第28話 今日から騎士団で騎士になります。

木々の花が暖かい陽気に咲き誇り、蜜に誘われ春のメジロが、青い空を旋回しながらゆっくり枝にとまり羽を休めた。

ケケっ、ケキョっ、ケキョっと楽しげな鳴き声が聞こえてきてアレックスは思わず上を見上げる。

するとさらにもう1羽メジロがやってきて仲良く追いかけっこをはじめ、遠くへ羽ばたいていった。


春が訪れた。


今日から、新しい生活が始まる。




この世に転生してはや18年。

俺の人生は、単なる平民に生まれたにもかかわらず、充実したものだったと思う。(過去形だが、死ぬわけじゃない。走馬灯じゃない。ただ、感慨深い気持ちになっただけだ。)

大人の精神を兼ね備えていたにもかかわらず、鼻垂れ小僧達と嫌々戯れ、頭痛に悩まされていた幼少期.....

7歳の時には運命的に幼馴染と出会い、なんと下僕予備軍になった。

いや今思うと既に下僕だったな。

死の魔法陣契約マジぱねぇ...。

そして、魔術を学びその力を奮って何でも屋を開店。その延長上で16歳の時に錬金術に邂逅してからは、化学式を使って薬を作り出した。

それから薬師と名乗り、店を構えて順風満帆に過ごした約2年....

色々あったが、俺、無事生きてる。

前世、過労死した俺としては適度に働ける現在の状況に満足していた。


だが、俺はこの春ネフィの要請?、いや強制に近いな、今年の春から今度は聖国騎士団の騎士になる。


魔術を教えてくれたネフィに大恩があるので、騎士団に入るのは全然構わないんだが、薬師として地域に根付いた店を畳むわけにもいかない...


だからと言って騎士団の安息日に営業すると、また過労死するんじゃないかと目下悩み中だ。


「アレク〜。早く行くよ〜。入団式遅れるよ〜っ!!」


ネフィが数メートル先から振り返りアレックスを急かす。

考えごとをしていたので、歩くスピードが遅くなっていたようだ。


「ああ..。」


アレックスは淡々と気のない返事を返してから小走りでネフィに追いついた。


今は、宿舎から騎士団本部に歩いて移動中である。

馬をかければ三時間くらいで着く距離だから通いでも不可能ではないが、毎日の往復は時間の無駄だし、有事の際に駆けつけにくいのでカレードの家よりも宿舎暮らしを選んだのだ。


昨日は、割り与えられた部屋に着替えや簡単な身の回りのものを荷馬車で運び込んだ。

アレックスの部屋は、新人らしく北向きのじめっとした小さな部屋であった。

ベットが一つに、机と椅子が一つずつ。

そして、小さなタンスが置かれたシンプルな6畳ほどの部屋だった。

寝るだけの部屋だからこんなもんだろうと、アレックスは不満もなく荷物を置いていった。

まずは、棚。

収納がなければ片付かないので、結構大きな棚を持参した。

そこに、薬や茶器、洗面道具など実用品を詰めていく。

部屋には水回りはないが、魔術で水を出すこともできるし、錬金術で湯を沸かすこともできるのでアレックスにはこれらは必要なものだ。

窓には、遮光の魔法陣を刺繍したカーテンを設置。

これでぐっすり寝られる。

自主朝練?なにそれオイシイノ?

俺は、太陽が出てきてもぐっすり寝る。ぎりぎりまで惰眠する。これ、譲れない。

窓側には、店から持ってきたお気に入りの人喰い花エッセンブルーメを置いた。

エッセンブルーメとは、30センチくらいの大きさの植物で、チューリップのようにぼてっとした花が1年中咲いている。

こいつのテリトリーに入ると花が急に巨大になり人を丸々呑み込む。

この花の底には消化液があり、ジワジワと有機物を溶かして捕食する。

脱出しようと足掻いても、中を蠢く触手が阻み、動くほどに絡まり抜け出せなくなり、結果アリ地獄に陥る。

不思議植物というよりも、花に擬態している魔物といっても過言ではない。

どうも心があるらしく、精神系の魔法が効くからだ。

なので、闇魔法でエッセンブルーメの精神をいじくりまわして、アレックス自身は食べられないように改良し消化する対象も繊維と革に限定させた。

部屋に鍵がないので、不審人物が入ってきたら問答無用で捕らえら(喰わ)れる仕組みになってる。

名前は、安全くんだ。

セコムくんと迷ったが、誰でもわかる名前を採用。

これで、安心安全に部屋を空けれる。

間違って人が入らないように、ドアの外には『勝手に入ると花に食べられます。』と注意喚起も一応しておいた。

誰か、興味本位で入ってくれないかとちょっと期待しているのは内緒だ。

喰われても二十四時間くらいなら皮膚が溶けることはない。(....筈だ。)

