02-10. SPD本戦開始‼

 サウスパークディメンジョン本戦当日。

 本戦前の練習走行も平穏無事に終わり、いよいよ本番の時間となった。



 サウスパークディメンジョンのスタート形式は、昔ながらのグリッドセット。


 ピットロード前に描かれたセットラインに合わせてAFがずらりと並ぶ。

 1機ずつ左右に振れながらなのだが、各チームのスタッフも最終調整に詰めかけており、この時間は過密常態だ。


 その光景を最後尾から眺めるラフィー。


 前回のEEGPでは余裕もなかったし、ランディングスタートだったので気にしながった。

 だが今は、26機のアエロフォーミュラが並ぶ壮観な眺めに強い威圧感を受ける。


 『天空の乙女アプサラス』となるには、気炎上げて陽炎に揺れる彼女ら全員を乗り越える必要がある。


 それも一度だけではない。

 最低でも『四大大会グランドスラム』に出場するエアリエルたちから勝利をもぎ取らなければならない。


 目の前の景色を、断崖と錯覚しそうになる。



「おい。表情が硬いぞ。大丈夫か?」


 チーフエンジニアのヌルフネットがラフィーの顔を覗き込む。


「な、なによ。あなたに心配されるほどじゃないわ」 


 つんっとそっぽを向く。


「今は固定ラックで絞めてないんだから、気安く動くなよ」


「わかっているわよ」


 スターティンググリッドに出ているので、無人のマシンドレスを立たせるセッティングラックに固定されていない。

 膝立ちに前傾で両手を地面に付く待機姿勢の状態だ。

 下手に動くと、周囲で作業しているクルーにぶつかってしまう。

 ラフィーはアルス・ノヴァを装着したままじっと開始の合図を待つ。


 焦らされてる気持ちも威圧感を強くしている要素だろうとラフィーは考える。

 それなら、押される気持ちを覚悟で押し返してレースに挑むんだ。



『スタート10分前です。整備要員はコース上より退去してください』



 アナウンスが入り、いよいよその時が迫ってきた。


「焦りはしているが、狭窄きょうさくになるほどじゃないみたいだな」


「大丈夫だって言っているでしょ」


 ラフィーは繰り返し問いかけてくるヌルフネットに煩わしさすら感じ始めた。


 それでもヌルフネットは話しかける。


「安心したよ。応援しているからな。頑張れよ」


 最後にラフィーの頭をぽんと手を当て、整備機材を持って去っていった。


 急に見せた柔らかな対応に毒気を抜かれる。


「スタッフがエアリエルを応援するのは当たり前でしょ。今更何よ。

 その程度で仲良くなれると思ったら大間違いなんだから」


 ラフィーはつんつんと小さな怒りに尖った。

 そして微笑む。


 うん。

 誰かに背を押してもらえると、気持ちが引き締まる。

 やってやろう、成功せさてやろうと気力が湧き出る。


 これはブレインパルスだけの話じゃない。

 現実にもそうなんだとラフィーは強く思った。




『スタート3分前です』



 カウントダウンは進む。

 整備要員たちの忘れ物落とし物がないかのコースチェックが終わり、スタート合図のフラッガーがコース横の立ち台に登った。



『スタート一分前です』



 スターティンググリッドに並ぶエアリエルたちが静かに、だが確かに緊迫の空気を吸い込んだ。


 中空に大きく3つのスタートシグナルが点灯する。


『3』


 一つ消え。


『2』


 二つ消え。


『1』


 スタートシグナルが枠表示だけになる。


 フラッガーが大きくチェッカーフラッグを振り回す。


『0』


 瞬間、コースに並ぶ全てのAFが地上から解き放たれる。



『第29回サウスパークディメンジョン、スタートです』




 立ち上がりは事故もなく行われた。


 中位で数人の順位交代があったぐらいで、第一飛行ディビジョンの第一コーナーまでには隊列が整えられる。


 先頭集団はグリッドナンバー通りにトリシャ、ルカイン、ジャーニと固まっている。


 トリシャは急いで引き離すより、ルカインの様子を見ながらコースラインをブロックすることでレース展開を掌握しようとする。


