02-08. Bluegale

 多くのレースは予選と本戦に別れている。


 予選は基本タイムアタックだ。

 指定されたサーキットコースを一周して、その時間を競い合う。


 本戦のスターティンググリッドは、タイムアタック順に決まるので非常に重要だ。


 またタイムアタック間は追い越し禁止。

 なので、一度にコースを飛ぶ機体の数は限られる。


 早い時間ではいているサーキットも、昼前には順番待ちでピット待機が増える。


 これは申し込み順で、呼ばれた時に飛べなければ容赦無く最後尾にまわされてしまう。


 予選に挑むエアリエルたちにとって、待ち時間も戦い一つなのだった。


 ひとによってはミニライブを行いフォロワーを盛り上げたり、じっと神経を集中させて出番を待つこともある。



 そして、時折考えられない行動に出る人間もいる。



「やっほー、遊びに来たよー。

 ラフィーちゃーん」


 とてつもなく軽いノリで、薄緑のジャケットを来たイリソン・トノメマが7番ピットにやってきた。


 セキュリティラインを越えそうになったところで、ビーッとアラームがなった。


「おっと。ここまでか」


「ちょっと! なんなのあなたは?」


 隣のピットのトリシャは今タイムアタック中で居ない。

 ヌルフネットが代わりに前に出る。


「レース中に他のチームに入ろうとするなんて、噂通りの悪童だな」


「おじさんに用はないんですけどー。

 単純に新人ちゃんとお話しようとしただけじゃーん。

 トークのID交換したりさー」


「そういうのはオフの時にやれ」


「ルカちゃんのところにも行ったんだけど、だーれも相手してくれなくてさー。

 ねーねー。IDこうかんーー」


「聞いちゃいねえな」


 チーフエンジニアがセキュリティスタッフを呼ぼうした時、制止の声が入った。


「こら。急にお仕掛けたりしたら迷惑でしょ!」


 ジャケットの上からでもフィクスチャーと解る盛り上がりを持ったエアリエルだ。


「うわ。おかーさん……」


 途端にイリソンが大人しくなる。


「ごめんなさいね。

 この子ったら歳が近い子が増えたから嬉しくなっちゃったみたいで」


「そんなことないもん。

 ドアっちとかが全然話が噛み合わないだけだし」


 イリソンが女性を下から睨みつけるが、どこ吹く風だ。


「それならみなさまに謝りなさい。お邪魔してごめんなさいって」


「ご、ごめんなさい……」


 渋々という感じが見え見えだった。


「ワタシからも謝罪いたします。

 この度はウチの娘がご迷惑をおかけしました」


「おう。わかってくれるんだったらいいよ」


 ヌルフネットの相好が崩れた感じに、ラフィーの機嫌が斜めになる。


「急に来て、急に収めて、あなたたちは何がしたいのよ。

 母娘でエアリエルみたいだけど、そんなのありなの?」


「ラフィーさんはワタシたちのことをご存知ないのですね」


「あれ? ラフィーちゃんもルカちゃんの会見会場にいたじゃん?