ただし、喰われた瞬間、衣服はどろりと溶ける即効性にしたので真っ裸だ。

よって自力で脱出しても恥ずかしくて部屋から出れないので簡易牢獄になる、生命の心配はないから安心安全だろう?


細々といろいろ設置して部屋全体を見渡し、なかなかいい空間になったのではないかと自画自賛した。

最後の仕上げにアレックスは、指をパチンと鳴らし緑に光る魔法陣を部屋全体に展開。

『清浄プリフィ』と呪文を唱え部屋中の埃やシミ、じめっとした空気をギュルギュルと手に集めた。

握り拳大の黒塊を『燃焼カンバッション』で消炭にして引っ越しを終了させた。


アレックスの部屋だけリフォームしたかのようにピカピカになったのだった。



騎士団本部に到着すると、今年の入団者がぞろぞろと揃っていた。

「ネフィ、何人くらいいるんだ?」

「んっとねぇ、学園の卒業生200人に一般公募入団100人採用したらしいから、300人いるはずだよ〜。魔術師枠はわかんないけど。」

「すげーな、よくそんなに採用できるな。」

「戦争が多いから、年間300人なんてすぐ殉職するからねぇ〜。そんなに過剰じゃない数だよ。それに、年の途中で足りないから一般補充されてるくらいだからね〜。」

「はぁ!?そんなに死ぬのか?」

「アレクは、日本しか知らないから..

大体、1回の戦争で10万人は死ぬよ。今の聖国は、小競り合いが辺境でよく起きてるから300補充してもすぐに年間300なんて死んじゃうよ。」

「.......。俺、今年死ぬ?」

「死なないんじゃないかなぁ。アレクは、自分に防御膜絶えず張り巡らせられるし。」

「.....。そうか。でも知らない奴が死ぬのも、メンタルやられるんだが....。俺、騎士向いてなくね?」

「そうだねぇ、対人部隊じゃなく、対魔物部隊に派遣されるといいねぇ。こればっかりは、運だね!」

「はぁ。医務室付きの薬師は無理か?」

「だめだよ、私にバフかけるんでしょ!?一連托生♪」


アレックスとネフィがかるく談笑していると、魔術師ローブを羽織った男に声をかけられた。


「ネフェルティ・ヴァンキュレイト!ひさしぶりだな!」

ネフィの乙女ゲーム攻略対象だった元根暗サイコパス魔術師のデイビット・サーキュリットだった。

ネフィと毎日学園で魔術対決をしていたので、今では健全なド根性魔術師になっている。


「ん?あー、久しぶり。

アレク、こいつ学園の首席魔術師デイビットだ。」

ネフィが男らしい口調にガラリと変わって、親指をぐいっと向けて紹介をする。

学園では、周りが男しかいなかったので言葉が乱れてしまっていたのが、この一瞬でよくわかった。


「こんにちは。はじめまして、アレックスです。俺も今日から騎士団員になります。」

「ああ。よろしく。俺は、デイビット・サーキュリットだ。デイビットと呼んでくれ。」

「では、俺はアレクと呼んでください。」

2人は、ガッチリと握手を交わした。


「ところで、ヴァンキュレイト?平民暮らしは、落ち着いたのか?いきなり爵位無くせって言い出した時は度肝を抜かれたぞ。」

「まあね。常々、堅苦しいマナーとか辟易しててね。今は、屋敷を出てアレクの家に居候してる。」


デイビットは、チラリとアレックスの方を見た。


「えーっと、2人は恋人か?」


アレックスは、目を見開いて驚き、全力で否定をする。

「いやいや、違いますっ!!単なる幼馴染でして!そんな関係ではありません!」


「あー、そうなのか。わかった。

とりあえずアレク、敬語やめてくれないか?

