「おばあちゃんとの関わりがきっかけ…?」


「読めば読む程わからなくなる。なぁ堺、お前の方に母親は出てくるか?」

「いえ、今のところ1回きりですね。おばあちゃんが亡くなった時の。」

「父親は?」

「いえ、出てきません。」

「その他親族や友達はどうだ。」

「そちらも全く。」

竹内は椅子にもたれ、煙草に火をつける

「あぁ、こっちも正樹って人物が一度出たっきりだ。しかも曖昧な状態でだ。こんな言い方は悪いが…、どうやって生きてきたのか全く見えてこない。」


堺は胸ポケットから手帳を出し

「若月真優の基本情報では、高校中退後、パートやアルバイトをしています。

高校は2年で中退していますが、進学で都心部にある看護·福祉等を中心とした心理学科に入学。後にこっちに戻り今に至る…

仕事も5年前には辞めてます。

竹内さん、合う合わないは誰にでもありますが、なぜ仕事は一切関係の無い場所に務めたんですかね?」

堺は、額をコツコツ人差し指で叩いている。

どこかの刑事ドラマでも、もうしていないだろう。

「ここから都会に出るわけだから、それなりの目標なりやりたい事や夢があったんだろうな。

お前も剣道やってたんだろ?なんでやろうと思ったんだ?」


「はいっ」

椅子からすくっと立ち上がる堺の眼は、輝いている。

「正直言うと、高校で初めて剣道部に入ったんです。マイナースポーツに感じると思いますが…、知れば知る程深いんですよっ!

最初は、素振りばかりで嫌になったりもしましたが、相手と向き合った時に

ここに決めたい。と思うわけです。」

「あぁ、聞くからまぁ、椅子に座れ。」

「はいっ」勢いのまま座るが、眼は子供のように無邪気なまま。

鬱陶しいかもしれないが、こんな真っ直ぐで馬鹿正直なこいつを憎むことは出来ない。

竹内は感じる。

「そうすると、じゃあ、相手はどこを狙ってるんだろう?と、心理戦になるわけですよ!テレビでもたまに試合を中継してますが、全く分からない人からしたらじりじりとじれったくてつまらないでしょうけど、ほんの一瞬で試合に勝敗がつくんです。たった棒一本で。あれをわかってしまったらもう…。竹内さんっ、分かりますか?」

「わからん。剣道に関してはド素人だから言葉は控える。

だが、お前は、楽しみを見つけた。だから補欠だろうが頑張ったんだよな。その時、レギュラーになって試合に出たいと思わなかったわけないよな?」

「そりゃあ…」

今度は切なそうな顔をした子犬のようだ。

「部活内と試合じゃ、全く違いますからね。部活だと、癖というか…狙ってる場所や次やりたい事が何となく分かってしまうんです。たった一度だけ、試合に出させてもらった時に感じました。部活の先輩に似た間合いを取る人で、過信してたんでしょうね。

必ずここを狙うと。全く違いました。悔しかったし、これが剣の道とわかった時に、補欠だろうがやり続けようと思いましたね。反面、辞めようかな…とか葛藤もありましたけど…。」

「それなんだ。」

「ん?」

「いくらやりたい事でもな、体ではなく心が折れちまったら、大半は諦める。逆もある。やりたいのに心より先に体が悲鳴をあげる。どっちにしろ、自分が目指した道を気持ちとは裏腹に体や心がやめちまうんだよ。

お前なら体を傷め、気持ちが萎えてまでも楽しいと、続けたいと、思うか?」

「…、それは……。俺なら自分の全力を出して補欠だったから続いてたし、応援も出来ました。でも、悔しい気持ちが悪い方へ向かっていたら続かなかったでしょうね…。」

「そこなんだよ。」


竹内は優しく言う

「いくら夢ややりたい事があっても、何かがきっかけで大嫌いになって、離れてしまうこともあるって事だ。好きな事を自分の意思でない部分が拒絶してしまったら、何が出来る?どうなる?自身への憎しみかあるいは葛藤だ。

戻りたくもなるし、やめた方がいいと自制心もはたらく中、その苦しみがわかるのは己だけ。

それをふまえて考えると、若月真優は心理学科で何を夢見て学び、なぜ、人や物との接点を消していったか分かるかもしれない。」


顎に手を置き

「では…、何かに強い挫折感を抱き、何年もの間それを抱え続けた…って事ですか?」


「言いきれんが」竹内は一冊のノートを堺の元に置く。


「大好きな雪や虹が赤く見えるようになった。と、ある。滅多に無いし、年齢的に合わないが…、心因性の障害があった可能性がある。」


堺は開かれたノートをさっと見た後、竹内の顔をじっと見る。ただただ真っ直ぐな眼で。

「何か言いたそうな顔だな。」

「竹内さん…」

「なぁ、堺」竹内は、堺の言葉を遮る。

「話は、これを解決してから聞く。話すのが嫌になるくらいな。

今のごちゃごちゃな感情のまま話した所で、見えてこなかったものに辿り着けるとは思えん。先ずは、こっちに私情抜きでぶつかれ。ある程度、聞き込む対象を書いておいた。」


堺はにこっと笑う。

いつもなら、鼓膜が破れんばかりの返事が来るのに。

急かさない。日記と一緒、急いでも何も見えてこない。

ただ、今俺は、簡単には行かない事を実感している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る