第39話 聖女マリーナ

「...ん。もう、問題なさそうだな。」


アレックスは、仮眠後、ネフィの容態を一通り確認して安心した。


「うん、バッチリ回復したよ。ありがと、アレク♪

...はぁ、また会議があるってよ。会議ぃ、会議ぃまた会議.....。めんどくさいね。

アレクと私で森の中パパっと行けば、解決だよぉ。

世知辛い、縦社会....。貴族じゃなくても、めんどくさい。

王命破棄できないかな....、騎士団じゃなくて傭兵になりたい。

あ〜...。おじいちゃんがきっと不安で悪戯に会議を長引かすんだよ?」


「....おじいちゃんって....。エバンズ団長のことか?

まぁ、たしかに他の団長たちよりも歳はいってるが、そこまでじゃないだろう?

魔術師なんて呪文を唱えて魔力さえあればいいんだから、引退の時期がたしかに遅くなるが。」


「アレクは、知らないからそんなこと言えるんだよ。大隊長以上の騎士団会議がだらだら続くのは、エバンズじいちゃんが、『それは、こうだからこうなってしまうとこれが困って....。だから、違う策を。』とか『それだと、犠牲者が出るから、もう少し慎重に保留だ。』とかぐちぐち言って、決断を先送りにするんだよ?

もうさ、騎士になったんだからある程度犠牲はつきものでしょ。そういった割り切りが、おじいちゃんには無いんだよ。

きっと、歳をとって思考力がさ。認知症とは言わないけどさ....。

いっそ、仙人のように悟りを開いてくれたらいいんだけど。

多分、うちらが寝てた時の会議、何にも決まってないんだよ。問題ばっか山積みにして終着点が見つからず解散〜ってなったと思う。御隠居すればいいのにぃ。」


まるで、ネフィは会議を見ていたかのようだ。

たしかに、何も決まらずに解散した。

慧眼である。


「ということで、次の会議はアレクも連れてく。」


「いやいや、俺連れて行かれても。

俺、決断とか出来ねぇよ。どっちかというと長いものに巻かれろ精神だし?エバンズ団長ヨイショ要員だ。」


「別に、ゴマすりすりでもいいよ。

とりあえず、きっと森の中に入るのは決まってるはずだからぁ、その策を練る時にアレクがどれ程無茶振りに耐えられるかが論点になるはず。」


「えー、マジ?」


「うん。まじまじ。

めちゃくちゃ速い異形の変異種対策には、防御壁を広範囲に瞬時に張るのが必須になるでしょう?

だけど、それができる魔術師が圧倒的に足りない。

デイビッドも瞬時に張れるけど、魔力量のネックがある。

瞬時に張れる魔術師でさらに聖属性をもってるとなると、両方の手で数えられるほどかも。

そこで、アレクの無尽蔵魔力!

アレクはずっと中範囲防御壁を張りながら進軍する前提なら、魔力量がある聖属性魔術師をピックアップすれば良いんだよ。」


「なるほどねぇ。俺は、どのくらい防御壁貼り続けられるって言えばいい?833日張れるっていうのは、どん引き案件だろ。」

子供の頃、ネフィに魔力をながーくエコに使う練習をさせられている時に計算したのが833日。

魔術師の総魔力1000で、1時間防御壁が張れるのを基準にしたものだ。


「あー、そうだね。5日くらいって言っといたら?2日探索して、帰るのに2日、予備で1日あれば良いんじゃない?」


『第3騎士団大隊長!会議のお時間ですっ!!』


外から伝令役が中にいるネフィに声をかけてきた。

アレックスは、机の上に置いてあった資料をいくつか持ちネフィと共に会議室に向かった。



「それでは、会議を始める。」

全員が揃ったことを確認して、エバンズが声をかけた。


「まず、聖女マリーナと第1騎士団が到着した。挨拶を。」


「聖女のマリーナよ。よろしくお願いするわ。」


マリーナは、腰に手をあて高慢な態度でグルリと室内を見回し挨拶をした。

その途中、一点を見つめて動きが止まった。

ネフィの存在に気づいたからだ。

マリーナが、苦虫を潰したような顔で嫌悪感を隠しもせず「げっ。」と呟いた。

一方、ネフィはひらひらと手を振り、ニコニコと笑顔を振りまく。

婚約者の王子を取られたようにはまるで見えない。

それもそのはず、お荷物の第2王子を引き取ってくれただけでなく、平民にもなれたきっかけをくれたマリーナは、ネフィにとっては大恩人だ。

だから、ネフィはとにかく友好的だった。


『ひ・さ・し・ぶ・り』


ネフィは目線と口パクで、マリーナに胡散臭い笑顔で挨拶をしている。

しかし、マリーナはぷいっと顔を逸らして見なかったことにしたようだ。

マリーナにとっては、ネフィは敵認定らしい。


アレックスは、そんな二人の顔と態度を見て「聖女さん、からかわれてるなぁ...。ご愁傷様。」と心の中で合掌した。

エバンズも二人のやりとりを見て何かあるのかと察して、ネフィの方を見て尋ねた。


「バンキュレイト大隊長?知り合いか?」


好奇心が勝ったようで、尋ねてしまった。

アレックスは、うわぁ.....と引き攣った笑いを思わず浮かべてしまった。地雷ぃ〜!!


