第35話 帰途





「本当にお世話になりました」

「こちらこそ。またすぐに来てちょうだいね」

「本当に護衛をつけなくて大丈夫かい?」


 トリフォールド婦人とディオン様にお別れを告げて、私とキース様は男爵家へ帰るため馬車に乗り込んだ。


「やれやれ。ようやく帰れるな」


 キース様がふうと息を吐く。

 確かに、王都に長居しすぎてしまった。お父様が心配しているだろう。


『おうちにかえろー』

『かえろー』


 きんちゃんとぎょっくんが馬車の中でくるくる回って歌う。

 予定外に滞在が長引いてしまったけれど、そのおかげでディオン様やロベルト王子と知り合いになれたし、金魚も予想以上に王都に広がっている。エリサさんとクルトも元気に働いているし、今のところすべて順調だ。

 ゆくゆくは隣国へ金魚を輸出できるように、今後はミッセル氏からもっと商売について教えてもらわないといけないな。

 いつまでもキース様についてきてもらうわけにも行かないんだから、自分一人でなんでも出来るようにならないと。キース様は領地経営の仕事があるし。今回は私の都合で振り回しちゃったけれど、せっかく王都に来たんだから本当はキース様のお嫁さん探しとかするべきだったのでは……

 うん?なんかもやっとする。馬車に酔ったかな?


「アカリア?」

「ひぇっ」


 ぼーっとしていたら顔を覗き込まれて、私はのけぞった。


「どうした?気分でも悪いのか」

「い、いえ!なんでもないです」


 私はわたわたと首を振った。

 うう……イケメンの至近距離ドアップは心臓に悪いのですよキース様!昨日もなんか至近距離で顔を覗き込まれたけれど……っていうか、あれはいわゆる「壁ドン」だったのでは?

 うう〜、やばい。思い出したら顔が熱くなってきた。


「アカリア?顔が赤いが……」

「にゃんでもにゃいです!!」


 私が叫んだ拍子に、馬車が急に停まった。


「なんだ?」


 キース様が扉を開けて御者に尋ねる。


「申し訳ありません。急に前に人が飛び出してきて……」


 御者の言葉に扉から顔を出すと、道にうずくまる人影が見えた。


「ぶつかったのか?」

「いえ、急に倒れ込んだので、病人じゃないでしょうか?」


 キース様が馬車から降りて、うずくまる男性に近寄った。私も馬車から降りてキース様に声をかける。


「キースお兄様、ひとを呼んできましょうか?」

「いや、馬車に乗せて医者に連れて行こう」


 キース様がそう言って男性の肩に手を置いた時だった。


 木の陰からばらばらと現れた人影に、私は声が出ないように押さえつけられた。


「キースさっ……」

「アカリア!?くっ……」


 私に駆け寄ろうとしたキース様を、うずくまっていた男性が羽交い締めにし、布で口を押さえる。すると、キース様の体から力が抜けて地面に膝を突いた。何か薬品が染み込ませてあったに違いない。


『アカリア!』

『たいへん!』


 きんちゃんとぎょっくんが男達にぴちぴち体当たりするが、もちろん男達は何も気づかない。


「おい、さっさと行くぞ」


 いつの間にか御者も倒されていて、私は男達に縛られて担ぎ上げられた。

 なんなの、こいつら。どうして私を?


「んんー!んーんんんー!」


 必死に暴れるが、街から離れた道には他に人がいない。


「んーんんんー!」


 キース様の名を呼ぶが、彼はぐったりと倒れていて目を覚まさなかった。大丈夫だろうか。眠らされただけだよね?


 木の影に隠してあった小さな馬車に詰め込まれた私は、来た道を戻って再び王都へと連れ戻されたのだった。




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