植物配線

鳥居ぴぴき

一話 緑の髪の毛、宇宙の瞳

_一

 形はクロワッサンに例えられることが多い。呼び方も通称クロワッサンだ。芋虫のようにも見える。一人用の乗り物だ。車輪はついていない。ただ、それじゃ動けない。動いたとしても、時計の針みたいな動きしかできないだろう。

 だから手にもなり、足にもなるアームがついている。クロワッサンの頭の方って言うのだろうか? いや、チョコレートが見えている方って言った方が分かりやすいか。そのあたりの縁から扇風機の羽みたいに四つだ。

 二本のアームを足に、残りの二本を手にして森林の伐採作業を行ったり、あるいは四本のアーム全てを手のように使い、入り組んで洞窟のようになった木々の間を猿のように進んだりする。

 クロワッサンの尻尾の方にはいざという時のための道具が詰め込まれている。

「おーい、こっちだ。早く来いよ」

 先にクロワッサンから降りているサイモンさんに大声で呼ばれる。

「分かりました」

 僕も大声で答える。そしてクロワッサンから降りるために、頭にかぶっているヘルメットを外した。

 ヘルメットからは十二本のコードが操縦席の壁中に伸びていて、そのコードが脳信号を送りクロワッサンを操作することができる。

 操縦席は強化ガラスでできた球体になっていて、重力センサーがついている。このセンサーが常に体を地面と直角に保ってくれる。

 クロワッサンは地面に対してどんな角度でも動作するから、この仕組みはとても重要だった。もし、固定された操縦席だった場合、天と地が常にひっくり返ってしまうだろう。昔はこの重力センサーが無く、操縦者の健康被害が絶えなかったらしい。

 強化ガラスに付いた丸いドアを開け操縦席の外に出た。周りの様子を確認する。下方にいるサイモンさんはコーヒーを飲んでいる。

 僕のクロワッサンは三つのアームで周りに木々を掴み本体を固定している。残りの一つは地面に向かって滑り台のように伸びていて、僕はそれを滑りながら地面に向かった。地面とはいっても、ここは地上の遥か上空だった。足の下に広がるのは、あまりに大きく育った龍木と呼ばれる木が高密度で入り組んだものだった。

「ここの枝はかなり鉄を多く含んでる。やっぱ正解だったな。お前、なんでそんなに金属のある場所がわかるんだよ」

「なんでですかね」

 なぜなのか? それは僕にも分からなかった。ただ、匂いを感じるだけだ。昔から強く匂いを感じる。

「まぁいいや。さっさと回収するぞ」

「はい」

 サイモンさんがクロワッサンに採掘道具を取りに行く間、僕は木々の間から見える空と、遠くに見える宇宙まで届きそうな巨大な龍木の影を眺めた。

 南から強い風が吹き、クロムの匂いがした。ダイヤモンドの匂いも少し混ざっている。きっとそっちの方の木々に含まれているのだろう。風が止むとまた鉄の匂いが強くなった。鉄の匂いは嫌いだ。鉄の匂いは血の匂いで、生き物の匂いだから。

 街にいると、いつもその匂いに悩まされる。僕は街があまり好きではない。

 そんな僕にこの仕事はあっているのだろう。実際この仕事が好きだった。街から遠く離れられるから、生き物の匂いに悩まされずに済むからだ。この景色も気に入っているし。

 ただ、今は鉄の採掘で、そのときには少しだけいやになる。まぁこれも仕事だもんな。

 サイモンさんの戻りが遅い。仕事の早さはトップクラスのサイモンさんには珍しいことだ。

 たまにはこんなこともあるのか。僕は少し面白いと思ったが、すぐに緊張が生まれた。

 ガタ、と音がなった後、銃声が二回、聞こえたからだ。

「ユアン、早く逃げろ!」

 クロワッサンの中から遠い声でサイモンさんの声が聞こえる。何かあったようだ。だけど、逃げろって言っても、サイモンさんを置いて逃げるわけにはいかない。

「どうしたんですか!」

「いいから早く逃げろ」

 また銃声が二度聞こえる。地面が揺れ、僕は倒れないようにしゃがみ込んだ。次の瞬間、サイモンさんのクロワッサンが壊れ、誰かの足と腕が龍木の上に放り出された。

「サイモンさん!」

 僕はおもわず叫んだ。しかし返事はない。いったい、何に襲われたのだろうか? もしくは機械の事故? 盗賊? だけどこんな場所にクロワッサンなしで人が来れるはずがないのに。

