第39話 囚われの少女は桶を並べる




 私はふっと目を開けた。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


「うーん……」


 ここから抜け出す方法を考えていたのだが、どう考えても外の見張りを何とかしない限りは脱出は不可能だ。


 きんちゃんとぎょっくんはまだ戻ってきていない。キース様とは会えただろうか。


「キース様……」


 あいつらは私を人質にしてキース様を脅迫しているに違いない。

 助けを待っているだけじゃダメだ。やっぱり自力で逃げ出さなくちゃいけない。

 さりとて、私は戦えるわけでも運動神経がいいわけでもない。特技とか才能があるわけでもない。

 私に出来ることは、金魚を生み出すことだけ。


 私は高い位置にある小さな窓を見上げた。

 明かり取りの窓には手が届かないし、届いたとしても体をくぐらせることは不可能だ。

 しかし、その窓の外に見える小さな空が、先ほどより僅かに薄明るくなっている。夜明けが近いのだろうか。


 私は改めて辺りを見回した。倉庫なので、いろいろな物が無造作に積み重ねられている。

 何か使える物はないだろうか。

 私は手探りで倉庫の中の物を調べ出した。

 武器になりそうなものがあればいいし、脱出に使えそうな物が何かないかと思ったのだが、どうやら桶のような容れ物や古い食器ばかりで立ち回りに使えそうな物はない。


 食器も器や皿ばっかりで、ナイフやフォークのような武器に出来そうなものは見当たらない。


「どうしよう……」


 落ち着け落ち着け。

 あの連中の狙いは金魚であって、おそらくは私が『スキル』で金魚を生み出していることがばれている。

 私に出来ることは金魚を生み出すこと。その金魚を水面に引き寄せたり、金魚に迫る危機を察知したり、ポイを作ったり、金魚やポイを増やしたり出来る。


 私は自分に与えられた能力を一つ一つ確認していく。

 金魚をこの世界に普及させるために与えられた能力だけあって、実に平和な能力だ。

 脱出の役には立ちそうにない……あれ?

 そういえば、一つだけ、まだ使ったことのない能力がある。

 どういう能力なのか、自分でもまだよくわかっていない。きんちゃんとぎょっくんに尋ねようと思っていたのに、なんだかんだで聞くのを忘れていた。


「どんな能力なんだろう……」


 白み始めた空をみつめて、私は呟いた。





 コツコツと足音が聞こえてくる。

 やがて扉が開けられた。


「お嬢様、食事を持ってきましたよ。他に何か欲しいものは……」


 先ほどの男が室内に入ってきて、私の様子を見て絶句した。


 私はにやりと不敵な笑みを浮かべて見せた。


「ええ。欲しいものがあるわ」


 私は部屋の中にあった数個の桶を自分の前に並べ置いて、それを指さした。


「これらの桶に、水をたっぷり入れてちょうだい」


 私の要求に、食事を持ってきた男は見張りの男と共に目を丸くした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る