第23話 1年後 第3騎士団

「おーい!薬師〜!!」


アレックスが、いつもの解熱鎮痛剤とエド様印軟膏を入れた木箱を荷馬車から降ろし、木箱の中身を一つずつ検品をしている最中に遠くから騎士が一人やってきて声をかけられた。


「はい、なんでしょう?騎士様。」

よそいきの顔でニッコリと返事をした。


今日のアレックスは騎士団にいつもの定期薬を卸にやってきていた。


最近のアレックスの生活は平和そのものだった。

それもそのはず、トラブルを引っ提げてやってくる幼馴染に約1年ほど、会っていないからだ。

乙女ゲームの世界も順調に進んでるらしく、ネフィは冬明けから第二王子の婚約者となった。


あいつが王子妃なんて世も末だ...。


ネフィは、社交や王子妃教育で忙しくしているようだ。

まぁ、ネフィが暇だとしても他人の婚約者に男の俺が会うのは外聞が悪い。

だから全く会ってないし、手紙のやり取りもしていない。

俺は平民で男。不敬罪で捕まりそうなことは、全力で回避一択だ。

王族なんかには関わりたくない。

でも最後の断罪イベントっていうものがうまくいかなきゃ、王子妃になったネフィとはこれからずっと会えなくなる。


.......。


実は、ちょっと寂しい。


前世の話ができないからなのか、刺激がないからなのかわからないが最近の俺はどこか空虚でおかしい。

胸がモヤモヤして苦しい...。


冬になると日照時間が少なくなって鬱になりやすいというが、そうなのかもしれない。

次は、精神薬が必要かもしれないと日に日に考えることが多くなった。

薬自体は化学式で作れるんだが、精神病薬の調整って難しいんだよな....。

効きすぎると感情が爆発して涙が止まらなくなったり、暴力的になったりするし。

体と薬の相性が悪いと逆に立ち上がることもできないくらい具合が悪くなったりする。

だから、精神薬を今ひとつ作る気にならない。

飲む勇気が出ないし....、患者にも飲ませる勇気が出ないしな。


だが....俺は鬱かもしれない。

なんせ気分が上がらないんだ!

グァぁぁぁっ!!


