第32話 異形

王都の騎士団舎から出発して3日。

ようやくアレックスたちは、馬車でチェラスに着いた。


「ようやく到着したぁ。ロウェル、ジョッシュ手伝いありがとな。」


「あー、ちまちました作業で肩バッキバキだぜ。ようやく体を動かせるーっ!!俺は騎士だぁぁぁ!!薬師じゃねぇぇぇっ!」


「僕の方こそ、ありがとうございました。無事に、薬が作り終わってよかったです。」


久しぶりの開放感に、めいめいにリラックスをする。


「それにしても、すごいところで野営地を作ってるな.....。」

「あー。本当になぁ。」

「ですねぇ〜。」


3人は、上を見上げながら嘆息した。


ほんの1ヶ月前に状況が深刻になったのにもかかわらず、すでに要塞と言えるようなものが出来上がっていた。

宵闇の森からほど近いところに、見上げるほど大きな木の壁がどーんっとそびえ建っていた。

歯車式の開閉式の門まで完備されている。


「すげーなぁ、街より安全じゃね?これじゃアンデットも入ってこれねぇわ。」

ロウェルが若干呆れながら感嘆し、アレックスたちもそれに同意した。


「だな。」「そうですねぇ。」


「でもすごい光景ですよねぇ。まるで天国と地獄の境みたいです。

目の前は要塞で天国という安全地帯。でも振り返ればアンデットがうじゃうじゃいて、さながら地獄ですね。

人のアンデットがいなくて僕は安心しましたが....。」


ジョッシュの言葉でアレックスたちは宵闇の森に視線を向けた。

陽の光が入らないギリギリの場所に、アンデットが不気味な動きをしながらひしめいていた。


動物の死骸を温床としたアンデット。白骨の4足獣や死臭が漂う速い動きの獣型アンデット、斬るには厄介な小さなネズミのアンデットもいた。


ジョッシュが言うように、たしかにのアンデットはいない。

だが、人らしき体格の異形がいた。

数はさほど居ないが、存在感が圧倒的だった。

なんと表現したらいいのか...、人のように手や足があるが、決して人ではないアンデットだ。

全体を覆うのは黒いヘドロで、動くとぼたぼたとヘドロが落ちて、地面が黒く染まっていく。

手は無数に飛び出し、足の他に尻尾のようなものもある。

なによりも気味が悪いことに顔らしきところには大きな口だけが存在し、口の中は虚無だった。

虚無という表現がぴったり合う。

歯もない、舌もない、喉もない、あるのは吸い込まれそうな漆黒の闇だ。


「...あれは、どうやって討伐するんだ?得体の知れない感じがするぞ。」

「そうですねぇ。少なくとも、僕ら騎士には太刀打ち出来なそうですね。まず、切れるんでしょうか?」


異形を見て不安がるロウェルとジョッシュ。

それに対してアレックスはあっけらかんとしていた。


「そうかぁ。手と足と尻尾は切れるんじゃないか?動きが、止まりそうじゃね?まぁ、先遣隊が対処法を聞いてるだろう。」


「お前なぁ〜、もう少し危機感を持てっ!あんな生物今まで見たことねぇんだぞ!」


「でもなぁ、アンデットの中に平然といるってことは、所詮はアンデットだろ?なら浄化すればいいんだよ。」


「アレックスさんは、聖魔法が使えるから楽観的なんですよ!僕らは、斬るしか対処できないんです!恐怖ですよ。」

珍しくジョッシュも、ぷんぷんと怒る。


「ふむ。そうか、だがまぁ安心しろ。

ロウェルもジョッシュも、俺とネフィの補助だろう?

いざとなったら、俺たちはお前らごと防御壁張ってやれる。多分、一番安全な場所じゃないか?」


「あー、そうかよ....。ネフィもアレックスも規格外で嫌になるぜ.....。」



『開門〜っ!!』


大きな号令のあと、歯車が動き出してガコガコっと壁が手前に降りてきた。

目の前には、今後の拠点となるテントが所狭しと鎮座していた。

第10騎士団とアレックス達は門を潜って内部に入った。




「アレク〜!!久しぶりぃ!」

一番手前の天幕がサッと開いて、ネフィが駆けてきた。

久しぶりと言っても3日ぶりだ。


「ヴァンキュレイト隊長、お疲れ様です。

ただいまをもって、隊長補佐アレックスとロウェル、ジョッシュ計3名、チェラス基地に着任します。」

アレックス達は、ビシッと敬礼して報告した。


「ははっ!真面目だなぁ、アレクは。

ふむ。では、ゴホンっ。....無事に到着してなによりであった。これより、第3騎士団第10大隊の作戦会議を行う。荷物を置き次第、私の天幕まで来るようにっ!


