第18話 幕間〜お兄様の事情〜




「おかげ様で、キース様を我が家に迎えられますわ」


 彼女がそう言った時、俺は耳を疑った。




 我がグラスイズ家は代々「ガラス創造」の能力を受け継いでいる。その能力で美しく精緻な装飾が施されたガラスを創りだしてきた。だから、七人も兄弟がいても『スキル』が発現するなりあっという間に婚約や養子先が決定する。

 俺も十六で『スキル』が発現すると、ナリキンヌ商会から婚約の申し込みがあった。


「私、ガラスが大好きなんですの!私のために美しいガラスを創ってくださいましね!」


 婚約の顔合わせの際に、豪奢なドレスと大きな宝石を身につけたナリキンヌ商会の子女は目を輝かせて言った。


 ナリキンヌ商会に婿入りしてガラス製品を創り出して生きる。グラスイズ男爵家の息子としてそれに疑問など抱かなかったし、婿入りまでにもっと美しいガラスを創れるようになるよう努力しようと思った。


 それなのに、俺はどれだけ頑張っても美しい細工が入ったガラスや色のついたガラスを創り出すことが出来なかった。俺が創れたのはなんの飾りもない、色もない、透明な四角形のガラスの容れ物だけ。


 最初は「そのうち創れるようになる」と慰めてくれていた両親も、やがて戸惑いの表情を浮かべるようになった。兄弟達は俺を馬鹿にするようになり、「出来損ない」と呼ばれて嘲笑された。

 そして、一つ下の弟のグレンに『スキル』が発現すると、ナリキンヌ商会はさっさと婚約者を俺からグレンに変更した。

 俺が『ガラス創造』で身を立てることは出来ないと明らかになると、両親は知り合いの男爵家が跡取りを探していると養子の話を持ってきた。

 男爵家の跡取りと言っても、ゴールドフィッシュ男爵家は平民の方がマシというくらい貧乏だと噂されている。実際に、シーズン中も領地に引きこもって、年頃の娘がいるらしいのに夜会にも顔を出さない。王都で娘の結婚相手を探してやらなくていいのだろうか、持参金がないから一生嫁に出さないつもりなのでは、それならなおさら良い婿を探さなくてはいけないだろうに、とゴールドフィッシュ男爵の娘を気の毒がる声もあった。

 俺はその貧乏男爵の娘の婿となって、貧しい領地で過ごすしかないらしい。「出来損ない」の俺にはお似合いかもしれない。


 そんな風に思っていた俺の前に、ゴールドフィッシュ男爵とその令嬢は現れた。

 ゴールドフィッシュ男爵令嬢のアカリアは、服装は粗末だし痩せこけていたが、明るくはきはきとして笑顔の可愛い女の子だった。俺が居心地悪くしているのに気づいて庭に連れ出してくれる優しさに、王都に行けば彼女を気に入る男がいくらでもいるだろうに、と気の毒に思った。

『スキル』について聞きたいというアカリアは、きっと俺が美しいガラスを創れると期待しているのだろう。

 だが、俺はその期待に応えることが出来ない。

 そう告げようとした時、グレンが口を挟んできた。


「あら、でしたら私、ナリキンヌ商会の皆様にお礼を言いませんと。おかげ様で、キース様を我が家に迎えられますわ。婚約者の変更をしていただけて本当に良かった」


 グレンによって俺が役立たずであることが暴露された後、アカリアはにっこり微笑んでそう言った。


 グレンも俺も耳を疑った。でも、アカリアが本気でそう言っているとわかると、俺の胸に何か熱いものがこみ上げてきた。



 その直後、何故か手のひらに小魚を載せて大いに慌てるアカリアにガラスを造って水を入れて渡した。

 このなんの飾りもない容れ物を見て、素晴らしいスキルだなんて言われたのは初めてだった。




 ***



「で?」


 執務室で領地経営を学んでいる最中、ふと男爵が言った。


「で、とは?」


 俺が首を傾げると、男爵は「やれやれ」とでも言いたげに首を振った。


「アカリアとは仲良くしているようじゃないか」

「はい。アカリアはいつも前向きで見ていると元気になります」


 養子となった男爵家は聞きしに勝る貧乏ぶりだったが、もっぱら可哀想と噂されていた令嬢が実際は悲壮さの欠片もなく一生懸命働いているので俺も頑張ろうという気になる。アカリアのためならいくらでもガラスを造ってやりたい。

