第4話 騎士団長デイル・カルヴァトス

 今日という日は栄えある我がハイランド王国にとって建国の日、並びに《悪魔の怒り》と呼ばれる国を襲った災厄の訪れ以来の非常に重要な節目の一日となる。


 なぜならそれは、我が騎士団が忠誠を誓う《奇跡の聖女》との決別の日だからである。

 普段であれば一度忠誠を誓ったものに対し、それを取り下げるような行為は絶対にあってはならない。


 まして、その対象が女性ともなれば尚のことである。


 だが、たとえ不本意であれ今日という日に残念ながらそれは実現してしまう。


 そうなってしまった原因は端的に言って《奇跡の聖女》を良しとしないごく僅かな連中が原因だ。


 奴らは聖女を信じる人々を言葉巧みに籠絡しては《奇跡の聖女》に対する疑念や不信感といったものを的確に確実に人々の胸の中で大きく成長させていった。


 それからしばらくすると、街中では『我々はみんな騙されていた』や『国の財産を食い荒らす悪女』や『国を騙し続けた悪魔の一家』などの良くない噂が僅かだが流れ始めた。


 当然そんな噂は誰も信じなかったし相手にもしなかったのだが、中には信じてしまう人もいたようで街中は一時期混乱状態が続いていた。


 中でも当初より《奇跡の聖女》を疑っていた連中の狂気っぷりは側から見ていて正直恐怖を抱くものがあり、今後未曾有の大パニックが発生するのではないかと騎士団一同、肝を冷やす日々が続いた。


 護るべき対象が徒党を組んで国中で暴れ出してしまったのでは、我々騎士団はどうする事も出来ないからな。


 王都内はいつ大混乱になるとも限らないそんな非常に危険な状態であったが、そんな中で下された我が主君の決断と発言は我々の度肝を抜く驚くべきものであった。


『民の声をなによりも尊重し、必要であれば聖女とその一家を国外追放とするーー』


 ハイランド国が永きに渡って心の拠り所としてきた神の化身ともされるホーリーズ家を国外追放にすると、そう言い出したのだ。


 正直私は戸惑った。永きに渡りこの国を護ってきた聖女とその一家を、民が望む事だからといって国外へ放り出すような事をしてしまって本当にいいものかと……。


 私同様、騎士団全員が主君のその判断に困惑したが、あちこちから上がり始めた人々の歓喜の声と勢いに我々騎士団もただ黙っている事しか出来なかった。


 そしてその次の日には国民全てを対象としたアンケート調査が行われ、ほどなくして《奇跡の聖女》の国外追放が正式に決定した。


 それからわずか二日経った先日の事、善は急げとばかりに王太子であらせられるリチャード殿下が《奇跡の聖女》とその一家、ホーリーズ家の住まう屋敷を訪れアンケート調査の結果をもとにハイランド王国とホーリーズ家の今後のあり方について対談の場が設けられた。(対談とは言っても結果だけを通告する一方的なものであった)


 その日、殿下と共にホーリーズ家の住まう屋敷を訪れていた私は開け放たれたドアから聞こえてくる現聖女ーーセシリア・ホーリーズのその毅然とした発言に少なからず心を揺さぶられた。


 突然の殿下のご訪問、並びにホーリーズ家の国外追放というあまりに突飛な申し出に、普通ならもっと驚いたり取り乱したりするのが一般的な反応だと私は思うのだが、セシリア・ホーリーズは妙に落ち着き払っていてまるでこうなる事が最初から分かっていたようだったのだ。


 遥か昔の言い伝えが本当なら、今日に至るまで気の遠くなるほどの歳月をその身を挺してこのハイランド王国を守ってきたという事になる。そんなホーリーズ家の人間からしたら、自分達を国から追い出すというのはあまりにバカげた事であり、飼い犬に手を噛まれるどころの騒ぎではない筈だ。


 恩を仇で返すという言葉でさえ、その言葉に含まれる重量がいささか足りない気がしてしまうくらいだ。


 なのに、なのにだ。


 糾弾される現聖女のセシリア・ホーリーズもさることながら、ホーリーズ家の誰一人反論する事もなくただ静かに殿下の申し出を聞いているだけなのだ。


 怒りを露わにするでもなく、取り乱す訳でもなく、ただ静かに事の成り行きを見守っている。


 悪事が明るみに出て覚悟を決めたからこその落ち着きようなのか、聖女など不要と傲り高ぶった我々を哀れんでいるのか、剣を片手に戦う事しか出来ない私には到底分からない事だ。


 それでも、そんな私にもひとつだけ分かる事がある。


 これから先、このハイランド王国がどのような道を歩もうとも我々騎士団はその命尽きるまで人々を守り続けるという事だけだ。

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