01-20. 輝く新星

 白い風が赤い鏃を猛然と追いかける。

 強力な三枚の翼は、再びの謁見を申しつけるのに十分な力を持っていた。



 ラフィーからファナタへ話し掛ける。


「今度は私の番よ。女王はこちらで引きつけるわ。マグンダラ先輩は先へ」


「………………ふふふふ」


「割と怖いから、その意味深な笑いをやめてもらえませんか」


 引いた様子のラフィーにファナタが返す。


「お気遣いありがとうございます。

 協定終結まで残り数ラップ。お互いに励みましょう」



 すかさず2機の進路を塞ぐファイアボルト。


 ラフィーはサイドを曲射で抜けるイメージで、手持ちのサーフボードを振るう。

 深緑のアエロAフォーミュラFは素直にグリップを放し投げられた。


 ファナタのディスカーゴをファイアボルトがライフルで狙う。

 二人の間に急加速したラフィーが割って入る。

 更にサーフボードを構えたアルス・ノヴァが急制動で体当たりを敢行。


「……っ!」


 さすがのナーサも避けきれず衝突する。


 この隙きにファナタが増速して、先頭のサトリ・アメカジを追う。


 ナーサは苦味を噛み締め150ソードでサーフボードを切る。

 帰ってきた感触は硬く、ラフィーが持つサーフボードは健在だった。


「なんなのよっ! 脆いのか堅いのかはっきりして!」


 戸惑いを叫ぶナーサ。


「はぁーーーっ!!」


 逆にラフィーは、ここぞとばかりにサーフボードを振り回し殴りかかる。


 今ラフィーが持っている三号機は、試験機の中で一番頑丈に作られていた。ちょっとやそっとの衝撃は気にならない。他のボードに比べて重さもある。


 バランスの観点から背部への接続を見送られ、こうして手持ち武器と化しているのだった。


 武装の長さと大きさに、ナーサは若干の不利を感じた。

 射撃の間合いに離れようとしても、加速度ならアルス・ノヴァに分がある。

 必要な一歩が計り取れない。


 絡み合う赤と白の争いを背にして、冥府の渡し守が進む。


 2位につけたファナタを、フォロワーたちのブレインパルスが押し上げる。

 彼女へ向けた加護詠唱の声援が一つに重なる。なんなら護摩をたく勢いだ。

 彼女がトップで接戦を行うことは稀だ。ここで応援しないわけがない。


 追ってくるファナタをサトリが一瞥する。


「来たな。『冥王の寵児タイニーカロン』」


「お礼参りでーす」


 コンバットナイフを抜き、シャドーエイリアスに斬りかかる。

 『双影』カウンターニンジャはあっさりと手持ちの巨大手裏剣ベイブレードであしらう。

 体勢を入れ替えて、ベイブレードを投げ放ちファナタに蹴り返す。

 高速で2機の周囲を回ったベイブレードは、ファナタの背後を狙う。


「さすがに見えてますよ」


 ファナタもノールックでベイブレードを避けた。


「背中のラルカンシェルは弱点でもあるのですから、当然守りは堅いのです」


「知っている」


 先の格闘戦でもファナタは背中への攻撃を許さなかった。

 サトリはその状況で押しきれない自分の力量を悲嘆する。


 自分は近接が得意と言われているが、他のエアリエルたちと絶対的な技量差があるわけではない。

 ファナタのヒットポイントを大きく削ったとしても、有効な打撃を与えられていない。

 年長のファナタが多くの飛行時間をもっていたとしても、これは看過できる結果ではない。


「今度こそ」


 吐息荒くしかし冷淡なままに二つ目のベイブレードで挟み撃ちにして命中させるサトリ。

 ファナタはコンバットナイフで直撃を凌ぐ。


 熱い自分と明るく笑うファナタ。

 どうしてこうなったのだろう。

 でも不快ではない。

 普段と違う自分たちの温度が心地よく、サトリの表情が少し和らぐ。


「あの子の影響が強いと仰るのも解ります。

 自分でも驚いているほどですから」


 意を決してファナタが紫影に背中を見せる。


「なに!?」

「ですから……!」


 渡守りが背中に分割セットされている超大型フォールディングバトルライフルを解き放つ。

 一瞬サトリは浮いているベイブレードを取るか、機体を突き込むか迷った。


 格好のチャンスだった。

 だから戸惑った。


 瞬きより先に、ファナタが何を考えているかを探る前に、攻撃を優先するべきと決めた。

 そんな旋回気味の蹴りを、ラルカンシェルの前砲身パーツが遮った。

 二度目の驚愕。

 つまりファナタの腕にあるのは未完成のバトルライフル。


「女王、墜したり」


 その状態で後方で揉み合う二人を照準。

 迷い無くトリガー。


 拡散気味で威力低減はあるが、不意の狙撃が赤の女王を貫く。

 念入りに2発も穿たれる。


 サトリは今度こそ、無防備な背中を晒すディスカーゴを戻ってきた二輪のベイブレードで切り刻む。


「今度は貴方がラフィーちゃんとお話する番です。

 後で感想を聞かせてくださいね」


 ファナタは笑いながら、ナーサと共に海に下っていった。




「なにしてくれるのよ!

