動き出す魔王様御一行

 灼熱の炎は、雪の妖精さんの手から放たれた。

 彼女は、火にめっぽう弱い。だけど、頑張った。


 逆に、炎の妖精さんは、周囲を一瞬で凍らせた。

 彼女は、氷に強くも弱くもない。しいていうならば、寒がりではある。


 魔王は、突如あらわれた賭博場のオーナーとやらを、問答無用で、ぶっとばした。なんであろうと、ギャンブルで遊んでいる場合などない。もしも、このくだりが消えたとしても、何も問題はない。むしろ消したい。そんな思いを胸に秘めていた。

 だから、派手に暴れた。豚の姿をしたオーナーは賭博場もろとも消し飛んだ。


 勇也は、宇宙人らしく振舞った。結末で、勇也が実は宇宙人でしたー、なんて絶対に許されない。もうこの辺で、正体を明かしておこう、そんな腹積もりであった。


 すると超展開である。

 魔王と勇也が、戦い始めた。言い換えれば、魔王と宇宙人の、超人決戦である。


「今まで、この私をだましてきたのかっ!」

 魔王がこんなことを言っている。

「騙される方が悪いのさ!」

 勇也があんなことを言っちゃっている。


 ついでに、炎の妖精さんと雪の妖精さんは、合体してしまった。

 右半分が炎で、左半分が雪である。もうちょっと、かっこよく合体させて欲しかった、とふたりは嘆いたが、それよりも、雪の妖精さんは、熱くて熱くてしかたがないかった。


 嗚呼、超展開。



 執筆が終わった後、当然、反省会が開かれた。

 勇也は瀕死、魔王は重症、である。

「ぐはぁ」と血反吐をはく勇也が、息も絶え絶えに、こう語った。

「ま、まさか、こんな展開が、くる、なんて、お、恐る、べし、作家勇也、もう、死んだも当然、これでは、僕らの悲願も……」


「おい、いつまでやっている」

 完全回復した魔王が、勇也をたしなめる。

 誰にも読まれていない時の彼らは、自由である。なんでもありなので、重症の傷など関係なし。もっといえば、ふたりの妖精さんも、合体していない。


「まさか、合体させられるなんて」

「ほんと、これぞまさに、驚き桃の木山椒の木、だね!」

 炎の妖精さんは、あっけらかんとしているが、雪の妖精さんはたまったものではない。


「消そうと思っている作品だから、やぶれかぶれになっているのかもしれないね」

「それは一理ある」魔王がうなずく。「とはいえ、これで、書くことの楽しさを再認識してくれればいいのだが」

「ひとりじゃないよ、なーんてね」


 そんな勇也の激励が、作家勇也に届いたかどうかを確かめる術もなく、1日が過ぎ、キャラクター達は平穏な日々を送っていたが、2日がたち、誰かが不安を口にすると、3日目には嫌な噂が広がり、4日目、それはある種の確信へと変貌し、5日目にはもう絶望であった。

 突然、消えるかもしれない。

 魔王は、そんな覚悟すらもしていた。

「禁忌を犯して、消される。罪と罰、といったところか」

「私、思うんです」雪の妖精さんが、おもむろに口を開く。「確かに、消えてしまうのは嫌ですけれど、でも、この平和で自由な世界を享受できただけで、それはそれで幸せだったのかもしれないな、なんて。もちろん、この世に生まれたからには、名を成してこそかもしれませんが、誰にも読まれなくても、誰にも私達の存在を知ってもらえなくても、それは、ある意味、幸せだったと、思うのです。だって、私、今のこの時間が、とっても楽しいですもん」

「あたしもだよヘレン‼ 作家勇也様に大感謝だねっ!」

 雪の妖精さんことヘレンは、優しくほほ笑み「ありがとう、エレン」といった。


 魔王も、勇也も、ヘレンと同じ気持ちだった。

 己の雄姿を見せつけたい、時には無様な姿をさらすこともあるだろうけれど、そこから、読み手が何かを感じ取ってくれれば、それでいい。それこそキャラクターの本懐である、なんて信じ疑わなかったけれども、今この瞬間こそが幸福しあわせであるという意見に、ふたりは、なんら反論もなかった。



 ある作品が消えた。

 探偵小説であった。

 パイプをくわえた古風な私立探偵が姿を消した。そのおてんばな助手も、ペットの柴犬も、みんな、いなくなった。ライトのようにさっと消えて、面影どころか、残された者たちの記憶も、たちまちに曖昧となり、半時も過ぎれば、きれいさっぱり、その存在は、消滅していた。


 またある作品が消えた。

 だけれども、誰一人として消滅した者を思い出すことは、ない。

 

 ずいぶんと寂しくなった講堂の真ん中で、魔王が、ひとり声を上げる。

「1週間、もう1週間だ。今まで、これほど更新が途絶えたことがあっただろうか……、いや、ない」

「もうさ、けっこう消えてるかもしれないね」と勇也が、口を開く。「ここ何日かのPV、最悪なことに、ずっと0だし、僕らが決死の覚悟で動いたあのエピソードなんて、未だに誰にも読まれてないし」

「うむ」――魔王は渋い顔で答える――「良かれと思い、派手に動いてみせたのだが、作家勇也は、もう……」


 登場人物達は、もうあきらめていた。

 有名になる、なんて夢はもちろん、捨てた。だけど、自由でお気楽な今の生活に、やはり未練があった。確かにそれは、小さな幸せかもしれない。でも、それで十分だった。


「消えるくらいならと、思い至った末の決断であったのに、私はほんとうに間違っていなかったのだろうか」

 魔王は自問していた。

 その言葉を耳にした誰もが、同じ疑問を抱いていた。


 沈黙の中で、魔王がふと姿を消した。呼ばれたのだ。誰かが、作品を読んでいる。

 その場にいた勇也も、ふたりの妖精さんも、ひゅんと消えた。


 残されたものは、彼らの帰りを待った。

 どうせ、数分で戻ってくる。だれも、なにも、期待していなかった。

 新入りの豚も、お呼ばれされ、あっという間に帰ってきた。彼は賭博場のオーナーであった。


 五分後。帰らない。

 そしてさらに、五分。まだ、帰らない。

 誰かが、自分の右頬をつねった。

 ある者は、祈った。なんまいだーなんまいだー、と。

 またある者は、頭をかきむしった。

 そうして、ようやく、魔王御一行が、その姿を再び現したとき、登場人物達の目はらんらんと輝き、その鼻息荒くして、もう、今にも彼らに襲い掛かりそうな勢いであった。


 その日、とある読者からコメントがついた。


『かなり面白くなってきました! 今後の展開が楽しみです!』

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