「あーぁーあーぁー」

 クロワッサンの残骸の中からうめき声が聞こえる。人の声に聞こえるが、機械の軋む音のようにも聞こえる。

 僕は素早く腰につけた簡易採掘用の刃物に手をかけ、それを構える。少量の金属を切り取るために振動と発熱の機能が備わっているので、殺傷性は高い。

 一瞬の静寂があり、いや、正確には僕の神経が過敏になり精神の中で時が止まったのかもしれない。とにかく、僕の体感で一瞬の静寂が訪れた後、壊れたクロワッサンの中から奴が現れた。

 二メートル程だろうか。形は人型のようだった。だけどそれはまだ三歳くらいの子供が粘土で作ったような不気味な造形だった。そしておそらく、あれは植物に分類されるのだろう。少なくとも僕と同じ人ではない。細いツタが絡みながら、むき出しの筋肉みたいなっている。

 あっちこっちが膨らんだり縮んだりして二本の足を動かしていた。上手な二足歩行だ。奴の顔が僕の方を向く。とても奇妙な顔だった。そもそも、こんな生き物自体が奇妙なのだが、よりいっそう奇妙なものだ。

 ひょっとこのお面みたいな顔。サイモンさんの返り血を浴びた赤いひょっとこのお面だ。

 簡易採掘用の刃物のスイッチを入れる。小さな音を音をたてると、真っ赤な色に変わった。もみあげから肩のあたりまで伸びた髪の毛には、触角と呼ばれる小型観測機編み込まれている。触覚は脳波で勝手に動くから、邪魔にならないように勝手に首の後ろで結ばれた。

 僕は自分のクロワッサンの位置を確認する。走れば十秒でたどり着けるだろう。しかし奴がどう動くか分からない。奴から目をそらさずに時間が過ぎる。

 次の瞬間、奴は僕との距離を一瞬で半分に縮めた。魔法でもなんでもない。おそらくただ走ったのだろう。ただ速いのだ。またじっとしている。僕はクロワッサンまで走ることにした。

 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一。

 無事にたどり着いた。後ろを振り返る。奴はまだ同じところでじっとしている。ひょっとこ顔は僕をじっと見ていた。急いでアームに登るため、後ろを向いた。

 そこにはすでに、ひょっとこ顔がいた。音が遅れて聞こえる。

 すでに僕の足は筋肉のようなツタで縛られていた。動けない。

「あーぁーあーぁー」

 不気味な声だ。僕はひょっとこ顔に赤くなった簡易採掘用の刃物を突き立てる。じゅう。と音がなって穴が空いたが、無反応だ。どうやら痛みはないらしい。ついてる目も口も飾りなのだろう。

 筋肉質なツタが僕の体を握りつぶそうと巻きついてくる。必死にもがいてもダメだ。関節の自由が聞かなくなってきた。あまり快適じゃない位置で固定されている。

 すぐに動かせるところがお腹のあたりだけになる、呼吸のたびに動くお腹だけだ。筋肉質なツタは僕の体を丁寧に包み込んで行く。

 呼吸のたびに動かしていたお腹ももう動かない。硬く固定されてしまった。僕の頭の中には三ヶ月あっていない妹のことが思い浮かんでいた。現実に目の前にいるのは穴の空いたひょっとこだけなのに。

 ひょっとこの顔が見える。開けた穴にサイモンさんの血が流れ込んでいた。

 もうダメだ。僕は体から力を抜いた。逃げ出そうともがくよりも確実に楽だった。あとは静かに死を待つだけだ。骨の軋む音が聞こえる。

 しかし、それ以上筋肉質なツタが僕を締め付けることはなかった。代わりに、今まではなかった脈のような鼓動を感じた。少しづつその鼓動は大きくなっていき、筋肉質なツタはトランプタワーが崩れるみたいに一瞬で解けてしまった。自由の身になった僕は、目の前の景色に思わず目がくらむ。

 十歳くらいの男の子と中学生くらいの少女がそこに裸で座り込んでいた。二人とも龍木に見合わない真っ白な肌をしている。緑色の髪の毛、知性を感じさせる目鼻立ちだ。そして、その美しさ。可愛いと言うより美しい。そして瞳は銀河を映しているみたいに深くキラキラと輝いている。僕は思わず聞く。

 「君たちは、だれ?」

 少女が口を開く。

 「知らないよ」

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