネフィ。


(ひゃぁぁ、ご愁傷様.......。エド様、南ぁ〜無ぅ。)

アレックスは、心の中で合掌した。


「そぉぉれっ!!」

ネフィが掛け声と共に鞭を振り上げた。


ゴロゴロと凄い勢いで転がって、エドワードが解放された。

人間をふざけて転がしてはいけない。スピードが、半端ない。

エド様が、スポーツカーのようにふっ飛んで転がっていった。

ドSネフィの極みである。


転がされた傷だらけのエドワードは、ゆっくり立ち上がると歩き始めた。

華美で綺麗な近衛の隊服が、行軍前に泥まみれになっていた。


しかしイケメンは、泥まみれでもカッコいいらしい。

俺のように平凡顔が、そうなるとゴミ屑を見るような目で見られるが....。


羨ましくなんてないぞっ!だがしかし、なんて理不尽な世の中だ、顔で印象が180度変わる.....。けっ!


しかし、エドワードは足元がおぼつかなかったようだ。

どうやら三半規管が勢いよく回されたので、前後不覚になっているようだ。

酔っ払いのようにふらふらと数歩進んだのち、カクンと地面に膝をつく始末。

そして、その場で動けなくなり静止してしまった。


「.....ア..レ、ク.......。回復をお願.....。」

エドワードは、プルプルとしながらアレックスに手を伸ばした。

不憫である。今すぐに、助けます!!


『ショット!回復ヒール。』

アレックスは、指先から回復魔法を飛ばした。

キラキラと、エドワードの体が魔法に包まれた。


エドワードは、光が収まると直ぐにスクっと立った。

そして、何事もなかったかのようにスタスタと歩いて、手を挙げ気安く声をかけてきた。

さっきまでぐったりしてたのに、変わり身が早すぎる。

メンタルが、弱いのか強いのかわからない泣き虫筋肉男だ。



「アレク、久しぶり!助かったよ。

今回は、よろしく。一緒に任務は初めてだね、嬉しいよ。」と、にこやかに挨拶をされた。


が、顔を寄せられると表情が変わる。

真剣な表情になると、今度は小さな声で囁かれた。


「.....なるべくネフィは、僕に近づけないで....ボソボソ....」


必死なエドワードに苦笑するアレックスだったが、お願いされても無理である。

ネフィを止められる人間などいないと、確信している。

なので、そのお願いは聞こえなかったことにした。


「お久しぶりです。エド様。第1騎士団に配属されたんですね。正直、羨ましいです。」


「あははっ。若いうちは、まだ僕の顔も見れるけど。あと10年もしたらただのゴリラになるけどね〜。それまでは、第1に居るかもね。

でも、今回の任務、結構大変だよ?変わる?」


「いえっ。遠慮します。(マリーナさんと、無能な顔だけ騎士の世話なんてマジ勘弁。)

