青空が泣いた日

⚡︎

「辻村雅樹、年齢30歳。若月真優の家を道路を挟み、斜め右の家が15歳まで住んでいた実家です。現在勤めている会社の社長に拾われ、事務をしているそうです。」

「拾われた?」


堺が運転する車は、事故で動きの遅いインターチェンジで足止めをくらっていた。とっくに着いててもいいが、雪が降る地域では皆天気予報は欠かさず見る。

積もると感じると、家を早く出る者が増える為、天気と人の動きの両方を読まなければならない。

竹内は何本目かの煙草に火を付け

「不良少年かなんかだったのか?」

「いえ、特に問題を起こしたとかはありません。ですが、高校には進まずにそのまま就職しています。」

「ヒョロっ子だったら建設関係が拾うか?」

「会ってみなければ分かりませんが、かなり頭は良いみたいで、それに回転も早く細かい事にも気が付くとか。そっちの面で気に入った可能性が高いです。」

「分かった。ちょっと扱いに気をつけなきゃならんかもしれんな。時間までに間に合うように降りる所も考えとけ。」

「はいっ。」


インターからは既に会社の建物は見えている。

車は便利とはいえ、もどかしさを感じているのは俺達だけでは無いだろう。

その間に、考えている事をまとめる。

幸い、辻村雅樹は現場に出ていないのが救いだ。

「ここで降りるぞ。下道を通った方が少しは早い。

あと、お前は日記はあれから目を通していない。だからと言って俺は、細かに言わない。時間も限られている。勘に頼ってもいられないが、なるべく端的に芯をつくこと。言ってる意味分かるか?」

「余計な事は言う暇は無い。という事ですよね?」

「それでいい。よし、ここで降りる。」


目の前には、少し離れたら絶対に無いガラス張りのビルが建ち並ぶ。

建ち並ぶとはいえ、都会とは比べ物にならない。よく見れば、古新問わずテナント募集の札が見える。

比べるのは良くない。と、頭をリセットする。


手前自身が、見て、感じる…それが全てだと。


「会社の近くまで来たら、少し離れたパーキングに停めるといい。」

「はい。」

「初めての事だから、余計な事にはストップかけるぞ。」


ガラス張りのビルの中に、一つだけ大きな一軒家のような建物がある。結城建設…。

インターホンを鳴らすと、反応があり名乗ると応接室に通された。

寒さと暖かさが混じる、エアコンを付けてそこまで時間の経っていない部屋。


「今呼んできます。」


頭を下げると、固めのソファに腰を下ろす。

数分とせずにノックの音がし、一人の作業着姿の男が入ってきた。

後ろには、先程の女性が静かにお盆を持ち、お茶を置き、足早にドアを閉めた。


「僕が、辻村雅樹です。御足労お掛けしました。」


長身の痩せた男。声色も柔らかく、中性的な何かを感じる程

「竹内です。こっちは部下の堺。

仕事中お時間を頂きありがとうございます。」

「いえいえ、まずお茶でも飲んで下さい。安いものですが、少し煎れ方を変えるだけで美味しくなるんです。」

堺は初めての事に、既に一口飲んでいる。

それを見ている辻村の眼は優しいまま…

「有難くいただきます。…しかし、かなり落ち着いていらっしゃいますね。」

辻村も一口お茶を飲むと

「いえ、緊張しています。ですが、若月さんの事ですよね。もしかしたら疑ってる面も多々あると思いますが、僕をよくしてくれたお姉ちゃんみたいな方でしたから…。刑事さんに伝えれる事であれば協力します。」

「では早速…。若月真優さんが亡くなる前に一度お会いしていますよね?」

「はい。事務を主にしていますが、たまに取引先に出向いたり、まぁー…、こんな感じなので、よく女性と勘違いされます。背の高い女性って結構いますよね。嫌味とかでなく、それが僕なので飾ったり作ったりもしませんし、だからとからかわれたりもしません。今は。ですが。

その日、そのまま直帰していいとの事で、久しぶりに実家の近くにあった喫茶店に行こうと思ったんですが、やめちゃったみたいで…近くの商店街をぶらぶらしていました。」

「そこで、若月真優と偶然会ったと。」

「偶然…というより、刑事さんたちはここの方ですか?」

「俺は違います。でも、こっちに来て何年か経つので、なんとなくしか分かりませんが…。こいつ…失礼。隣にいるのはここの人間ですがね。」

辻村は視線を竹内から堺に移す

「なら、少なくとも分かって頂けるかと思います。」

言葉もさながら、微笑む顔は優しく、若月真優が混乱するのもわからなくない。

だが、性に関して容易く決めつけてはいけない。性別について深く考えた事はないが、安易に決めつけも押し付けてもいけない。

俺が考えていると堺が口を開いた。


「津村さんはなぜ、すぐに若月真優と分かったのでしょうか?正直言うと、若月さんは実年齢より上に見られていました。いくら狭い地域であれ、人の変わり方は地方だろうがどこだろうが、ストレスや様々な要因が関係してきます。」

「怪しんでるのはそこでしょう。」

辻村は二人を視界に入れ

「僕は、小さい頃から弟のようによくしてもらっていました。癖や、その人が持つ空気…というのでしょうか。それはなかなか簡単には消えないものです。思春期の頃は、男だったら女性を意識したり、その逆もありますよね。僕にはそれがありませんでした。

「変な奴」とからかわれたこともありましたが、真優さんは変わらず接してくれていました。

言葉とか態度ではなく、それこそ空気です。

この人といると会話は無くとも楽しいとか、近くにいると落ち着くとか…。その感覚が残っていたので声を掛けました。

当時の呼び方で呼んでみて、反応が無かったら謝って帰ろうと。一か八ですね。」

「そしたら反応があったと」

「はい。見た目は、歳を重ねれば変わるのは分かってましたが、この人はまーちゃん、真優さんだと。」

「連絡は来なかった。」

「来ませんでした。ですが、「まーくん?」と聞こえた気がしました。聞き間違いだと思いますが…。」


「一つだけ聞かせてください。」

「答えられる範囲であれば。」


竹内は堺を横目で見る


「なぜ、進学せずに家を出たんです?」


初めて辻村が言葉に詰まった。

お茶をゆっくり飲むと、長い息を吐き


「真優さんが進学でいなくなったからです。

恋愛感情とかはありませんでしたが、僕が居る意味もなくなったからです。」


「話をして頂き、ありがとうございました。」

竹内は辻村と堺の顔をさっとみて頭を下げた。

堺はまだ何か言いたそうだが、足で合図を送り外まで出た。


車に乗り込むと堺は「…ない」と呟く。

「分からない」なのか「こいつじゃない」なのか判断はつかなかったが

俺は堺に反論はしなかった。


「次、お前ならどこへ行く」

「辻村の実家ですね。社長も気になりますが…、それより二人が会った商店街が気になります。」

「ここいらだとどっちが近い?」

「もし、その商店街が花町商店街であれば、そちらを通ってから辻村の実家へ行く方が道なりです。」

「よし。」

堺は静かに車を走らせた。


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