第3話

 ——今のは夢、だったのか……


 なんだか懐かしく感じるのはなぜだろう。とは思うものの夢から目が覚さめた僕の目の前には全裸になったアンナが土下座をしていたのだ。


「も、申し訳ございません。私はどうお詫びすれば……」


 目覚めたばかりの僕は少し戸惑っていた。というのも僕の記憶の他にも、夢の中で過ごしていた不思議な男(俺)の記憶があるのだ。


 なぜ夢の中でゲームと言っていた世界に僕、いや王国や他の貴族たちと同じ名前があるのか理解できないのだ。

 僕の赤くなった右眼、これは魔眼の一種で色眼らしいことは分かったけど。


 アンナは僕の右眼を覗き込んできてからおかしくなった。


 だからアンナが突然襲ってきたのも僕の色眼によるものだとすぐに理解できたのだが、未だに額を床へとつけて土下座の姿勢を崩さないアンナ。


 僕はどうすればいい。


 アンナは十八歳だ。平民で十歳の頃から見習いメイドとして僕に仕えてくれていた。


 歳が近いからと僕の専属メイドになったのは六年前。アンナとの付き合いは長い。そんなアンナに僕は……どう応えればいいというのだ。


 土下座を続けるアンナに申し訳なくてアンナから一度だけ視線を逸らすと、酷く乱れたベッドが目に入った。


 ——あっ……


 そしてすぐにアンナも初めてだったのだと気がつく。


 僕は何を迷っている。被害者はアンナの方じゃないか。


「えっと、そのアンナは大丈夫なのか? その……身体のほうなんだが……」


 申し訳なさが増し尻すぼみに僕の声は小さくなる。


「……クライ様」


 ゆっくりと顔を上げたアンナの瞳からは涙が流れていた。僕の胸がズキリと痛む。


 ——いけないっ。


 再び色眼を見られてはまずいと思い慌てて僕は右目を押さえた。


「わ、私は大丈夫です。それよりもクライ様こそ、大丈夫なのですか? 私が、女性が怖くなってはいませんか?」


 ――たしかに昨夜のアンナは凄かった。吸い付いて離れないしもげるかもと思うほど激しく恐怖もした。

 だからゲームという不思議な夢の世界での僕らしきクライはトラウマになっていた。

 でも原因が僕の色眼だと分かっている今の僕は違う……寧ろご褒美。


 ――寧ろご褒美? ご褒美? あれ……僕はうれしい?