 ワタシもアニマロイドなのは聞いていたでしょ」


「え?」


 普通に驚く。

 イリソンはあの会見会場で自分を見つけていたのか。


「こういうことが出来るのが有機人造アンドロイド、アニマロイドってこと」


 悪戯の成功を嬉しがるようにイリソンが笑う。


 なるほど、これだけの視認能力があるなら一人で偵察に出されるわけである。


 母親のジャーニが解説を重ねる。


「ワタシたちは長くアニマロイドとして続いている家系なのです。

 起源はエスメカランの開拓初期にまで遡れます」


「どーだ、すごいでしょー。

 今はワタシとおかーさんで最強チームを組んでいるんだから」


 ブイサインするイリソンのブレスレットにコールが入る。


「ほら、順番が来たわよ。急いで戻りなさい」


「はーい。それじゃラフィーちゃん、IDの交換はまた今度ね」


 ジャーニは丁寧に頭を下げ、ラフィーとヌルフネットに礼をする。


「今回のお詫びはまたいずれ。

 それではワタシもこれにて」


 嵐のような勢いでアニマロイドの母娘が去ってゆく。


「なんだったのよ。あれ」


「娘の方は、難しこと無く嬢ちゃんと仲良くなりたかっただけかもしれないな」


「いままで付き合ったことのない類型だから、対処の仕方がわからないわ」


「ほう、もしかして結構箱入りな感じなのか。

 嬢ちゃんぐらいの歳なら、生意気ざかりなタイプは一人ぐらい知ってそうだけどな」


「どうせわたしは世間知らずよ!」


「怒るな怒るな。

 俺たちも出番が近いぞ。準備を始めよう」


「なにかごまかされた気がするわ」


 腑に落ちないもやもやを首を振って取り払うと、ラフィーはアルス・ノヴァに乗り込んだ。




 予選も午後に入りタイムが大方出揃ってきた。


 今回は新鋭のルカインがトップを取り話題になっている。


 事前会見をするだけあって、力の入れかたが違う。

 ピットへの取材もすべて断り、完全なブラックボックスとなっている。


 誰もがルカインのレコードを抜こうと必死にタイムアタックを繰り返す。


 次点に控えているのは、ジャーニ・トノメマだった。


 ジャーニは今回のサウスパークディメンジョンにおける年長で、年季の違いを見せて黒い新風に食らいついている。


 だが、いま一歩届かない。


 誰もがこのままルカインがポールポジションを勝ち取ると思い始めてたい。




「そうは問屋が卸さない。

 簡単に話題をさらっていくのだけは避けたいわ。

 ってことで、ラフィーはもっと頑張りなさい!」


 チーム・マッハマンの7番ピットで、トリシャの発破が飛ぶ。


「当然よ。

 わたしは相手が誰だって引く気はないんだから!」


 負けじと言い返すラフィー。


「そこで現在のラフィーの順位を言ってみてください」


「……ぐぅ。さ、最下位よ」


 これ以上ない苦い顔つきでラフィーが言い淀む。


「ここで作戦を一つ変更します。

 ラフィーはとりあえず完走すること。

 私のフォローとかやっている場合じゃないわ」


「でもでも、それじゃあせっかくチームに誘ってもらったのにっ……!」


「ナスカッサの枠が完全に消えることに比べれば安いものよ。

 ラフィーがEEGPでトップを飛べたのは、偶然の産物なのはわかっていたいことだし」


「わたしはルカインと戦うためにここに来たのよ!」


「足元にも及ばない相手に挑む気概はいいけど、実力で大差あるエアリエルを指名するのはただの無謀と言うの」


 怒りに歯噛みする金髪ツインテールに向けて、ヴィクトリア王女がウィンクする。


「焦らないで。

 やれもしない結果を出せと強要するつもりはない。

 王国だってきちんと取り扱いを教わった工具しか渡されないし、わたしはここでも同じ考えでいるわ」


 ちょうど隣のピットからクルーがトリシャを呼びに来ていた。

 予選タイムアタックの順番が巡ってきた合図だ。


「真に無茶無理無策じゃないものを見せてあげるわ」


 サムズアップした『勤労王女ロイヤルプロレタリア』が自分のAFに乗り込んだ。



 エクスカリバー14はコースに出るとまずは一周する。


 メインストリートに戻り、タイムアタックが始まると急加速を開始。

 増速した勢いを殺さずに海上ディビジョンでスタビライザーを伸ばす。

 飛行ディビジョンとは違い、目に見えて減速するエクスカリバー14。

 だがそれでもかなりの速度を維持していた。


 何か秘策があるのかとラフィーがトリシャを凝視する。

 今の所力技で進んでいるように見える。


 一回目の潜航ディビジョンに入り、さらに速度が落ちる。


 ラフィーはタイムと見比べて、わずかにエクスカリバー14が先んじていることを見つけた。


 今でとなにが違うのかさらに注意してみる。


 海中を泳ぐエクスカリバー14の周囲に、ぽっと光が出て消えるのがわかった。

 それも一回ではない。何度も点滅を繰り返している。


「あれはなに?」


 疑問に答えてくれたのは、イノガロイドのフィフスだった。


「あれがエクスカリバーの機能、独立レーザー推進デす。

 空中であれば可視化しずらいレーザー推進も、水中ならああして発光が見えるのデす」


「トリシャはブレインパルス以外の推進力を持っているのね!」


「はい。EEGPのラフィー殿が使われていたボードのようなものデす。

 発信元は背後の環状に取り付けられた複数のボックスになりマす。

 あれらを必要な時に的確な照射をすることで、微加速を繰り返しているのでスよ」


「そんな繊細な作業を飛翔や航行と同時にできるものなの?」


「出来マす。

 あの王女殿は行えるのでスよ。

 それでこそ我らが主ラウンドランド王家の血を引きし者。

 『蒼き旋風ブルーゲイル』なのですカら」



 王女が出したタイムは、コンマ以下を争いルカイン・プナグストに勝利した。

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