第16話 ついに、お披露目展示会!




 初めて訪れた王都は、前の世界のファンタジーアニメで見たような街だった。中世ヨーロッパを見たことがないけれど、中世ヨーロッパっぽいとしか言いようがない。

 石畳の道に煉瓦の建物、着飾った人々の群れ。我が領地ではお目にかかれないそれらに、私はきょろきょろと辺りを見回して目が回りそうになった。


「やあやあ、お嬢様、次期様。ようこそいらっしゃいました」


 相変わらず不敵な笑みを浮かべたちょいワルイケメン商人が店の前で出迎えてくれた。


「ミッセルさん、お世話になります」

「いえいえ、こちらこそ」


 馬車から降りて、ミッセル氏の商会を見せてもらう。それほど大きくはないが、取り扱っている品は品質が良さそうだった。


「展示にはこちらの部屋を使おうと思っています。特別な催しをする際に使う場所です」


 ミッセル氏は店の横に並んで建てられた小さな建物に案内してくれた。白い壁の部屋に、高さの違う台がいくつか壁に沿って並べられていて、ミッセル商会の者が事前に運んでくれていた水槽が載っている。中には金魚達が優雅に泳ぎ、水草や空気玉もきちんと全ての水槽に入れられている。


「展示会は二日後です。とりあえずは並べただけなので、お嬢様の良いように並び替えてください」

「そうですね……和金は入り口付近に固めて、奥の方はいろんな種類の金魚の水槽を置きましょう。それと」


 私が振り向くと、キース様が得意そうに部屋の真ん中に向かって手をかざした。


 薄明るい光が輝いて、部屋の中央に大きな円柱型の水槽が現れる。私が体育座りですっぽり入れそうなサイズだ。


「ほぉ……見事なものですなぁ」


 ミッセル氏が思わず感嘆の声を漏らした。

 キース様は修行の甲斐あって、巨大な水槽も造り出せるようになったのだ。こんな巨大なガラスを造れるのは他にいないはず。もう誰も、キース様を落ちこぼれだなんて呼べないだろう。いいや、私が呼ばせない。


「この真ん中の円柱型の水槽は上から覗き込めるようにしましょう。出来れば、室内を薄暗くして水槽だけが明るく光るようにしたいのですが」

「でしたら、カーテンをして、小型ランプを置いてみましょう」


 この真ん中の円柱型の水槽は展示のメインだ。コメットと丹頂と朱文錦を入れようと思う。二色、三色の金魚を入れれば、上から見ても楽しめる。


「ミッセル殿、招待した貴族は伯爵以下だそうですね」

「ええ。私の商会は残念ながら侯爵家とは繋がりがなく」


 キース様の質問に、ミッセル氏が肩をすくめる。


「それはいいのですが、誰も見たことがない珍しいものが手に入ったというのに、貴方は商人として王家へ金魚を献上しなくて良いのですか?」


 キース様の言葉に、私もはっとミッセル氏を見た。


 王家に金魚を献上して喜ばれれば、ミッセル商会は一気に権威を増す。他の商会より一歩抜きんでることが出来る。

 王家が金魚を手にすれば、当然貴族達はそれと同じものを欲するだろう。商売のことを考えれば、王家に献上するのが最も早道だ。


 だが、ミッセル氏は曖昧な笑みを浮かべて視線を斜めに向けた。


「噂によると、王家にはとっても新し物好きの方がいらっしゃるらしくてね」


 ミッセル氏がそう言う。

 私は首を傾げた。

 新し物好きなら、なおのこと金魚を献上すれば喜ぶのでは?


「喜んでくださるだけならいいのだが、その方はどうにも悪い癖がおありらしくてね」

「悪い癖?」


 ミッセル氏はふふん、と鼻を鳴らした。


「その方にバレないうちに、王都中に金魚を広めてしまおうと思うのですよ。ご協力ください、お嬢様」


 ミッセル氏が私の肩を抱いて不敵に笑った。キース様が「気安く触るな!」と言って飛んでくる。


『金魚のお家だ!』

『わーい』


 きんちゃんとぎょっくんが水槽の上を飛び回ってはしゃいでいる。

 私は室内を見渡して、ここで金魚すくいがやれればいいのに、と思った。

 でも、今回は貴族しか紹介されていない。ドレスを濡らして金魚すくいはしてくれないだろう。

 残念だが、金魚すくいを披露するのはまだ先になりそうだ。




 ***




 準備に費やした二日間はあっという間に過ぎ、いよいよ展示会当日がやってきた。お客様の相手をするのはミッセル氏と彼の部下達だが、私とキース様もお客の反応を見るために客の振りして紛れ込むことにした。


「まあぁ……なんて綺麗なの……」

「なんだこれは、こんなもの見たことがないぞ」

「まるで宝石が泳いでいるようだ……」

「これは夢か……」


 訪れた貴族達は透明なガラスの中を泳ぎ回る金魚達を見て、夢見心地になっているようだった。


「私の部屋にこの美しい魚を置きたいわ……」

「すぐにでも、我が家に金魚のための部屋を用意しよう!」

「40セニだと!?なんの間違いだ?」

「では、こちらの紅白の金魚はいくらだ?」


 貴族達は皆例外なく金魚を購入して帰って行った。

 大成功だ。


「すっかり空になりましたなぁ」


 ミッセル氏が頭を掻いて言う。水槽もほとんど買われていき、残っているのはわずかな和金だけだった。


「では、お嬢様と次期様を宿までお送り致しますよ」

「いえ、私も片づけの手伝いを……」


「あのぅ……」


 後片づけを始めようとした時、入り口の方からか細い女性の声がかけられた。

 振り向くと、見るからに上品な婦人が佇んでいた。


「本日、こちらで何か珍しい生き物を売られていたとか……招待も受けずに不躾ですが、是非、見せてはいただけないでしょうか」


 丁寧ではあるが、威厳を含んだ声音だ。高位の貴族に違いないと考えた私の横で、ミッセル氏が声を上げた。


「これはこれは、失礼ながら、トリフォールド伯爵婦人とお見受けいたします」


 ミッセル氏が挨拶したので、私とキース様も慌てて前に歩み出た。


「貴方達は?」

「ゴールドフィッシュ男爵家のキースと申します。お初にお目にかかりますトリフォールド元伯爵夫人」

「キースの妹、アカリアと申します」


 頭の中で懸命に記憶を手繰る。トリフォールド伯爵は、確か昨年お亡くなりになって、嫡男が跡を継いでいたはず。


「貴方達も、生き物を見に来たのですか?」

「今日展示した生き物は、ゴールドフィッシュ男爵の領地から寄越して貰ったのです。彼らは取引相手ですよ」


 ミッセル氏は残っていた和金の入った水槽を持ち上げて、夫人に見せた。数匹だけ残った金魚が泳ぐのを、夫人は目を丸くして見つめた。


「赤い魚……これはなんという生き物なのですか?」

「金魚です」

「金魚」


 夫人がごくりと息を飲む音が聞こえた。


「こちらをいただきますわ。よろしいかしら?」


 残りの金魚を全て購入して、夫人は帰って行った。


 かくして、金魚のお披露目展示会は大成功のうちに幕を閉じたのだった。




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