同じ騎士団員になるし、これからは同僚だ。」


「あー、わかり....、わかった。善処するよ。」


するとネフィが、ご機嫌に2人の顔をふふふん♪と覗き込んで会話にきりこんできた。

「デイビット!

アレクはね〜、私よりも魔術が凄いんだよ!

こないだっ、.....いや一年前になるか...?

1日で深淵魔法3回ぶっ放したけど、全然ピンピンしてる男なんだよ!すごいでしょ〜?」と、自分のことのようにキラキラした顔で自慢をした。


「は!?深淵魔法3回??

嘘だろう?お前魔力量いくつだっ?!」

デイビットは、目を白黒させながらぐいっと前のめりに聞いてきた。


アレックスは、その圧にもどこ吹く風で事実のみをさらっと答える。

「ん〜冒険者ギルドでは、測定負荷だったから5000以上はあるかなぁ。(実際は、2千万だけど黙っといた方がいいよな。)デイビットは、どのくらいあるんだ?」


「.....。」

デイビットは、絶句した。


しばらくフリーズしていたがはっと、意識が浮上してネフィに詰め寄る。

「おいっ!ヴァンキュレイトっ!!

こいつ、平民だよな?魔術どこで習ったんだ!?

なぜ学園に通ってなかった?!つーか、その格好、2人ともなぜ騎士の格好してるんだ??

それだけ凄ければ、ローブを着るべきだろう!?」


「「ん〜、なぜだ(かなぁ)。そういえば、なんで騎士なんだ(ろ)?」」


「はぁ!?」

デイビットは、おいおいこいつら大丈夫かよって目線を投げかける。


しばらく、アレックスは考えていたが、そういや最初は被虐趣味のイケメンを探しに行ったネフィが、キッカケだったと思い出した。


「ネフィが騎士科に会いたい奴がそういやいたんだよ。

そうだよな?それが実際はそいつは居なかったってオチで....。

俺は、ネフィの直属の部下に辞令というか王命?が出てるからネフィが騎士なら騎士になるしかなかった。

そうだよ!騎士科だからって騎士じゃなくてもいいじゃねぇか。

魔術師でも良くね?俺、剣習うとか嫌だぞ。」


「騎士科卒業だったから、自然と騎士になっちゃったね〜。そっか、魔術師ってのもアリだったかぁ...。

でも、もう仕方なくない?これから配属発表だし?」


ネフィは、悠然と今更だよねーっとあっけらかんと答える。

どうやら、魔術師になる気はさらさらないようだ。

合法的に殴れる、交戦的な元SM嬢らしい決断だった。


3人が取り留めない会話をしている途中で上官の騎士がやって来た。

「おーい、今から配属を発表するぞ〜!呼ばれたらそこに並べ〜。」と、上官が声をかけはじめる。

ザワザワしていた周囲の新人騎士たちはピタリと話すのをやめて上官に注目した。


「えーっと、まず〜。魔術師のローブを着ている奴は全員第10騎士団にいけ〜。」

魔術師は、全員第10騎士団に所属されるのが慣例なので、名も呼ばれずに移動させられた。

デイビットも例にも漏れず軽く2人に手を振って去っていく。


次々に騎士の名前と配属が発表される。

ネフィとアレックスは、なかなか呼ばれない。時間だけが刻一刻と経っていく。

暇すぎてネフィなんか船を漕ぎはじめる....。


おいおい、元令嬢、ヨダレ垂れてるぞ.....。

いいのか?自由だな、おい。

この短時間にうたた寝ができるのもすげぇな.....

アレックスは、ネフィの図太さに感心した。


300名もいれば、最後の方のやつが呼ばれるまで三十分はかかるのは必然だ。

平民に至っては、苗字がない。よって同名がゴロゴロいるからややこしくなる。

例えば、ジャンって奴は5人もいた。

とりあえず、ジャン5人が全員呼ばれて顔を見ながら配属を伝えられる流れだ。だから時間がかかる。

アレックスも多分いっぱいいるはずであったが、単体で呼ばれた。


のアレックス〜。3〜!!もう一度言うぞ〜。薬師のアレックス〜。第3だー。」


マジか、第3!?

オネェ・ホモ疑惑のハミルトン団長のとこぉ??

ガッテム!!


しかも、薬師が苗字みたいになってる....っと、がっくり項垂れてトボトボ列に並んだ。

当然、ネフィも第3だった。


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