消滅の危機に瀕して
「誠に遺憾なのだが、」と魔王が口を切る。彼女は、とある作家によって生み出された超絶美人魔王様で、肌は真珠のように美しく輝き、艶やかな黒髪とその洗礼されたスタイルは、老若男女を問わず、誰しもを魅了する、そんな美貌の持ち主である。
「この世界が、消滅しようとしている」
すりこぎ状の、講堂の中心で魔王は、声を大にして訴えた。
魔王を囲うようにして集ったキャラクターたちがざわめく。皆、動揺を隠せない。
「
魔王が隣の、冴えない男を促す。その男は、名を、
「2020年12月1日、ちょーくもりぃ」――勇也が暗唱する――「やっぱ駄目か。俺の小説、つまんないのかな。書いても書いても、書いても書いても……」
勇也の言葉ひとつひとつが、その場にいた登場人物たちを怯えさせ、悲しませた。そうして、最後の、「もう全部、消しちゃおうかな、これ」という一言が、全キャラに、絶望を与えた。
「消滅だけは、ご勘弁ねがいたいもんだねぇ」
「ああ、無情」
「わたしたちのじゆーなせかい、なくなっちゃうの?」
「僕、まだ、童貞、なのに……ちくしょう……」
これらは、キャラクター達の悲痛の、声である。
「勇也! あんたはどう思うんだい⁉」
「うーん、どうっていわれてもねぇ」
日記を
「あんた、作家勇也の分身みたいなもんだろ」
「うーんまあねぇ、分身っちゃあ分身なんだけれどね」
かの日記を書いた作家勇也は、自分自身を登場させるタイプの小説家であった。
ここで、一応、断っておくが、勇也は、売れない、どころか、商業出版もなければコンテスト入選の経歴すらもないド素人さんであることにご留意いただきたい。
「魔王さん!」と、煮え切らない勇也を諦めた何某かが、問い掛ける。「あんたはこのまま消滅してしまってもいいのか?」
「無論、消滅は避けたい。だけれども、そのためには、作家勇也を励ます必要がある」
「受賞とかすればねえ、いいんだけど」
魔王の隣で勇也がのん気に発言する。
「そんなことができたら、とっくに、俺たちゃ有名人さ」
どこからともなく溜息が聞こえる。
「なにがどうなったら、うまくいくのかしらね」
現況を嘆くようなそのつぶやき声に、誰もが共感する、そんな雰囲気だった。
読まれない作品のキャラクターさん達もまた、作家と同様に、悩み、苦しいのである。
「できることはある」
魔王が重々しい口調で話し始める。
「小説の登場人物である私達が、勝手に動き出せば――」
「それは、あんた、タブーってやつだぜ」誰かが、たまらなくなり、魔王の言葉を遮る。
「わかっている。だが、もう、これ以外に方法はない」
「物語の当事者である僕達が、作品をより良い方向へ導く、ってことだよ」
勇也が、間の抜けた、いらぬ解釈を加える。
「いや、でも、わりとみんな、やってるみたいよ」
「そりゃまあ、やろうと思えば、誰だってできることには違いねえけどよ」
「ばれなきゃ大丈夫でしょ」
「なんか裏があるんじゃないの?」
賛否両論であった。
「私は」魔王が声を張り上げる。ざわついていたキャラ達が、一瞬で、口を閉じる。
「私は、たとえ禁忌であろうとも、消滅するというのなら、人倫にもとる行為を、断じて、恐れない。そうして、ただただ憧憬を抱いていた大人気という称号を、いわば小説の世界で把持しうる至上の名誉を、この手で、掴みたい。いや、掴んでみせる」
握りしめた拳をほどき、魔王様はこう付け足した。
「すまないが、私にみなの力を貸してくれまいか」
「俺は、賛成だ」やおら、ある男が口を開く。「消えちまうのを、指をくわえてみているだけなんて、俺は嫌だ」
「ああ、その通りだ!」
「あたし、バズれるかも☆」
「いっちょやってみっか」
数名の言葉に励まされ、無言の群衆がひとり、また、ひとりと、大きな大きな拍手を響かせ、そうして、誰かが雄たけびをあげ、気付けば講堂は、拍手喝さいと大歓声に包まれていた。
この時、キャラ達の気持ちはひとつだった。
皆、純粋に有名になりたかった。数多くの読者に、その存在を、知ってもらいたかった。
とにかく読んで欲しい。
彼らの思いは、ほんとうに、それだけのことであった。
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