.........こんな感じでいいかな?じゃあ、私のテントあれだから、後で集合ね!」


ネフィが細々と薬を置くところや、食事を取るところ、基地でのルールなどを説明しながらアレックス達のテントに案内する。

アレックス達は、それらを聞きながらサクサクと準備を進めていった。

日が暮れるとアンデットが出てくるので、作戦のすり合わせを早くしなくてはいけなかったからだ。



ほどなくして、作戦会議を開始した。


「これより、第10大隊の作戦会議をする。隊長補佐達は、しっかり聞くように。

他の隊員達は確認の意味を込めて無駄口叩かず、話を聞くように。では、始める。」

ネフィが、作戦を話し出した。


「まず、本日日暮れ後から我々は、最初のアンデット掃討作戦を開始する。

アレク、昨日は作戦がまだ決まってなかったから、ギルドと神官達だけで討伐してたんだよ。だから今日が実質初めての掃討作戦になるんだ。おっけい?


えー、まず今日の作戦は、魔術師1人に付き1人の騎士がつく。

知らないものもいるかもしれないので念のため話しとく。

聖魔法は、術式構築するものとは違う。

なぜだかわからないが、祝詞のりとを寿ぐことで発動する。

人によって、祝詞が違って言葉の長さも違う。

神様やあらゆるものに感謝を示して発動するんだが、信心深いものほど祝詞が短いと思ってくれ。だから、今回協力してくれてる神官達は速く発動できる者が多い。

だが、魔力量があまりない者もいるので連発し続けることはできない。神官達にはとりあえず期待するな。


ちなみに今回の護衛対象の第10騎士団の魔術師は、ほとんどが長い祝詞になる。

神に仕えてないからな。王に仕える我々には難しい。諦めろ。


その間、お前たちはなんとかアンデットを近づけないように手足を切れ!地面に這いつくばらせば後は捨ておけ。

途中で、祝詞を間違うと無駄になる。

だから、魔術師達が怪我の痛みで、途中で祝詞が止まらないように細心の注意をするように。


ちなみに、ここのアンデットは動くもの、光るものに向かってくる。これは変わらない。

白骨は動きが遅いが、比較的外傷がなく死んだ死骸は動きが速い。速いと言っても、人間がスタスタ歩くぐらいだ。十分対処できるはずだ。

魔術師も魔力量が違うので、早めに魔力が尽きたものは要塞に撤収することになってる。その場合は、一緒に撤収しろ。


魔力量が多い魔術師の警護についたものは、当然疲れるが、限界が近づけば笛を吹くように!

先に撤収したものは、笛が聞こえたら要塞から出て、その騎士のところに向かって交代だ。


ちなみに、感染性はない。噛まれたり傷つけられても血が出るだけだ。解熱鎮痛剤を舐めてこまめに修復しろ。出血多量で貧血にはなるなよ。

修復箇所は黒くなるが、至る所で浄化がされてるからその光に触れれば元の皮膚の色になる。慌てるな。


寝るのは、夜が明けてからだ。あいつらは太陽に当たると浄化されるからな。

街の連中は、日が暮れたら建物内に入る。

出歩かない限り安心だから、街の方に行ったアンデットは無視しろ。


今回の目的は、アンデットを掃討してけば宵闇のアンデットが減ってくるのかを検証するだけだ。

今まで、掃討してても数が減るどころか増えているらしい。

数の暴力に対して討伐人を増やせばどうなるかを本日確認する。


最後に、異形アンデットがいるな?

あれの口には気をつけろ。

触れれば、触れたところが無くなる。

指なら指の先が、まるで初めから何も無かったかのように無くなる。血も出ない。武器の場合も、当然無くなる。


お前達がやることは、無数の手の切断と脚と尻尾の切断だ。

アレク、異形だけ火魔法が効かない。聖魔法のみ有効だから、気をつけて。


あと、警護対象の魔術師には始めに聖魔法が使えるか確認をしとくように。

火だけの魔術師なら異形が近づいてきたら異形の手足を切断しながら一緒に逃げろ。他の魔術師にソイツは任せろ。いいな?


以上だ。今日の掃討作戦の結果によって明日からの計画が変わる。明日の昼には聖女も到着するだろう。」



いよいよ、討伐が始まる。





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