01-06. 夢へのボードランディング

 高速で上昇するアルス・ノヴァ。


『聞こえるっすか。お嬢さん。

 そろそろボードに乗ってみてください』


 地上のピットガレージから元康の通信が入る。


 ラフィーは目標高度に到達するのを確かめると、両腕で握っていたボードを放す。

 次にボードの上に立つように両足を乗せてロック。

 ボードの制御系をオンラインにして、システムを起動させる。


「これで使えもしない物だったら、絶対に許さないんだから」


 悪口あっこう呟くラフィーへの反論か、唐突にぐっと加速重圧がアルス・ノヴァに掛かった。

 アエロAフォーミュラFが自動で外骨格部の調節と固定をして、エアリエルの体幹バランスを保つ。


『こちらでも稼働を確認しました。

 グラビリティサーフボード、ドライブオンっす』


 サーフボードのサイドからサブウィングが開いて、本格的な運転が始まった。

 全力全開で加速するサーフボード。

 一瞬で音速を超える。

 ボードの先端にソニックコーンが発生した。


 それはラフィーが初めて経験する感覚だった。

 アルス・ノヴァ単体で飛翔するより、ずっと速い。


 AFを装着していなければ身を守ることが不可能なほど、殺人的な加速だ。


「きゃああーーーっ!!」


 堪えきれずラフィーは悲鳴を上げてしまった。



 これこそが、直人たちのラボラトリーが研究開発している重力線を利用した新型のパルスリンクドライブである。

 ラボ内での仮称は、グラビリティサーフドライブ。


 通常のイオンドライブは、電力による電荷変位を利用した推進方法である。

 一方でグラビリティサーフボードに搭載されているGパルスドライブは、内部に発生させた電荷変位場で中空の重力線を乗り滑り落ちる。


 サーフボードが波乗りするのは重力線なので、電荷変位場のプラスマイナスを逆転させれば”上へ落ちる”ことも可能だ。


 Gパルスドライブの規模を大型化させれば恒星間航行にも対応可能であり、パルスリンクドライブと同じく高い比推力を目的に研究開発している最新鋭技術である。


 ラボラトリーの思惑としては、最初は個人が乗るサイズのモデルで試作して、ゆくゆくは大型航宙船の新動力へと規模を広げる算段だった。


 なのだが。

 無人機での立証テストを終え、搭乗型試験機を作製している段階でジョージが気が付いた。


「こいつって、生身のままじゃ高加速時の試験に耐えられないんじゃね?」


 おう、しっと。

 実に盲点だった。


 緊急に対策が話し合われたが、グラビリティサーフボードに何をしようとも解決できそうになかった。


 Gパルスドライブは重力線に乗って動力落下する。

 そのため小型のドライブでは、繊細な制御を行うのは難しい。

 例えば、自動車には下りの坂道でも止まることが出来るブレーキがある。車体にブレーキ機構を積むだけの大きさと余裕がある。

 だが、ただのソリに制動装置などありはしない。単純に滑り降ちるだけの乗り物だ。


 そこでラボでは、搭乗者の身を守る方向で考えることにした。

 では、どの程度の防護が必要なのか?


