第26話

 次の日


 ここから一時間ほど西に進んだ辺りに大きな森があるのだが今日はその森まで遠征する。


 夢の中の男の記憶では、出来事(イベント)が始まると森の中のキャンプ地に切り替わり周りの生徒たちと会話を進めていくと魔物の襲来があるというものだった。


 それからは魔物に襲われそうになっている生徒たちを主人公が助けてまわる。


 一定数の魔物を討伐するとイベントが進み主人公は森の外へと避難する生徒を魔物から守るために殿を務め無事に森から抜け出すとパーティーメンバーに入れていたヒロインの好感度が大きく上がるというものだった。


 原因は分からず、その解明に走り回ることで邪竜教団の存在を知るのだが、それは二年生になってからの話なので今は省略しとく。


 その中でただ一人、クライ・ネックラだけが、行方不明となっていることを次の日先生から伝えられて知ることになるんだけど、そのクライ・ネックラって僕なんだよね。


 クリア後隠しボスとして登場するから死ぬことはないだろうけど、一人で魔物を侍らせ森の中で過ごす生活なんて普通に嫌だ。今の僕にはアンナやレイナやトワだっているのだから。


「では、各班のリーダーは各クラスの前にあるボックスの中から一枚だけ紙を引いてくれ……」


 一年生全体にそんな指示を出すのは学年主任だと言うマートマリ先生。マートマリ先生はメガネをかけていて如何にも仕事のできそうなOLっぽくて、ほっそりしているが出るところはでている綺麗な先生だ。


 そんな先生の説明では、紙に書いてある魔法薬の素材を森の中で集めてゴール(森の中にある少し開けた場所、休息地)を目指す。

 素材は魔法の練習を兼ねて土魔法を使い根っこから採取する。

 早かった班、3位までは先生たちから評価点と賞品が貰えるようで、そのことを聞いた生徒たちから歓喜の声が上がった。


 ――でもこんなイベント記憶にない……ってあれ? OLって何?


 時々ふとした拍子に自分でも知らない単語を口にすることがある。


 ――……なるほど。


 そんな時は大概、記憶を探ればいい。ほぼ間違いなく夢の中の男(過去の僕)の記憶なんだよね。


 断片的だから役に立たないモノが多いけど物事の考え方の参考にはなる。


 ただその記憶の中で未だに理解できないのが、過去の僕は女性とあまり縁がなくて、ハーレム物のマンガや小説(書物)をよく読んでいたというのだ。


 そんなことを思い出した時、その日は無性に人肌が恋しくなってアンナとレイナとトワをいつも以上に求めてしまった。


 それは僕と同じく絶倫スキルを持っている彼女たちすら失神させるほどの激しいやつ。


 慌てて回復魔法を使ったから大事に至らなかったけど、気づけば【絶倫上スキル】にランクアップしていて今までの1、5倍の効果を発揮するというものに。お陰で魔力もすごく上がった。

 追加された効果は相手に触れるだけで快楽を与えることができる。この追加効果は任意だからよかったけど常時発動型だったら大変なところだった。


 でも、いよいよ回復魔法はできるだけ早く極めるべきだと気づいた。本能のまま彼女を求めているといずれ彼女たちを壊しかねないから。そんなことになったら僕が僕を許せなくなってしまう。


 幸い次の日の朝に目覚めたら彼女たちには失神した記憶がなく、ただ不思議そうにしていただけだったからよかったけど、その日から増えた魔力を回復魔法に回し常に発動している。


