02-12. 星を灼く第十三聖剣

「おかーさん、ヴィクトリアがアレの準備をはじめたよ。

 厳戒たいせーってやつ」


「あらかじめ予測しておいた効果範囲が広いポジションにトリシャが近づいたら防御に専念。

 たとえ海中にいてもアレは危険だわ。

 忘れないでね」


「そっちもトップ争いに気を取られすぎないでね」


 トノメマ母娘が秘密の回線でやり取りする。


 目端の効くイリソンがトリシャの動きを捉えての報告は、チームで参戦している有効性の一つだ。


 今はイリソンの後ろを飛んでいるセオドアが両手持ちの大型ライフルを構える。


「悠長に誰ぞと話している場合ではないぞ」


 一発のダメージが高いビーム弾を打ち込んでくる。


「あーもう、邪魔だなあ。

 ドアっちはアレで吹っ飛んじゃえ」


 黒いAFを振切ろうとしてもなかなか距離が取れない。

 セオドアも腕が悪いわけではないのだ。

 彼女とずっとやりあっている様は、イリソンにとって自分の未熟さを知らしめられているようで閉口する。


 お喋り好きな少女としては、セオドアは鬱陶しいことこの上ない。

 相手も独特の口調を売りにしているので、話が途切れることがないのだ。


 グラオザーム・ヴェヒターは機体特性として攻撃力にかしいでいる。

 機動性重視のAFライジンシーカーにとってくみしやすい相手のはずだが、これが技量の差なのかと悔しさの苦味を味わう。


 正直に言おう。

 イリソンは戦うだけならAFが無い方が強い。

 有機アンドロイドのアニマロイドとは、それだけの力を持っている存在だ。

 AFは空を飛ぶために作られたショーレース用のマシンだ。

 空と海に加え宇宙にへと移動できる便利なものではあるが、イリソンにとっては特殊な場所を進むための道具だ。川下りでカヌーを使うのと大差ない。

 それこそアニマロイドたちの地力を超え余裕を持って乗れる機体は、RHFシリーズぐらいのものだ。



 今現在のルカインは理想に近い装備をしている。

 だが、近しいだけで最良ではない。

 なぜならRHF-04の再現度が完璧ではないからだ。

 型番がRHF-04wなのはそのため。

 末尾は良い方向に進んでいるワイザーWiserの意味だが、完成形を見せられては強がりに聞こえてしまう。

 ラフィーは資金にあかせてアルス・ノヴァを完璧に作った。

 対して、商用プロジェクトとして用意されたルカインのマシンドレスは設計図の80%で再現が止まった。完成への要求が高すぎるためだった。

 それでもプロジェクトの中からかなりの比重で投資し、作成された最強マシンであることに違いはない。

 リフォーマテッドRハイエンドHフォーミュラFの設計図は総括責任者が苦心して探し出したものだ。

 誰もが内容を見て驚いた。

 数世紀も掛けて描かれた魔法のようなマシンの存在に。

 不満が一点だけあるとしたら、ほんの僅かな染みのように付けられた『完全体』との比較。


 『すごい新人』が『強いマシン』で華々しいデビューを飾る計画は、見ず知らずの素人が二つ名持ちたちとレースしたことでご破産になった。


 『二番煎じ』と『妥協の産物』になってしまった。


 ルカイン本人はラフィーに対して特別な感情はない。

 たぶんサーキットで争っても自分が勝つ。負ける要素はまずない。気にするだけ無駄と考えている。

 後援のプロジェクトマネージャーたちは煩わしく思っているようだが、自分としては二つ名持ちたちや実力者と呼ばれるのエアリエルに興味を惹かれた。

 磨きに磨かれた自分の能力を持ってしても、簡単に組伏せられない人間。

 才覚ではルカインが上回っているはずだ。そういう設計だ。

 計画の神輿に載せられた偶像でしかないルカインだが、能力を存分に振るう楽しさは自分だけのもの。


 それなのに自分の後ろにいるのは、同じアニマロイドのジャーニ・トノメマである。

 少々の落胆はあった。

 サーキットを見渡せば、今回唯一の二つ名持ちである『蒼き旋風ブルーゲイル』が集団後方で復帰した様子。

 ここからどう挽回するのか。切り札はどのタイミングで放つ。その作戦や目的は?

 造り出された風の乙女は小さな期待を胸に秘める。




 『勤労王女ロイヤルプロレタリア』トリシャは秘密兵器の発動場所を決める。


「第一潜航ディビジョンからサーキットの半分を狙っていくわ」


『海中からでスか?

