第47話 無駄な抵抗




 会わない方がいいと思った。

 だから、領地へ帰るアカリアと男爵の見送りには行かないつもりだった。

 だのに、男爵が「アカリアは傷ついていたなー。この上、見送りにさえ来てもらえないと泣いちゃうだろうなー」とねちねちと責めてくるものだから、結局俺は宿を出てトリフォールド家へ向かう羽目になった。


 今日で、アカリアとはお別れだ。そう思うと胸が痛む。


 でも、これでいいんだ。俺が傍にいなくても、アカリアは誰からも好かれてうまくやっていける。王都に来たばかりなのに既にたくさんの味方がいるしな。


 俺は、アカリアを守れなかった。

 それに、アカリアをさらったナリキンヌ商会は俺と多少の関わりがある。俺がいなければ、ナリキンヌ商会もあんな強引な手は使わなかったかもしれない。

 自分を出来損ないと思っていた俺は、グラスイズ家にいた頃はずっと下を向いていた。だから、ちょっと脅せばなんでも言うことを聞くと思われたのかもしれないな。


 俺に前を向かせてくれたのはアカリアだ。

 アカリアのためならなんでもしようと思った。でも結局、俺がしてやれたのはガラスを創ることだけだ。

 金魚が広まれば、きっと金魚用に透明なガラス水槽を創ろうとし始める職人や『スキル』の持ち主が現れるだろう。なにも、俺にしか創れないというわけじゃないと思う。アカリアに俺が、俺の『スキル』が必要なのは、きっと今だけだ。

 俺は臆病者で卑怯者だから、アカリアに必要とされなくなる前に、別れを惜しんでくれるうちにいなくなりたい。

 ごめんな、アカリア。


 トリフォールド伯爵家の前に停まる馬車が見えた。

 俺は足を止めた。馬車の傍には男爵とアカリアが立っている。


 このままここで見送ろうかな。通り過ぎる時に手を振れば、きっと気付いてくれるだろう。


 そう思った俺の手足を、誰かがむんずと掴んだ。


「は?」


 そのまま勢いよく担ぎ上げられ、俺は目を白黒させた。


 顔を覆面で覆った三人の男達が、俺を担ぎ上げて何故かアカリア達の方へ走り出す。


「頭!捕まえやしたぜ!!」


 いや、ディオン様の声だし。


「へっへっへ。なかなかの上物じゃねぇですかい」


 お前はミッセルだろ!


「活きのいい獲物は大好物だぜ、ヒャッハーッ!」


 まさかのロベルト王子!どんなキャラだ!?


 イカレた三人は俺をアカリアの前に連れて行くとそのまま馬車に詰め込もうとする。

 もちろん、俺は暴れて抵抗した。


「なんのつもりだ!?」


「誘拐です!」


 俺の声に答えたのはアカリアだった。


「キース様は私に誘拐されたのです!観念してください!」

「何を……」


 胸を張るアカリアは、戸惑う俺に言った。


「だって!キース様は私が誘拐されたのは自分のせいだと思ってるんでしょう?」


 俺は息を飲んだ。

 その通りだ。俺がもっとしっかりしていれば、アカリアはあんな恐ろしい目に遭わなくてすんだはずだ。

 だから、俺は……


「だから!私のせいでキース様が誘拐されれば、おあいこです!!」


 ん?


 アカリアの言葉に首を傾げる俺の耳に「きゃーだれかー」とやる気のない叫びが届いた。


「たいへん、ゆうかいよー」

「おそろしいですわねー」

「だれかー」


 トリフォールド夫人とクルトの母親が囁きあい、クルトがこちらを指さしている。

 めちゃくちゃ棒読みだよ!なんだこの茶番!


「おおアカリア、なんとつみぶかいことを」


 アンタも棒読みだよ男爵!


「無駄な抵抗はやめろ!このままゴールドフィッシュ男爵領まで連行する!」


 アカリアが一番生き生きしている。

 俺はディオン様とミッセルとロベルト王子を振り払ってアカリアの前に立った。


「アカリア……俺は」


 アカリアは、きっと俺を睨みつけた。




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