グレーな聖女の備忘録〜国や家族の歴史とかって本っっっ当に大切なんだからきちんと後世に伝えてよね!

清水花

第1話 来たる終焉の時

 ノックもなく乱暴に開かれた扉から、この国の王太子であるリチャード様が怒りの表情を浮かべ部屋へと入って来た。


「聖女セシーーーーいや、セシリア・ホーリーズ! 並びにホーリーズ家の者達よ。お前達は今日限りをもってこのハイランド王国から追放する!」


 強烈な怒気を孕んだその声が部屋中に響き渡り、お茶を楽しんでいたホーリーズ家の一家団欒は脆く崩れ去った。


 先ほどまで頻繁に飛び交っていた笑い声は消え失せ、今は『ほっほっほっほっほっ!』という可愛らしい鳴き声だけが部屋中に響いている。


「我がハイランド王国は屈強な軍隊を有している! 大地は肥え、豊富な食料もある! 領地も知っての通り広大だ! 周辺国とも非常に友好な関係を築けている! 物作りの技術も高く、医学は常に最先端を走り続けている!」


「ーーーーはい」


 私は王太子殿下の顔を真っ直ぐに見つめ、短く返事をする。


「強く、強く、強く、屈強な王国。それが我がハイランド王国なのだ! 他の追随など絶対に許さん、全てが別格な王国。それがハイランド王国なのだ!」


「ーーーーはい。存じています」


「つまり! 屈強な我がハイランド王国は、わざわざ不確かなものから守って貰わなくとも、どんな困難でさえ片手で簡単に振り払ってしまえるのだ!」


「…………」


「セシリア・ホーリーズ。かつてこのハイランド王国を厄災から守ったとされる《奇跡の聖女》の末裔よ。私の言っている意味は分かるな?」


「はい……」


「ほう……慌てふためき泣き出すかと思えば、ずいぶんと冷静だな」


「いつかこうなるだろうと、予想はしていましたから……」


「ふん。聖女による未来予知とでも言うつもりか? だがもう我々は騙されんぞっ! 貴様にそんな力は無い! 我が王国が豊かに大きく成長したのは、国に住まう我々の努力あってのものだ! 平和であり続けていられるのは我々の強さがあってのものだ! 《奇跡の聖女》などと言う訳の分からない不確かなものが理由では決してないっ!」


「…………」


「大昔の先祖が起こしたという奇跡とやらも、どうせ何かの偶然が重なっただけの事だろう。お前達ホーリーズ家はそれをいい事に、聖女が起こす奇跡などと言う聞こえの良い不確かなものを皆にチラつかせ、ちゃっかりと国の財産を貪り食うペテン師集団だ!」

「…………」


「おい。例の物を!」


 リチャード王太子殿下が私から視線を切ってそう言うと、大量の紙切れを持った数人の男性が部屋へと入って来た。

「これを見ろ!」


 言いながら私の方へと数歩分、歩み寄りながら王太子殿下は一枚の書面を私の目の前へと差し出した。


 私はその紙に視線を走らせ、そこに書かれた内容をそのまま口に出した。


「ホーリーズ家の追放に賛成する。アゼル・トワイライト……」


 私の婚約者である彼と偶然にも同じ名前なのだが、こんな事もあるんだなと思った。


 それに字を書く際に字が右肩上がりになる癖まで同じだなんて、信じられないくらいのすごい偶然もあるんだなと強く思った。


 書面の隅に滲んだシミをぼんやりと眺めながら私はそう思った。


「ーー今日ここに持って来た書類は全体のおよそ一割程度だが、その全てに同じ内容が記してある。この国に住む全ての人々の意思が記してあるのだ」


「…………」


「分かるか? これは私が単なる思い付きで言っている事ではなく、全ての民が、このハイランド王国そのものが言っている事なのだ。ホーリーズ家はもう必要ないとっ! まやかしの聖女などいらないのだとっ!」


「……はい。十分理解いたしました」


「よって、ホーリーズ家の国外追放並びに特別公爵の爵位を剥奪。当然、財産も返却してもらう。今日中に必要最低限の支度をして、明日の朝には直ちに国を出ろ! 以上だ」


 リチャード王太子殿下は吐き捨てるようにそう言うと、背筋を伸ばし踵を返して部屋を後にするため数歩分、歩みを進める。


 と、そこで何かを思い出したように歩みを止めたリチャード王太子殿下はゆっくりとこちらへ振り向き、床の一点を指差した。


「でーーーーその白猫はいったい何なのだ?」


 リチャード王太子殿下が指を差す先には飼い猫のジロウがいて、今は表情豊かな笑顔を浮かべながら『ほっほっほっ!』といつもの可愛らしい鳴き声を上げていた。


「ジロウは私達、ホーリーズ家の愛猫ーーーー家族です」


「……そうか。奇妙な鳴き声といいホーリーズ家に拾われた事といい、つくづく運が悪い猫だな」


「シャアァァー!」


 と、奇妙な鳴き声と言われて腹を立てたのかジロウは全身の毛を激しく逆立てた。


「うっ……とっ、とにかく話はこれで終わりだ。私はこれで失礼させてもらう。おい、行くぞ」


「はい」


 リチャード王太子殿下はそう言いながら、若干怯えた様子で部屋を後にした。


「そもそもなぜ関係のない猫の面倒まで国が見てやる必要がーーーー」


 そんなリチャード王太子殿下のお言葉は途中で扉が閉められてしまったため、残念ながら最後まで聞く事は出来なかった。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 殿下がお帰りになられると、部屋の中は先ほどまでの喧騒がまるで嘘のように静まり返ってしまった。


「おっほっほっー!」


 重い沈黙が垂れ込める中、リチャード王太子殿下をみごと追い返した事に満足したのか、ジロウはそんなふうに鳴いた。

 

 





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