心の中で大発狂してモヤを吹き飛ばそうとするが...、

うん、無駄な足掻きだった...。モヤってるままだ。


それでも薬を作っていれば、無になり落ち着ける。

だから最近では薬作りすぎ症候群に罹ってしまった。

無駄に錬金術の素材を買い漁り、ひたすらチマチマと材料を投げ入れては錬金術で薬を作っていた。

いわゆる俺の化学式で作れない、魔力回復薬や毒消し薬などなど。

よって、家中に出来上がった薬が溢れかえってしまい置き場所に絶賛困り中だ。



話は戻るが、騎士様から声をかけられたので御用聞きをしたところ、「今、第10騎士団の連中が出払っていて魔術師がいないので第3騎士団に来て手伝ってくれ。」とのこと。


最近は薬の在庫を減らすために頻繁に騎士団に訪れるので、アレックスは薬師としても魔術師としても顔を覚えられはじめた。

それも、凄腕の魔術師としても知れ渡ったので人手が足りない時に重宝されて駆り出される。

この辺のイレギュラーな仕事は、何でも屋として報酬をもらって日銭を稼ぐことにしていた。


「いつも悪いな。この薬は全部医務室の横の部屋に入れとけばいいか?」

「はい、あとちょっと待っててくれませんか?検品途中なので、あと一箱見たら終わります。」

アレックスは、木箱の中の軟膏を一つ一つ取り出して外が割れてないか、中の薬が分離してないかを確認しながら数を数えた。


「よいっしょっと。」

アレックスは、検品を終えて膝に手を添えながら立ち上がった。


「検品終わりましたので、運んでおいていただけますか?助かります。

では、行ってきます。」


さっきの騎士に軽く会釈をして、第3騎士団の建物に向かう。

騎士団は、一から十まで存在している。

第1騎士団は、城の警護をしているので一番城側に位置をしている。その後、2、3、4と順番に立ち並ぶ。

しかし、第10騎士団だけは、第9騎士団の建物からはるか向こう側に位置している。

魔術師騎士団なので、失敗した時の被害がすごいためすごく離れた場所に追いやられ危険物扱いだ。

しかも待遇も悪い。

しょっちゅう建物が吹き飛ぶ関係もあるんだが....造りも簡易木造小屋で、とにかく今の時期寒い。

ビュービュー隙間風が入る。

結果、体の調子を崩すので、冬は動ける魔術師が毎年減るらしい。

そこで、俺がたまに騎士団に来ると魔術師として仕事の依頼がされるのだ。


いーち、にーと数えながら、第三騎士団までやってきた。

いつもは、男臭く賑わっている団舎がシーンと静まっている。廊下にも人がいない。

とりあえず談話室に向かえば誰かいるだろうと思いながら歩く。

キョロキョロしながら騎士を探すが、結局談話室まで誰にも会わなかった。


アレックスは談話室を覗き込み、騎士がちらほらいるのを確認したので大声をだし声をかける。


「すいませーん!薬師のアレックスです。何か御用があると聞いてきましたぁ。どなたか依頼内容知ってますかー?」


すると、騎士たちにバッと振り向かれ、一斉に話しかけられた。


「「アレックス〜!!」」

「「待ってた!!」」「なんとかしてくれっ!」

「すごい痛いっ!!」「「数が半端なくて駆除できない。」」「「第10騎士団は別件でいないし、残ってる奴らは対処出来なくて、逃げ帰った!」」

「「蜂がっ!」」「「訓練場がっ使えない」」

「場所がわからなくて、数が多くてとにかくやばい!」


「「「「アングラスピア ビーが大量発生している!!」」」」


おおうっ、勢いがすごいな。

騎士様方の必死さがすげぇ。

俺の定期薬じゃ、蜂毒の解毒は出来ないから刺された人は医務室にいるのか?

いつもより少ない人数なのは、治療中だからかな。


「えーっと、

アングラビーが、この時期に活動してるのもびっくりですが...。被害がものすごい出てるんですね?」

アレックスは、ジリジリと後退しながら騎士たちと距離をとりつつ詳細を確認する。


「一昨日から急にアングラスピアビーが出てきたんだ。すぐに、第10の奴らに依頼したんだが....。

下っ端が4人きて索敵をかけたり、炎で燃やしたりしてくれたんだが、数が多すぎて索敵をかけきる前に囲まれちまって魔術師全員逃げてった。」

「1匹ずつ斬っていくにしても動きも早いし、数の暴力で刺される騎士が続出してしまってな。お手上げなんだ。」

騎士団の面々は、うんうんと頷き渋面をつくる。


「はぁ...。なんで寒い時期に蜂が飛べるんでしょう?

何か普段と違うところはないですか?」


アングラスピアビーは、冬は身を寄せ合い巣の中に籠るはず。活動時期は、春になって暖かくなってからだ。

巣は、その名の通り地中にあるので巣の特定が難しい。魔術師が索敵をかけて巣を探し、騎士が掘り起こし女王蜂をやっつけるか、魔術師が炎で巣ごと燃やす。

今回のように数がすごい時は、魔術師一択だ。


「違うとこか...。春見る蜂よりも毛がふさふさ?してるかな?それも気のせいじゃないかと思うくらいだ。」


「大きさは、どうですか?」


「大きさは、子供の頭大で春の蜂と大して変わらない。」


「毒の強さは??」


「刺された時の痛みは、ひどいぞ!その場で、声が出ないほどの痛みで呼吸が止まる!すぐにお前の解熱鎮痛剤を飲んで痛みを和らげて呼吸がようやくできる感じだ。それで、じわじわとまた痛みがひどくなるから医務室に駆け込んで蜂毒用の薬を飲むっつうわけだ。しかも、現在は蜂毒用の薬が足りなくなったから解熱鎮痛剤を何度も飲んでやり過ごしてる。