 一方で黒いアルス・マグナは急加速して、いきなり150ワンフィフティソードによる近接攻撃を仕掛けた。


「おおっと、これはやる気ね」


 トリシャはナギライフルの大型バヨネットでこれを受け、近距離での射撃で追い返す。


 エクスカリバー14の武装は、ライフルのストックをポールに付け替えた槍型の遠近両用武器である。

 銃身の半分ほどもある大型銃剣を装着した、なかなかに個性的なものだ。

 背部に独立レーザー推進機を装着しているので、その分武装の重量を下げようと苦心した末の複合機能化だった。

 なので、こっそりとラフィーが持っている新型ビームセイバーを狙っているのは内緒である。


 対し、ルカインのアルス・マグナが装備しているのは150ソードとAK46マルチライフル。

 オーソドックスな構成で面白みがないが、機体RHFの能力を鑑みれば十分な武装だ。




 トップの衝突に触発されたエアリエルがいる。


「ただでさえ色被りなのに、これ以上目立てられたら立つ瀬がない!」


 眼帯型のヘッドセットを付けたセオドア・ロイロフスキーがブラックカラーのグラオザーム・ヴェヒターを飛ばす。


「あはっ。なんか情けない声がしたよーな」


 ビームランチャーの牽制と笑い声が同時にやってきて、セオドアの加速を邪魔してくる。


「ええい、またお前か。かしまし三巨頭の一角め」


 イリソンのライジンシーカーが、セオドアの背後に近づいていた。


「かしまし? ってなに?」


「お前とラウンドランドのナスカッサ殿と……」


「ストーップ! 嫌な予感がするから最後まで聞きたくないっ!」


 ビームランチャーを惜しみなく照射して黒髪ポニーテールの口を閉じさせる。


 セオドアはとても焦った。


「小競り合いにかまけている場合ではない。

 今回の新人を下し、黒が一番似合うものは誰か明白にしなくては」


「弱いものイジメは良くないっておかーさんがいってたぞ」


「……トップを争っている者が弱いわけないであろう」


「あ、そっか」


 納得するイリソンを無視して加速しようとしたセオドアを、三度ビームランチャーが足止めする。


「今度はなんだ!?」


「単純に攻撃だよ」


「序盤から弾薬に出し惜しみがないぞ。

 相変わらずペース配分も考えず使っているな」


「えーと、そんなことないよ」


 視線を逸すイリソン。


「牽制攻撃とは、こうするのだ」


 背中から両手剣ツヴァイハンダーを抜き放つグラオザーム・ヴェヒター。

 ライジンシーカーに向いてしっかりと構える。


「それって本気じゃないの?」


「ここで落とすも一興なり!」




 中団の喧騒とは別に、先頭も注目の的だ。


 トリシャたちはいよいよ最初の海上ディビジョンに差し掛かった。

 各々おのおのにスタビライザーを伸ばし海面に差し込む。


 唐突にアルス・マグナが海中に潜った。

 寸前まで居た場所にビームランチャーが照射される。


「あら、そこまで予習されているなんて勤勉ね。イリソンも見習ってほしいわ」


 攻撃したのはジャーニのAFライジンストライカーだ。


 浮上したルカインは返事もせずにトップを見据える。


 その様子を見てジャーニが警戒に目を細めた。


「胆力も集中力も十分、さすが事前会見をするだけあるわね」



 海上ディビジョンではこれまでの飛翔と違う部分が多い。


 一つに海面接水の抵抗があるが、これの発展に機動の制限がある。


 つまり海面から離れなれないために、”上”へ避けることができなくなる。機動が二次元気味に制限される。

 ルカインのように海中に入るのならコースアウトの判定はでないが、それはそれで速さが犠牲になってしまう。


 この場合ビームランチャーのような照射範囲が広い武器や、大型手持ち武装の薙ぎ払いが高い意味を持つ。


 単純に飛ぶ場所が変わったというだけではなく、それぞれのディビジョンに合わせた戦術というのがあるのだ。

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