 今まで考えてもいなかった思考に少し恥ずかしくなり僕は首を振った。

 すると勘違いしたアンナが少しホッとした表情になった。


「……それなら、よかったです」


 なんだか良い方向に勘違いしてくれたので訂正はしなくてもいいだろう。


「僕のほうこそごめん。その、アンナの初めてを……その……」


 僕の言いたいことを理解してくれたアンナはゆっくりと首を振った。


「それはいいのです(うう、よかったよ。クライ様に嫌われてなくて)」


——あれ、アンナの声が……変? いやこれは感情を読み取った? これも色眼の効力なのか? でも右眼は押さえているのに……


 内心少し焦りを感じている僕なのだが、アンナはなおも話を続ける。


「もともと、クライ様の専属メイドとして契約をした際に、旦那様よりクライ様が求めてきた時には応じるようにと、条件を出されていました。

 私も同意の上で契約しています。あっ、これは強制ではなくて私が自ら志願したんですよ。

 それなのに旦那様は他のメイドよりも報酬を高くしてくれました。だから私には感謝しかありません」


 アンナは本心からそう思うのも無理もない話だった。

 クライはかなりの美少年でアンナにとってクライは一目惚れの相手、平民のアンナからすればクライに相手をしてもらえるだけで天にも昇る思いなのだ。


 ただネックラ一家はみな美男美女で、お互いに見慣れているため本人たちにその自覚はない。


「そう、なのか? アンナが自ら……それなら僕もうれしいのだが、あ、いや、でも今回の原因は、たぶん僕だ。僕のこの右目」


「え?(クライ様が今うれしいって言った? 言ったよねきゃーうれしい)……あ、すみませんうれし……じゃなくてクライ様の右目ですか?」


 アンナの顔がポンっと赤くなる。アンナの心の声だとうれしいらしい。なんだか僕もうれしくなるが、すぐに表情を戻し僕の右目の方に視線を向けてくる。


「これは魔眼の一種で色眼というらしい。なぜ分かったかというと、実は僕にもよく分からない。ただなんとなく、かな。でもこれは間違いなく色眼だと思う」


「色眼、ですか」


 アンナが身を乗り出し僕の右眼を覗き込とするので慌てて止める。


「こらアンナ。あまりじろじろ見るな。また同じような状態になったらどうする。

 右手で押さえているけど、僕はこの色眼が今一よく分かってない。

 たぶん今の僕はこの色眼を制御できていないのだと思う。

 だから後で父上に尋ねてみようと思っているんだ」


「そうですね。それがよろしいかと」


「うん、それで……」


 そこで僕は酷く乱れたベッドに目を向けた。


「ぎゃわっ(恥ずかしい、恥ずかしいです)クライ様。そちらはまだ見ないでください」


 アンナが慌てて立ち上がるとベッドに向かい生活魔法であるクリーン魔法を使った。


 すぐにベッドが元のキレイな状態に戻ったが、アンナは裸のままなんだよな。なんか可愛い。あれ、アンナは年上なのに可愛いって思ってるよ僕。なんでだ?


「ふぅ(ううう、恥ずかしすぎるよ)……クライ様、とんだお目汚しを、すみませんでした」


「ふふ、そんなことはないけど」


 心の声が感じ取れるし、そんなアンナを見ていると、つい笑みが溢れる。


「そうですか。それならいいのですが(よかった。クライ様に嫌われなくて本当によかった)」


「え?」


 気づけばアンナが涙を流していた。


「アンナどうした? 突然涙なんて、やっぱり無理をして……ごめん。ごめんなアンナ」


 するとアンナはすぐに首を振った。


「違います。クライ様に嫌われなくてよかったと、気持ちが抑えきれなくなり欲望のままにクライ様を襲った自覚はありましたから、それなのにクライ様が優しくて……ホッとしたら涙が……」


「違うんだ……そもそもの原因が僕にあるんだ。寧ろ僕の方が……」


 アンナはまた首を振る。


「そんなことないです。これはうれし涙ですよ。私は昔からクライ様のことが大好きですなんですからね」


「アンナ」


「大好きですよクライ様。ふふ。でもクライ様はその色眼をこれから制御していかないといけませんよね?」


「あ、ああ。そうだね。そうなる。これは制御しないとかなり不味いだろうね。女性どころか男性や魔物にだって有効らしいからね」


 これは夢の中の男(俺)の知識だ。まだモヤがかかったみたいで全てを理解できているわけじゃないけど、この色眼に関してはたぶん間違いないと思う。


「っ!? 男性も、ですか。では尚のこと。クライ様の色眼を私を使って制御できるようになってください」


「え? それだと。また……」


「そうです。と言いますかその役目は、絶対に他の方に譲れません。いえ譲りたくありませんから」


「は、はぁ……」


「それにクライ様はご存知ないのかもしれませんが、屋敷に仕えるメイドは皆避妊リングを嵌めていますから妊娠の心配もありません。だからご安心ください」


 そう言ったアンナは左手の小指に嵌めているシンプルな指輪を見せてくれた。


「これをしている限り妊娠はしないのです。解除は奥様にしかできません。

 あ、これは男性の使用人にも渡されていまして男性の場合は旦那様に解除してもらうことになります」


 聞けば貴族に仕えるものは皆そうする決まりがあるらしい。

 これは男女間のトラブルを避けるためで、貴族の場合は後継者問題を拗らせないためでもある。


 僕も家庭教師からそのように習っていたが知識としてあるだけだった。

 現にアンナがずっと嵌めていた避妊リングにも今はじめて気づいたくらいだ。

 たぶん今回を機に僕も嵌ることになるかもしれないね。


「だからクライ様は私とだけです。絶対に私以外とは色眼の練習をしないでくださいね?」


「は、はいっ」


 僕はアンナのすごい剣幕につい頷いてしまったが、僕のことをそこまで想ってくれていたことが純粋にうれしい。


「ありがとうアンナ」


 だから僕は感謝の言葉を口にするが、脱ぎ捨てられていた衣類を拾い集めていたアンナの耳には届いていなかったようだった。まあいいや。


「? あっ、すみません。すぐにクライ様のお召し物を準備いたしますね」


 裸のままアンナが僕の衣類を優先して準備してくれる。その様子がとてもうれしく感じるのは、僕もアンナをこと……

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