錬金術の店や月桂樹店にあるだけ薬を買い占めたが、時期じゃないからさほど量がなくて、今は新たに造られるのを待ってる状態だ。」


「なるほど。

それなら、俺の店まで戻れば今なら蜂毒の薬が有り余ってますよ。あとで取りに行きましょうか。」


「有り余ってる??お前は薬師だよな?毒消しも作ってるのか?」


あーそうか、一部の上の人たちは俺が錬金術もできること知ってるが、ほとんどの人は知らないかぁ。

それに、解熱鎮痛剤だけを作れるのが薬師だと思われてるんだな...。

俺、意外となんでも作れるんだけど。


「俺、錬金術もできるんです。材料が揃えばですが。

最近、無償に体を動かしたくて毒消し薬大量に作ってまして...。ははは、ちょうど良かったです...。」


ネフィがいない所為でモヤモヤしていたので、八つ当たり気味で作った....なんて言えないので、なんとも言えない気まずさがアレックスの心に占領した。


「すごいな、お前...。」

騎士団員たちは、驚きと尊敬と訳がわからない畏怖とが混ざっているのか、目は大きく開き、頬はピクピクして、口はへの字で顔色は少し悪かった。


「で、お前の店はどこにあるんだ?」

「王都の隣バンキュレイト領のカレードにあります。」


「あー、馬で往復半日ってところか。じゃあ、急ぎだからアングラスピアビーの駆除が終わったら軍馬で行こう。」


「わかりました。結構な量なので、そうですね...5頭用意してもらってもいいでしょうか?」


「わかった。用意して待っていよう。アレックスは、二人乗りでいいか?」


「あー、俺馬乗れます。錬金術の素材を買いに行くのに馬走らせるので、一人用の馬でいいです。

あとは、馬のけつに遠征用の大きめの袋をつけていただけるとたくさん持っていけます。それも用意してください。」

遠征用の袋は、数日分の食料やテント毛布などが入るのでとにかく特大だ。


騎士たちは色々びっくりした。

平民で馬に乗れる者は少ない。よくて馬車の御者だ。

それに加えて遠征用の荷物袋が5個分も毒消し薬があることにも驚いた。


「.....ああ。遠征用の袋をしっかり5袋用意しよう。」

最後は、騎士たちも引き気味だった。


「では、アングラスピアビーの討伐に行ってきますね。一人見届け役でついてきて欲しいのですが?」

アレックスは周りを見渡して誰がついてきてくれるか伺った。


「「一人??」」


「はい、一人で大丈夫です。」


「でも索敵してる間、無防備になるぞ。騎士が一人じゃお前も騎士も刺されるじゃないか!?俺たち全員連れて行け!」

口々に、心配して怒鳴られた。


アレックスは、ちょっとびっくりしたが即座に断った。

「あ、いいです。一人で。

見届け人が必要なだけです。戦わなくていいので。」


「????」

騎士たちは首を右や左に傾けてキョトンとした。


すると、ドア付近から新たな人の声が聞こえた。

「ははは!!やっぱり薬師殿は第10に欲しいですね!

魔力量も実力も規格外ということですね。

今から、騎士団に入らないですか?すぐに団長になれますよ!」

ずっと入り口近くの壁にもたれ掛かっていた男が高らかに笑いながらスタスタと近づいてきた。


その男は胸と腕に勲章がジャラジャラついていて、一目で高位の騎士だとわかる姿だった。


「はじめましてですね。

君が、マクガーニが紹介してきたアレックスくんかい?

私は、第3騎士団団長のジョージ・ハミルトンだ。」


引き締まった体に、どちらかと言うと整った顔、程よくアブラがのった魅力あふれる30代前半といった風貌。

独身ならば、有力株といったところだろうか。

誠実、剛健な雰囲気の男だった。


「はじめまして。私が、薬師のアレックスです。」


「見届け人は私がしましょう。万が一があっても私なら一番対処ができるはずですからね。」

ハミルトンは、フッと微笑み自分が行くと提案してきた。


うーん、堅そうな見た目に反して柔和な話口調...。

オネェっぽい雰囲気がする....。

それにあの微笑み、猫に捕捉されたネズミのように背筋がゾクっとした。

俺の後ろを任せるにはちょっと不安だ。主にケツが。

貞操が....。


「えーっと、団長様自らですか...。

一番弱い小性さんとかでいいのですが。

例えば、そこにいる少年!君が来てくれたら嬉しいです!!」

アレックスは、身の危険を感じ熱烈に目の前の少年を指名した。


「えっ、僕ですか?無理、無理、無理ですよぉ。

僕、3日前に入団したので実力がないんですから!」

少年は、手を顔の前でぶんぶん振って全力で拒否をした。


「そ、そこをなんとかっ。君の身柄は絶対守るから!」

アレックスは少年の肩をグワッっと掴んで半ば脅すように迫った。


しかし、アレックスの手がふわっと大きな手で包まれ優しく解かれた。

ハミルトンだ。


ニッコリとアレックスに笑いかけ、

「ふふふ、気にしないでいいですよ。ちょうど今暇でしたから。」と、ちろりと舌なめずりをされた。


怖っ!!嫌だっ!!

でも、権力者に否って言えない。悲しいかな、俺平民...。


「....。はい、じゃあお願い...シマス。」

アレックスは、今度は蛇に睨まれたカエルのように捕食されるのを覚悟しつつ了承をした。





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