 いくらエクスカリバーでも、それはおすすめできまセん。効率が落ちマす』


 地上のフィフスが赤いカラーコーンと安全ポールを六角形に置いて、中心に立つ。

 なにやら怪しい場所からの反論だ。


「私のエクスカリバーも認知度が上がったからね。不意を打たないと当たらない人がいるかもしれないじゃない。

 とくにジャーニやルカインは過去のレースを研究してそうだし」


 置いてけぼりのラフィーは黙って2人のやり取りを聞く。


 どうせろくでもないことだ。


 何度もエクスカリバーという名前が出てきているが、それがフィフスを指すのか、AFのことなのか。

 はたまた別の聖剣がどこかにあるのか。

 ツッコミ出したら切りがないので、チームリーダーの指示を待つ。



「またせたわね、ラフィー。

 反撃の狼煙をでっかく上げるわよ。

 出来る限り私の後ろのに隠れておいて」


 ここで2人のエアリエルは潜航ディビジョンに入った。


「イナーシャルコントロール強化、外殻拡大。

 エクスカリバー、照射準備!」


 水中のエクスカリバー14がヴィクトリアの合図で形を変える。


 背面環状に並んでいた小型ボックスがレールに沿って3つに集合。

 固まったレーザー推進装置はアームによって前方に回り込む。

 そこでもう一度ボックスたちが広がるが、今度は同じ環状でも内と外の二重構造に並ぶ。

 ボックスの数は内が5、外側が8だ。

 それらが回転を開始する。モーメントを打ち消すように内外が逆回転している。



 地上では安全ポールに囲まれたフィフスの頭頂部が開き、大きな受信機を露出させる。


「ブレインパルスリンク、本体との接続を始めマす」


 そして、巨大な光柱がサンニッチ島のピット傍に落ちた。

 着弾点は第五の聖剣フィフスである。


 ラフィーが驚き叫ぶ。


「なによあれ!?」


「視認できるほどの強大なブレインパルスリンクよ。

 自我を得た人工知能のフォロワーが自分の中で貯めていたブレインパルスをリンク先に送ったの。

 つまり、わ・た・し・に」


 ウィンクが茶目っ気たっぷりに弾ける。



『脳量子波受信』

『機能正常稼働』

『力場変換用意』

『聖句詠唱開始』


 フィフスの胴体と両肩にスピーカーが現れ、四人の男性声が流れる。

 機械体だからこそできる一人合唱だ。

 ティンパニや木琴、弦楽器の音も入る本格的な歌唱である。


『輝くつるぎ、光たる刃。

 遠き日に聖別された白銀の灯火。

 厄災たる巨星さえも焼き砕く烈波。

 そのこそが第十三聖剣サーティーン

 エクスカリバー十三世サーティーン!』


 四部合唱で朗々と歌われる。

 これはフォロワーの応援だ。


 イノガロイドが受信したブレインパルスをAFエクスカリバー14に転送。

 莫大な量のブレインパルスによって機体を金色に輝かせながら、同色の粒子をほのかに放つ。


「イナーシャルアウトリガー固定。

 ホイール回転臨界。

 発射準備よし!」


 エクスカリバー14が停止して、慣性機能で空間固定される。

 もはや逆回転に見えるほど高速で回転する二重のレーザー発信器。


 中心に輝く光球が形成され、



「エクスカリバー、サーティーン!


  最大照射ファイヤー!!」



 キュゴッと海水が急圧縮の嘶きを鳴らす。



「うそっ!」

「ここで!?」

「なにごと!?」


 エアリエルたちが驚愕する。



 第一海中ディビジョンから、大海を割り、天空を裂く、巨大な光の剣が突き出された。


 烈光はサーキットの半分以上を襲い、大勢のエアリエルに大ダメージを与える。



 エクスカリバー14に搭載されたエクスカリバー13は、宇宙用の超大型質量焼却除去装置の一片である。

 元々はラウンドランド領地内の各所に設置された防衛兵装。

 隕石や遊星がラウンドランドに衝突予測された時や、海賊野盗の類を撃退するために使われている。


 本来のエクスカリバー13は一つの砲門ではなく、1万個近くある大小のレーザー発信器の集合体だ。


 レーザーというのは照射側より着弾側の方がどうしても熱量が落ちる。

 それをカバーするための多連装連携型レーザー照射装置だった。


 様々な理由から取り替えられた発信器の内、まだ稼働できる13機を拝借したのがエクスカリバー14の必殺武装だ。

 推進機としての使い方が後付けの補助的なものである。

 当然物理的にも制御的にも恐ろしく嵩張るので、武装がナギライフルだけになるのも頷ける。


 また本来は目標へ向け数時間から数日間にかけて照射するレーザーである。

 それを瞬きだけでは、元が遊星すら蒸発させる無数のレーザー郡も行使できる出力は8000万分の1程度だ。

 それでも舞い飛ぶエアリエルたちに、大打撃を与えるのに十分な力を誇っていた。

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