それより、エド様以外の近衛の方々を紹介していただいてもいいですか?昨日、テイラー卿にはお会いしましたが、初めてお会いする方もいらっしゃるので。」


「あー、うん。あの2人は、今回の編成隊の隊長と副隊長だよ。この2人は、僕よりも強いからね。尊敬できる。

他は...お遊戯会だね!ははは。

隊長がエリオット・テイラー。僕たちよりも5つ年上。

副隊長は、サンチェス・ベイカー。この方も、5つ上だ。」


なるほど、できる男っぽい雰囲気がある。

ベイカー卿は、黒髪短髪で、前世のイケてるスポーツ青年風だ。


「アレク、手足を削げば異形は動けないんだって?」


「そうですね、手足が十数本あるのと、体がヘドロみたいなので厄介です。

ドロドロしてるので思いっきり振り斬る必要もありますね。手加減すると、剣が埋まります。血振りは、こまめにしないと直ぐなまくらになっちゃいます。

ちなみにヘドロに触ると、皮膚が黒くなりますが浄化の光に触れれば問題ないです。

注意点はそのくらいでしょうか?」


「なるほど、じゃあ万が一変異種が襲ってきたら頑張ってみるね。通常の異形なら、僕たちちょうど真ん中に位置しているから、こっちまで到達することはまずないでしょ。」

話終わると、ひらひらと手を振りながら聖女のところへエドワードは戻っていった。


エドワードは、喋らなければ、かなりのワイルドイケメンなんだが........残念な僕っ子である。


やがて行軍を開始する時刻になって、アレックスに指示が飛んできた。

まず、大規模浄化をこの場でかける。

異形のスピードから考えると、2時間は新たな異形に遭遇せずに進める筈だ。

変異種は、例外であるが。

出発後は、原因を浄化してしまうかもしれないので大規模浄化は封印になる。

最初だけは、時間をかけずにさくさく距離を稼ぐ作戦で、昨日の会議であらかじめ決まっていた。


アレックスは、ふーっと息を大きく吐いて、心を静めた。

そして神に感謝し、祝詞を寿ぎ始めた。

ぼやりとした光が溢れ出す。


 『天上に居ります 数多あまたの神々よ、

  

  我が名は、アレックス。


  諸々もろもろ禍事罪まがごとつみ

  

  穢有けがれあらむをば 祓へはらいたま

  

  清め給へともうす事を

  

  こしめせえとかしこかしこみももうす』

  

浄化の光がどんどん強くなり、寿ぎ終わると、いつものように爆発的に光が広がった。


後には、平和な朝の風景が残され、森の上からはキラキラした浄化の残滓粒子が空に登って還っていった。


すぐさま、アレックスはもう一つ魔術を行使する。


『防御壁展開...。範囲、1ヘクタール。』


魔法陣を地面いっぱいに広げて半球状の防御壁を展開した。


「ん、ちょっとデカすぎるか?もう少し小さくするか。」

「いやいや、ちょっとじゃねぇ!端はどこだ?見えねぇぞ?

ほんと規格外だなっ!城が、まるまる入るわっ!」

「んー、じゃあこれの1/3で。」


パチンと、指を鳴らしてシューっと魔法陣を徐々に狭める。


「ん、こんなもんか?」


大体60m×60mの防御壁を展開した。

遠見の魔術をかければ、端から端まで見れるし、何より余裕でぶつからない。

満足だ。


「何、満足そうな顔してんだっ!アホか!」

スパーンっと、ロウェルがアレックスの頭を叩いた。


「何のための少数精鋭だ!戦況を見通すためなんだろっ?!

もっと小さくしろよ!端の奴らの動きが全く見えねぇよ!」

「見えるぞ?目に魔術かければ、オールクリアだ。」


はぁ〜っと、ロウェルはため息をついてアレックスにもたれかかる。

こそこそと小さな声で説教を始めた。

「....いいか?常識っ!!

まず、お前の認識が違う!ありえねぇ!ズレてる!

全員分の遠見魔術かけて防御壁も展開して、さらに浄化もっておかしいからなっ!?

お前のカテゴリーは、人間だっ!?得体の知れない化け物にはなるな!

『コイツ、すげぇー』くらいに抑えろ!俺の友が、人外って嫌だからな!」


本気で心配されているロウェルの物言いにちょっとアレックスは感動した。

もう一度パチンと指を鳴らして、魔法陣を小さくする。


大体、30m×30mってところか?

バスケコート2個分って感じだな。まぁ、動き始めて狭ければ広げればいいな。

よしっ、じゃあ次に防御壁に重ねがけを。


『索敵サーチエネミィ、範囲 防御壁』


アレックスはパチンと指を鳴らして魔術を重ね掛けた。

防御壁が、一瞬ピカッと光り、キーンっと金属がぶつかるような音が響いた。


再び満足して、横を見ると、ロウェルがジトリとした目で見ていた。


「はぁ〜....。お前、常識ってもんがあるってさっき俺言ったよな。防御壁に索敵をつけて維持し続けるのは既に、普通じゃねぇぞ...。

もういいや、アレックスはそれで。

安心しろ、俺は化け物でも気にしねぇよ。」

ロウェルは呆れながら、スタスタとネフィの護衛をするために離れていった。


「なぁ、ジョッシュ?俺、常識人だよな?」

「魔力という点においては、非常識ですよ?

平民で、錬金術師で薬師で魔術師で騎士ですよ?

まともな訳ないじゃないですかぁ、あはは。

大丈夫です!僕も畏怖よりも尊敬が強いですから!

今日も、頑張りましょう!アレックスさんを、全力で守ります!」


各々の配置が完了して、行軍を開始した。

宵闇の森の深淵に、何があるのか。

不安と緊張の面持ちで、足早に森の中を進んでいった。





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