 具体的に試算した結果、アエロAフォーミュラFを装着すればグラビリティサーフボードの評価試験に耐えられるというものだった。


 新型エンジンの試験をするのに、従来のパルスリンクドライブを必要とする。

 小噺の落ちに使われそうなネタだ。


 実験のためにAFを購入しようにも、AFは循環シャトルを小型化したものだ。

 決して安いものではないし、簡単に入手できる代物でもない。

 無名新人のラフィーが新鋭機アルス・ノヴァを手に入れられたのは、設計図を持った上で強大な財力の後押しがあったからだ。


 AFを有するエアリエルや、その所属事務所に試験協力の掛け合いもしたが、返事は芳しく無かった。

 海の物とも山の物とも知らない研究技術に懐疑的だからだ。


 それでなくとも、エアリエルの活動は商業的な意味合いが強い。

 実験に協力してもリターンが曖昧なのでは、当然の判断といえる。


 グラビリティサーフボードは試作機が作られたものの、研究と実験は一時頓挫してしまった。


 このような前置きがあり、直人とラフィーの邂逅がなされたわけだ。



 なので、直人以外のメンバーも色々な思惑を秘めている。

 単純な金銭的な報酬以外にも、このテストチャンスを逃すまいと考えている人間もいたりする。


 新しく雇ったピットクルーが面従腹背気味なことをつゆとも考えないラフィーは、悲鳴を上げながら空へ落ちていた。


「なによこれっーーー!!」


 落下の恐怖に叫ぶ。

 仕様書には急加速の一言で済まされていた。

 加速圧がAFの慣性制御を抜けるなんて聞いていない。


『おお、ちゃんと飛んでる。なんか感慨深いな、ジョージ』


『だから言っただろ、直人。試験するにはAFが必要だって』


「バカなことを言ってないで、なんとかしなさい!!」


『安心してくださいっす、お嬢様。

 マニュアルを思い出してください。

 AFからサーフボードへの電力供給を切れば、加速は止まりますよ』


 元康の言葉通りに操作して、Gパルスドライブの電荷変位場が停止する。推力を止めたアルス・ノヴァが慣性飛行に入った。


『とりあえず、またもやコースマーカーから離れすぎだから、まずはサーキットに戻ってくださいっす』


 ラフィーは空中に浮かぶコースマーカーを確認してアルス・ノヴァを飛翔させる。

 ついでに足元のボードを踏みつけ怒る。


「な、なんて欠陥品よっ!

 よくも騙したわね」


『お嬢、覚えているか?

 オレは一番最初に、加速性能なら現行のAFより速いと言っただけだ。

 加速度だけならな』


「それ以外は保証しないって言うわけね」


『文句は各種統一理論に言ってくれ。

 何はともあれ、高度差が激しいストレートなら通常のパルスリンクドライブより速いんだ。

 あとは使い方の問題さ』


「確かに上昇のタイムは縮められるでしょうけど……」


 ラフィーの声音には怒りが練り込まれている。

 しかし直人の面の皮には刺さらない。


『お嬢にはフォロワーのパルスリンク供給が無いんだ。

 贅沢は言ってられないぞ』


「わかっているわよ!

 ようは使いこなせばいいんでしょ」


 憤慨やるせないラフィーにジュネルフが声をかける。


『大丈夫。お嬢様ならできる。

 加速はボードに任せて、アルス・ノヴァは姿勢制御に集中する。

 切り分けをシンプルにすればいいんだ』


「こうかしら?」


 次のコースマーカーを目指して、アルス・ノヴァがスラスターを勢いよく吹かす。

 現在のアルス・ノヴァはサーフボードを装備しているので、機体バランスが偏っている。


 実に見事なローリングをするはめになった。

 ぐるぐると回る白いAF。


「きゃーー!」


『焦ってはダメだ。

 先程の発進を思い出して。

 スラスターは急に吹かすのではなく、深呼吸するようにゆっくりと吐く』


 ジュネルフのアドバイスを聞いたラフィーが状態を立て直す。


『良い調子だ。

 さあ、次のマーカーまでは少し距離がある。

 もう一度サーフボードを使ってみよう』


「やっぱりこの板を使わなくちゃダメ?」


『ここでレースを放棄するなら構わない。

 お嬢様はよくやった。もう諦めていい。

 Gパルスドライブの試験データはほとんど取れていないが、お嬢様の心が挫けたのなら仕方がない』


「だ、だれが諦めたですって。

 見てなさい。一気にコースレコードを取ってあげるんだから」


 見栄を切ってラフィーが再びグラビリティサーフボードを始動させた。


 二度目となる超加速。

 もう驚きはしないが、AFを着ていても感じる加重に歯を食いしばる。

 コーナー前でGパルスドライブを止めて、アルス・ノヴァのスラスターで進行方向を曲げた。

 白いAFが空中に浮かぶコースマーカーの示すサーキットゾーンを飛ぶ。


「どう、見たでしょうっ!

 これがわたしの実力よ」


『サーキットコースはまだまだある。

 一度うまくいったからといって気を抜かない。

 次にボードを使う箇所と、旋回半径の予測を急げ』


「言われなくとも!」


 ラフィーが意気高く叫んだ。



 直人がマイクをオフラインにして、ジュネルフに話しかける。


「ジュネルフさんや。

 ちょいと確認するが、意図してお嬢を煽っているだよな」


「煽るとなんだ。

 私は自分に出来る限りのアドバイスをしているんだぞ。

 下手な勘ぐりはやめてくれ」


「マジっすか」

「マジだねえ」


 元康とジョージは二人してつぶやいた。

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