第7話

 色眼を宿してから三ヶ月が経った。僕の日常はほぼ元の通りと言いたいところだが――


「おはようございますクライ様」


「おはようアンナ」


 アンナは色眼の制御の練習を始めた頃から僕の部屋に寝泊まりしている。

 もちろん夜のお世話もと言いたいところだけど、朝もだからどういえばいいのかな。しかも、毎日のようにお世話をしてくれる。


「クライ様どうかなされましたか?」


 当然、今起きたばかりのアンナも僕も全裸。


 そのアンナがいつものように僕に身体を重ねてくる。


「クライ様、失礼しますね」


「うん。ありがとう」


 僕もそれを当たり前のように受け入れている。


「……んん……」


 毎朝晩僕たちは必ず行為をいたす。12歳の僕でもその回数は多すぎるだろう。

 だけど、色眼を宿してから、一週間ほど経って僕は絶倫というスキルを宿してしまっていた。ちょうど野鳥のピピに懐かれた頃。


 宿した当初、絶倫スキルのことをまったく知らなかった僕だが、そのことをアンナに伝えると、アンナは「絶倫スキルは性欲が増すスキルだと聞いたことがあります……」と心配そうな顔をしながら答えてくれた。


 たぶん僕が性欲を持て余し、手当たりしだいに屋敷の女性に手を出すのではと危惧してのことだと思う。


 現に絶倫スキルを宿してからの僕は以前よりも異性に対して興味が増している。

 色眼で使い異性を操れば、やりたい放題にできるだろう。


 だからこうしてアンナが毎朝晩僕の相手をしてくれるようになったのだ。

 専属メイドである自分の務めだと身体をはってくれているのだ。


「アンナいつもありがとう」


「はい」


 アンナはいつものように笑みを浮かべて、お役に立てるのがうれしいのだと言う。


 ほんとアンナには頭が上がらない。だから僕も他のメイドたちには手を出さないようにアンナだけを求めている。


 だって僕はアンナを。彼女を幸せにしてやりたいと思うようになっているのだから。

 でも、残念ながら僕の今の立場ではどうすることもできない。


 それでも、いつかは彼女を幸せにしてやりたい。


 この時の僕はまだ知らなかった。僕と同じようにアンナも絶倫のスキルを宿していたということを。


 絶倫スキルは異性に反応しやすく性欲が増すスキルだと、世間一般では認識されているが実はそれだけではなかった。


 絶倫スキルは精力だけでなく、精神力と魔力の器までも大幅に増加させる。かなり優れたスキルでもあった。


 ちなみに、その宿す条件はかなりシビアなもので狙って宿そうと励んだところで、そう簡単に宿すものでもなく宿した者も少ない。希少なスキルでもあった。


 そのため、絶倫スキルをたまたま宿した者と行動を共にしていた者たちが、側から見てすぐに目の当たりにできた異性にいたす行動、その激しさから性欲が増すという間違った認識のみが定着してしまった。


 そんなスキルを二人は、色眼を制御したい一心で、頑張りに頑張りあった結果、知らぬ間に宿す条件を満たし、幸運? にも宿してしまっていたのだ。


 そんなことなど知らないアンナは、絶倫スキルを宿したことで、大好きなクライをまた己の欲望のままに襲ってしまうのではないかと恐怖したが、すぐにクライ本人から絶倫スキルを宿したという告白を受け、神に感謝し手を合わせたという経緯がある。


「はい。これで綺麗になりましたよ」


 いつもの行為の時間が終わると、アンナがクリーン魔法をかけてから僕の身支度を整えてくれ最後にメガネを手渡される。


「アンナ、いつもありがとう」


 本当なら色眼を制御できるようになっているので、このメガネは不要なのだが、僕の色眼は色々と特殊で、父上からも要らぬ疑いをかけられないためにも、暫くはメガネを常にかけているようにと言い付けられているからだ。


「私はクライ様のお世話ができるだけで幸せなのです」


「それでも、僕は感謝の言葉は口にするべきだと思うんだ」


「やっぱりクライ様はクライ様ですね。そんなクライ様が私は大好きです」


 素直に僕のことを好きだと言ってくれる彼女のことが僕も大好きだ。


「私もすぐに準備いたしますので少しお待ちいただいていいですか?」


「うん。大丈夫。急がなくてもいいよ」


「ありがとうございます」


 僕の身支度を優先したために、まだ全裸のままでいたアンナが着替えを始める。


 色々と揺らしながら身支度を整えるアンナの姿を椅子に腰掛けて眺めながら待つこの時間が好きだ。

 いや好きになっていた。なぜだか分からないが好きだ。


 ――『眼福』……ん?