「これがそのボックスだ。リーダーは前に出ろ」


 マートマリ先生の言葉を引き継いだ担任のマックス先生が小さな箱を皆に見えるように掲げている。


 ――おっと、僕もリーダーだった。


 ちなみになぜ僕がリーダーかというと、面倒だからあんたがしなさいと言うアルジェ様の指示によるもの。別に好きでなったわけじゃない。


「去年はなかった趣向だが悪くないな」


 予想通りというか、さも当然とばかりにそんな事を言いながら前に出る王子。

 王子もやはりリーダーになっていた。各班のリーダーもそんな王子を確認してから後に続く。もちろん僕もその流れに乗る。


「ほう。どうやら私の班はポーションの素材になるキュアリーフを集めるらしいぞ」


 わざわざ皆に聞こえるように言わなくてもいいと思うが、とりあえず王子はポーションの素材を集めることになったらしい。


 王子の班から『さすが王子!』というようなヨイショの声がちらほら、ちょっと耳障りだな。


 次の班は毒消しポーションで、その次の班がマナポーション。その次の班が疲労回復ポーションの素材集めで、


 ――次が僕だな。


 全て森の中で取れる素材らしいから深く考えることなくボックスに手を入れて中から紙を取り出す。


「えっと……ポーションか」


 僕の引いた紙にはポーションと書かれていた。

 マートマリ先生の説明の通り、この紙は魔紙になっていて魔力を流すと目的の素材、僕たちの班はキュアリーフになるが、そのキュアリーフの姿が浮かび上がる。


 これなら目的の素材を見たことない生徒でも大丈夫だろう。

 あとはその素材の特徴から、行動に伴う注意事項とちょっとしたアドバイスが記載してあった。


 しかし、王子の班と同じ素材集めだと思うとあまり気が乗らないが、引いたのは僕だから浮かない程度に頑張るとしよう。


「クライ様、課題はなんでしたか?」


 ルイセが首を傾げて僕を見ている。いけないいけない。僕の周りには、すでにヒロイン四人とアルジェ様が近づいてきている。

 特に今日は思っていても表情に出さないようにしないと。


「アルジェ様、ルイセ様、セシリア様、マリア様、リーディア様、本日はよろしくお願いします」


 リーダーが魔紙を引けば、その班のメンバーがリーダーの周りに自然と集まる。


 僕の班もそうなのだが、僕の班では僕が一番格が下なのでまずは先に彼女たち、ヒロインの四人とアルジェ様に向かって挨拶をせねば。でもその反応は様々。


「はい。本日はよろしくお願いしますねクライ様」

「クライ殿よろしく頼む」


 好意的なルイセ様とセシリア様。


「よろしくね〜」


 おっとり口調のマリア様は、クラスメイトの一人に話しかけるような感じ。


「よろしく」


 瞼が半分落ちて眠そうなリーディア様は、適当? 興味がない、とにかく眠いといった様子。


「……」


 アルジェ様は……こちらを見向きもしていない。視線の先を見れば王子がいる。


 ――まさかね。


 案の定、王子の方を見ていたアルジェ様は勝手に僕の班から離れて行き王子の班に合流。

 王子と何やら言葉を交わしている。もちろん王子の腕に絡みついたアルジェ様は大きなお胸を押しつけているが。


 それからすぐに王子の班にいた男子生徒が一人離れてこちらに向かって来る。


 アイツはたしか王子の取り巻きの一人でゴーマンツ伯爵家次男のクガーナ・ゴーマンツ。


 ゴーマンツ伯爵家は領地のある地方貴族だがゴーマンツ伯爵一家は王都の屋敷に住み、領地の方には代官を置いていたはずだ。


 しかも、クガーナは王子と同じく僕を小馬鹿にしたり見下したりしてくる面倒なヤツ。


 そんなクガナーニは僕を無視してヒロインたちの前に立つ。


「ルイセ嬢、セシリア嬢、マリア嬢、リーディア嬢、本日はアレス王子の命でこちらの班で活動させて頂きます。よろしくお願いします」


 所作は伯爵家だけあってキレイだ。顔も割と爽やか系。よほど自分に自信があるのだろう、挨拶すると流れる動作で一番近くにいたルイセ様の手を取りキスをする。と思ったけど、いやしようとしたけど「そうなのですね、よろしくお願いしますわ」と返事をしたルイセ様は、すぐに踵を返しごく自然な動作で僕のすぐ傍に。


「わたくしたちの班はポーションの素材、キュアリーフを集めるのですよね」


 そして、僕が手に持っていた魔紙を覗き込んでくる。

 ちっと、いやかなり近い。僕の右腕に僅かに彼女のお胸が触れている。


 ――あ、これはやばい。


 好感度が高くなってるから距離感が分からないのだろうか。

 すぐに僕の身体の一部が反応する。驚き僕の傍から離れるものと思ったがそうはならない。


 ――彼女も気づいた、よね……


 そこで以前にも同じようなことがあったこと、でもそのことに触れることなく、ルイセ様とセシリア様は普通に接してくれたことを思い出す。

 その時は特に好感度も高くなかったことも。


 ――そうだった。ルイセ様とセシリア様はできた人だったな。


「わたくし今日のために森の地図を準備してきましたの」


 そう言ってから自分のお胸の谷間に手を入れるルイセ様。

 うーん。森の地図を胸の谷間から取り出したことは触れない方がいいよね。


「はい、どうぞ」


 少し得意げに家の者が準備してくれたのと嬉しそうに広げて見せるその地図には、キュアリーフやアンチドーテ、マジックリーフなどの森で取れる素材のありかや、野生動物の縄張りなど細かな情報が記載されていた。それでいて見やすい。


「これはすごいですねルイセ様」


「そうですよね」


 得意げな顔から少し照れくさそうに頬を染めたルイセ様。ヒロインだけあってその顔はかなり可愛い。反則だよね。深く関わりになるつもりはないのだけど、可愛いものは可愛いいと思ってしまう複雑な心境の僕。


「ルイセ、クライ殿、私にも見せてくれ」


 クガナーニと挨拶をしていたはずのセシリア様もこの地図に興味があるらしく覗き込んできた。


 ――!?


 セシリア様もなぜか近い。やはりこの距離間は好感度に左右されているのではないかと思わずにはいられない。

 左腕にセシリア様のお胸が触れてしまっているぞ。


 ――くぅ……


 ただでさえ反応していた僕の身体の一部がさらに大きくなる。


 これはいよいよやばい。こんな時に備えて常備していた鎮静剤を飲んでしまおうかと思っていると、


「おい、お前! 出発だ、出発するぞ!」


 見るからに不機嫌そうなクガナーニが強い口調で叫ぶと僕を睨んでくる。

 睨まれるのはいつものことだからなんとも思わないが、


 ――おかしいな。アイツはマリア様とリーディア様に話しかけていたはずだが……


 そんなマリア様は、立ちながらもコクコクと器用に船を漕いでいるリーディア様を支えて少し困った顔をしていた。


 あの様子ではクガナーニは会話すら出来なかったのだろう。だから余計に機嫌が悪い。

 ま、僕が彼のご機嫌取りをすることはないけど。そんな事を考えていてふと気づく。


 ――あんな状態のリーディア様、どうするの?

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