 あーあーもう、メチャクチャよ!」


 ヒットポイントを全損したナーサが、心の憤りをそのまま大声に変換する。


 アエロAフォーミュラF赤い鏃ファイアボルトがレース資格を失い、ゆっくりと海面に向けて降下してゆく。

 すでに設定されたコースから外れているのに、アウトアラームが鳴らない。


「おつかれさまですー」


 同じく失格判定のディスカーゴがファイアボルトに近づいてくる。

 ヒットポイントを失い出力制限を掛けられているが、機体が損傷していなければ自力飛行での帰投は行える。


 こうして海面近い低空をのろのろと二人して飛ぶ。


 先に切り出したのはナーサだった。


「あなたが組み立て銃の未成撃ちなんて、初めてじゃない。

 そんな前情報なんて無かったし。

 練習なしの一発本番で決めたわね」


「はい、そうです。

 進歩するなら機体を調整する程度だけではなく、なにか新しいことを始めなければと思い至りまして」


「白い子の影響かしら」


「ラフィーちゃんに感化されてちゃいました。ふふふふふ」


 笑うファナタに、渋い顔のナーサ。


「このグランプリGPで落ちるつもりなんてなかったのに、年間計画から練り直しじゃない」


「それでしたら、一つ提案なのですが。

 レースが終わりましたら、合同で公開ミーティングを行いませんか?」


「あの子を呼んで、反省会の皮を被った実のお披露目会をしたいのね」


「そこで謎の新星ラフィーちゃんの全貌を暴いてやりましょう。

 根掘り葉掘り質問しちゃいますよ。

 『天空の乙女アプサラス』の縁者関係など、怪しい噂に白黒つけるのです」


 思い深く微笑ほほえむファナタ。


「本当に今日のレース本番で知り合った仲なのね。

 ファナタもある程度の目標とか目的とか聞いてないの?」


「ですから、尚の事ラフィーちゃんとお話したいのです」


「わかったわ。ミーティング会場はこっちで抑えておく」


 小さな仕返しに少し機嫌を直した女王は、片手間にホテルの大ホールをリザーブした。


 しかし、二人のささやかな願いは叶わなかった。



 強豪二者の脱落によって、AFアルス・ノヴァとAFシャドーエイリアスによるトップ争いは激化する。


 二人ともに瞬発力を得手とする機体性能を持っている。

 加速力ではグラビリティサーフボードを使うラフィーが勝るが、全体の能力はサトリの方が高くまとまっている。


 足を止めた格闘戦よりも、先に進むことを選んだ二人は有利なコースラインを強引に奪い合う。

 激しく相対位置を入れ替え、熱い火花を散らす。


 何度目かになるベイブレードの投擲を三号ボードでガードしたラフィーは、予測される飛行ラインを更に鋭くする。

 シャドーエイリアスと諸共に砕け散る覚悟でコース取りに出るラフィーへ、ピットから制止が入る。


『お嬢。さすがに無理のしすぎだ』


「こっちには有効な武装が無いのよ。

 アメカジさんも射程の有利を理解しているから、休まずに手裏剣を投げてきてる。

 ここはボードの力を使って強引にでも行くべきなの!」


『……武装は無いが、武器ならある』


「あるなら早く言いなさいよ」


『今現在のアルス・ノヴァ本体には、サーフボードとの兼ね合いで操舵用にリミッターがかけられている。

 開放すればボードに頼らずとも超加速が可能だ』


「つまり、この3枚のボードは使い潰してもいいのね?」


『できれば無事に試験を終えたいんだがなあ』


「わたしにボードを勧めた時に諦めておきなさい!

 だいたい叩き板の三号機はもう限界よ」


『モニターで見てるから知ってるよ』


 直人の呻きが聞こえる。

 サーフボードの三号機も堅いとはいえ、何度もアエロAフォーミュラFの武装とぶつかるようには作っていない。

 ダメージにより推力減衰効果も掛かり、三号機は完全に手持ち武器と化していた。

 なればいっそと飛来してきたベイブレードを全力で殴打する。


「あっ……!」

「ちぃっ」


 意図せず両者が砕け散った。

 ここでサトリは目を見開き、攻め立てる好機と見た。

 残ったベイブレードも投擲する。

 狙いはアルス・ノヴァの背部グラビリティサーフボード。

 ファナタと違い、撹乱に急旋回した手裏剣に対処出来ず左四号機に命中。深々と突き刺さる。

 獲った手応えに薄く笑む『双影』カウンターニンジャ

 対し新星は両翼を切り離し、機能が残った二号機を打ち出す。

 反応を許さない速さで突き返してきたサーフボードに、シャドーエイリアスが姿勢を崩す。


 ラフィーが叫ぶ。


「リミッター開放っ!

 べ! わたしの超新星アルス・ノヴァ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る