 今、夢の中の男がそんな言葉を呟いた気がしたが、なんだったのか。


「お待たせしましたクライ様」


「うん、じゃあ行こうか」


「はいクライ様」


「ピピピッ」


 僕たちが食堂に向かおうとしたところで、部屋で飼っている野鳥のピピが僕の肩にとまる。


「ピピ。今から食事なんだ。ピピの分は後で持ってきてやるから大人しくこの部屋で待ってるんだよ」


「ピピピッ」


 野鳥のピピが首を左右に振ったかと思えば僕の胸にあるポケットの中に入ってから顔だけを出す。


「ピピ」


 ピピは僕について行きたいらしい。


 これは今まで知らなかったことだが、野鳥の紅すずめは賢く人の言葉を理解する。懐いたピピだけが特別ってことも考えられるが、要するにピピは賢い。


 しかし、胸ポケットから顔だけを出しているピピはかわいいが、今から向かうの場所は食堂だ。さすがに連れて行くことはできない。


「ごめんねピピ」


 僕はポケットから顔だけを出しているピピに向かって軽く色眼を使った。


 三十分ほどこの部屋で大人しく待っているようにとね。


 これは、夢の中の男が語る記憶から思いついた使い方だ。


 操りたい相手に命令を付与することで、僕が常に色眼を発動して魔力を注ぎ続けていなくても、付与した際に注いでいた魔力が切れるまで僕の命令に従ってくれるというもの。


 かなり使い勝手が良く僕はこれを『色眼付与』と呼ぶことにした。


 もちろん今まで同様、命令を付与された相手にもちゃんと記憶が残っているのでおかしなマネはできない。

 でもこれによって、不可能だと思っていた複数人を同時に操ることが可能になった。

 その場合は僕の言葉に従えと付与すればいい。


 種族や性別による効果の違いは残念ながら試す相手がいないので今は検証できないが、機会があったら試してみようと思っている。


「じゃあピピ、大人しく待っているんだよ」


「ピピッ!」


 ピピから分かったとでも言っているような返事があると、ピピが僕のポケットから抜け出し部屋にある観葉植物の枝にとまった。


 野鳥のピピにとって、窮屈な鳥籠はイヤだったみたいで、観葉植物の枝の上がピピの寝床のようなものになっている。


「アンナいこう」


「はい」


 食堂に入ると僕が最後だったらしく、僕は少し急足で席に着く。


「お待たせしてすみません」


「いい。ではいただこうか」


「「「はい」」」


 父上と母上が微笑み合いながら食事をしている。

 以前から仲がよかったが父上と母上。最近は特に仲がいい。とてもいいことだと思う。


 食事を終え食後の紅茶をすすっていると。


「ふふふ、クライもクロイもちょっと聞いてほしいの。とてもめでたいことよ」


 父上と頷きあった母上が笑みを浮かべて僕たちに顔を向けた。


「めでたい?」

「?」


 僕には2人が何を言いたいのか、思いあたることがなかったので、クロイに顔を向けてみるが、クロイも同じらしく、僕に向かって首を振る。


「そう、とてもめでたいことよ。ふふ。来年の暑くなる頃にはあなたたちに兄弟ができるって言えば分かるかしら」


 ――なんと!?


「母上に赤ちゃんが」


「ええ」


 最近仲がいいと思っていたけど、まさか兄弟ができるとは……

 来年には僕とは十三歳離れた弟か妹が誕生するらしい。


「そうだぞ。家族が増えるんだ」


 父上も嬉しそうに口を開く。


「僕にも弟か妹が……やった」


 クロイも喜びをを噛み締めているのか、口元をにまにまさせている。


「うむ。その時はクロイも兄となるな」


「はいっ」


 クロイは本当に嬉しそうだった。


 父上には側室がいない。十六歳で嫁いできた母上が、その翌年に跡取りとなる僕を産み、その翌々年にはクロイを産んだ。

 そのため、もし僕に何かあったとしても弟のクロイがいる。

 だから父上は側室をもつ必要がなかったのだと父上本人から聞いたことがある。


 でも妾さんは何人かいるらしい。母上も認めている妾さんが。でもそれが誰なのかは、まだ必要ないと言って教えてくれない。別に教えてくれてもいいと思うんだけどな……


 最近になって、なんとなく僕はメイド長やメイド次長あたりがそうなんじゃないかと思っている。

 これは今の僕とアンナの関係を省みてなんとなくそう思うようになったんだよね。


 まあ、そうだったらいいのにな、という僕の願望なんだけど。アンナにはずっと傍にいてほしいからそんなことを考えるんだ。


 ちなみに正室との間に歳の離れた子を授かるということは悪いことじゃない。

 むしろ夫婦仲が良い証拠だと、非常に羨ましがられるくらいだ。


「今後セリーナには無理をさせないようにするんだぞ。

 それからクライは後で私の部屋まで来てくれ」


「はい、分かりました」


 しばらく家族との会話を楽しんだあと僕は父上の部屋へと向かった。

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