 義妹となった少女を思い浮かべて微笑んでいると、男爵がこれ見よがしに溜め息を吐いた。


「それならしっかり捕まえてくれないかなぁ」

「ぶほっ!?」


 なんだかとんでもないことを言い出した男爵に、俺は思わず噴き出した。


「アカリアはあの通り、可愛くて明るくて良い子だからね。人前に出したりしたらすぐに持って行かれてしまうだろ。私はアカリアには出来ればずっと家に居て欲しいんだけどねぇ。まぁ、私はアカリアが選んだなら相手が誰だろうと反対はしないけれどもぉ、私が跡を任せられると決めた男ならそれは安心だよねぇ」


 男爵は飄々と言ってのける。

 こ、このオッサン……っ、口では娘の自由とか平民相手でもいいとか言っておきながら、実際は娘を家から出さない気満々じゃねぇかっ!!


「幸い、アカリアも君を慕っているようだし」

「な、ななな、な……っ、……っそ、それなら、初めから養子じゃなく婿にしてくれればっ」

「私は、アカリアには自由にさせたいんだよ」


 このオッサン!自分が娘に「自由にさせてくれる優しいお父様」ぶりたいがために、婿じゃなく養子を取ったのか!しかも娘が見ていないところで養子に圧をかけてきやがる!


「まぁ、とにかく、そういう訳だから。アカリアを傷つけたら許さないけど、年頃の男女が一つ屋根の下という状況に恵まれておきながらみすみす他の男にアカリアを奪われるような間抜けな男が次期男爵じゃあゴールドフィッシュ男爵領を支えていけるのか不安になるなぁ」


 ……このクソ男爵野郎……娘の前じゃ人畜無害な振りしやがって、とんだ腹黒貴族じゃねぇか!


 俺だって、アカリアが俺以外の男に嫁入りすると考えたら頭をかきむしりたくなるけど!

 でも、今のアカリアは金魚を世の中に広める目標に夢中だ。俺はそれを手助けしたい。一生懸命なアカリアに、邪な気持ちをぶつけることなど出来ない。


 だから、アカリアの金魚を使った商売が軌道に乗って、アカリアが自然に俺を意識してくれるようになるまで、強引に迫ったりは絶対にしないぞ。今は良いお兄さまになることを心がけよう。


 ……と思っていた俺は男爵を侮っていた。


「申し訳ありません。どうやら手違いがあったようで……」


 王都へ向かう途中で立ち寄った町の宿、男爵が手配してくれたはずの宿は何故か手違いで一部屋しか用意されていないとのことだった。

 そんな都合のいい手違いがあるか。男爵、あの野郎。やりやがったな。

 娘には家のことは気にせず自由にしなさいなんて言っておいて、あの野郎。


 貴族の娘が、義兄とはいえ男と同室で一晩過ごすなど、あってはならないことだ。何もなくても、嫁の貰い手が無くなる。


 だから俺は他の場所で寝ようとしたんだけれど、心配したアカリアに引き留められてしまった。アカリアが優しい子だったがために、同じ部屋で休む羽目になる。


 絶対に眠れないと思ったが、一日馬車に揺られた疲れもあって、徐々に瞼が重くなってきた。


 うとうととする俺の耳に、ぽつりとアカリアの声が届いた。 


「……私、頑張るよ」


 何を言っているんだろう。アカリアは十分すぎるほど頑張っているのに。

 同じ年頃の令嬢が、着飾って茶会や晩餐会で踊ったり恋をしたりしている時に、領地で厳しい暮らしをしながらも明るく自分の『スキル』を役立てようと懸命になっている。


「……アカリアは、頑張っているよ」


 心からそう思う。

 俺も、アカリアのために頑張ろうと改めて決意して、目を閉じた。




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