ネフィは、待ってましたというように得意げに説明し出した。

「はい。知り合いです。学園の同級生でもあり、私の元・婚約者の現・恋人ですよ。

ねぇ、マリーナ?王子様は、ご健勝かな?」


ネフィは、場を引っ掻き回す気満々だ。


会議室の面々は、ギョッとし、気まずい空気が流れる....。


「んんっ!?聖女の相手って....。

(確か第2王子って噂があったな....。ヴァンキュレイトは、確か苗字がある平民じゃなかったか?)

ヴァンキュレイト大隊長。おまえ貴族令嬢だったか?」


騎士団団員名簿を頭の中でめくりながら考えるエバンズ。

たしかに平民のハンコが推してあったはずだとエバンズは首を傾げた。


「4月から平民になってますので、平民であってます。婚約の話は貴族令嬢の時の話なのでお気になさらず。」

しらっと、どうかしましたかみたいな顔で話すネフィ。


会議室にいる面々は、衝撃を受けた。

(((お気になさらずって...。平民になったって...。

一大事じゃないのか?王子妃になるところを騎士になったのか?おかしいだろう。)))


ここにいる重鎮たちは、比較的歳が上なので学園での婚約破棄騒動を知らない人ばかりだったみたいだ。


『(そりゃ、びっくりするよ。周りの反応が正常だ。)婚約がなくなるって相当なものだぜ、ネフィ。ちょっとは自重しろよ』とネフィに耳打ちし、会議室内の驚愕と気まずい心情を感じ、アレックスは盛大に呆れた。


「....ジュ、ジュリアン殿下は、元気ですわ。

ネフェルティさんもお元気そうですわね!なによりです!」


ふんっと鼻息荒く、つっけんどんに返すマリーナだったが、ネフィはニヤニヤしながら「どうも。」と答えるだけで火に油を注ぐ始末だ。


『だから、そう言うところが無駄に敵を作るんだぜ....。』と、アレックスはネフィの後ろでため息をついた。


「なんて態度なのかしら!?もうすぐ王子妃になる私に、そんな態度とってもいいのかしら!」

「まだなってないからね〜。」

「それでも、将来は私に仕えるのよ!?」

「婚約もまだなら、どうなるかわかんないよねぇ。昨今は、婚約してても白紙になるご時世だからさ。今回の遠征で功績を認められたら箔がつくんじゃないかな?まぁ、頑張って?」

「まぁっ!!全然、心がこもってないわ!そんなおざなりの励まし要らないですわ!」


キャンキャンと吠える聖女と、淡々としているネフィの掛け合いが、その後もしばらく続いた。

ここが現場の最前線という空気が見事に霧散し、緊張感のかけらも無くなった。

周りは、ポカーンとネフィたちの舌戦を見ている現状だ。


しかし、聖女をからかっていたネフィが急に真顔になって話題を変えた。


「冗談はさておき...、緊張がほぐれたところで聞きたいことがある。討伐経験は、あるの?」


ネフィが急に真面目に話しだしたので、場がハッと引き締まった。

聖女もいきなり本題をブッ込まれて表情を変える。


「.........ナイわ....。」

聖女はしばらくハクハクと強気に言い返す言葉を探していたが、結局悔しそうにボソリと否定した。


「そっか、じゃあどのくらいの範囲の浄化魔法で、何回発動できるのかもわかんないね。

エバンズ団長?一度今夜の掃討作戦にマリーナを出して検証する必要があると思います。あと、命の危険に晒されたことがない女性ですので、今日は万全を期してアレックス補佐と私が近くで見守るってのはどうでしょう?多分ですが、恐怖で動けない可能性が高いかと思います。」


「ん?気心が知れているほうがイイか?だがしかし惚れた腫れたのような関係で、大丈夫か....。

アレックス補佐は必要か?そこに1、2番の働きをするものを集めると他がなぁ、大変になる....。どうするかなぁ。」


なかなか決定できないエバンズ。優柔不断な男である。


「いざというときに、大規模浄化をすることで撤退がしやすいので補佐官は必要です。補佐が、祝詞を唱えているときのサポートを私がします。

それに聖女の顔見知りが補佐したほうが、いざというとき冷静になれるかと。

昨年の学園の卒業生なら、もしかすると聖女と顔見知りがいるかもしれませんが。

その中で防御壁を瞬時に張れる、かつ聖属性の魔術師がいるなら、私と交換でも良いでしょう。

そんな魔術師はいますか?居ませんよね。」

ネフィは、どんどん食い気味に作戦を提案していく。強気で行かないと、エバンズが作戦をいつまで経っても決められないのがわかってるからだ。


不敬?ナニソレ、オイシイノ?

縦社会?ソンナコトバシリマセン。って感じだ。


場の空気は、完全にネフィの独壇場になっている。

こうなると、他は肯定するしかない。

「そうですね。力量をはかりながら経験を積むのも大切ですね。私もヴァンキュレイト大隊長の意見に賛成です。」

まずは、チェラスのギルド長が賛同した。

冒険者でも、どんなに強くても経験が無ければ痛い目にあうことがままあるからだ。ギルドでも、最初は玄人がレクチャーとしてつけられることもあるので受け入れやすい意見だったみたいだ。


その意見を皮切りに総員が同意した。

今回の会議は早く終わりそうだと、一安心した。


結局、今回の会議では進軍についての議題までいかずに解散のはこびとなった。

アレックスは、『俺、今回要らなかったじゃねぇか。』と自嘲気味に笑いながら会議室を後にしたのだった。




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