第41話 はじめての長期休暇(7)

 そのあと、三曲目でキャロンとエリックのペアがダンスホールに入ってきた。二人とも慣れているのが分かる足運びで、ダンスの息も合っていた。四曲目でペアを交代する。


「こういった場所でこうやって、一緒に踊る夜がくるなんて――感慨深いよライラ」

「今まで心配してくれてありがとうね」


 幼馴染みの呼吸というのか、エリックとも踊りやすかった。

 五曲目に入り、四人がダンスの輪から外れるとすぐに、レオナルドのそばに複数の女性が寄ってきて、それぞれにダンスを申し込まれた。


 ライラと踊っているところを見て、良ければ踊ってくれると思ったのだろう。今まで誘うのを我慢していたのが分かる、焦れったい必死さがあった。それを見て、心のうちを黒い靄が多う。


 レオナルドと踊りたい、その気持ちは分かる。けれど、彼女たちには悪くとも、レオナルドには踊って欲しくない。おそるおそる彼を見上げると、ちょうど目が合った。レオナルドは、ふ、と笑うと、彼女たちに眉根を下げて微笑んだ。


「すみません。今夜はこの子としか踊らないって決めてるんです」


 その子誰ですか――と聞かれる前に、ライラはレオナルドに肩を引き寄せられて会場の奥へ隅へと移動した。エリックやキャロンも置いてけぼりである。マントルピース近くの柱にかけられたカーテンの中に入り、そこは凹みになっていた。とある壁面部分をぐっと押すと隠し扉が開き、まっ暗だが通路があった。


「えっ、こんなとこ入っていいの? ってか何で知ってるの?」

「家同士の繋がりがある知り合いって言ってただろ。入っても大丈夫大丈夫。身内の秘密の通路だから」


 通路に入ると、天井から吊り下げられたランタンがポウンポウンと灯されていった。十数歩行くと階段があり、レオナルドの後に続く。結構な長さを上がると、煌々ときらめいているシャンデリアが見えた。赤い絨毯が敷かれた狭い廊下に、オペラハウスのようなボックス席が数カ所設けられている。通路とは深紅のカーテンで仕切ることができるようである。右の奥の一カ所はカーテンの帳が落ちていた。


 レオナルドは左に進み、一番奥のボックス席に入った。マホガニー製の小さな丸テーブルと、深紅の半円型のソファがある。下を覗くと、やはりそこは夜会の会場だった。身を乗り出して手を振ったりしないかぎり、おそらく下からは気が付かれない。


 ボックス席はなかなか高い位置にあるらしく、下にいる皆が小さく見える。色とりどりのドレスがキラキラしながら踊っている。飲みながら楽しそうに喋っていたり、隅でいちゃついているカップルや、娯楽コーナーでビリヤードをしていたり。


「壮観だねぇ」

「ここはホワイト子爵とか、仲良いメンツがこっそり使う場所でさぁ。あと、あそこの仕掛けを見破った奴も入っていいんだ」

「なるほど。上から眺めるのも楽しいし、休憩するのにも丁度いいね」

「それだけだと思う?」


 レオナルドが通路側のカーテンをシャーッと閉めた。途端、追い詰められたような気分になる。


「こっそりイチャつくために決まってんだろー」

「えー!」

「えー! じゃねーよ。はい、キスします。髪のセット崩したくないならライラも協力しろ?」


 レオナルドは丸テーブルを会場側の手すり壁の方へずらし、スペースをあけた。ソファに座る自身の太腿をポンポンと叩く。


「まさかそこに乗れって言ってる?」

「そうでーす。それともここに押し倒されたい? 俺、髪とかぐっしゃぐしゃにしても直せないけど」


 ふるふると首を振るライラを、レオナルドがじっと見つめてくる。これは、必ず、やる奴の目である。かといって、ここから逃げ出す気も無いライラは観念して彼の膝の上に跨がるようにして乗った。少し見下ろす位置にあるレオナルドが、至極満足げに笑う。


 頬に手を添えられ、ライラは誘われるように屈んだ。レオナルドは髪のセットが崩れないよう注意はしてくれるらしく、いつもは後頭部に回る掌が今日はない。ソファの背もたれは低く、その上部にレオナルドは後頭部を載せてライラを見上げている。ライラはやや上から覆い被さるような体勢である。


 触れあわせるだけの口づけをすると、レオナルドが追いかけてきた。角度を変えて食まれると、ライラももう少しだけ唇を押し付けるようにして深く食み返す。

 レオナルドの両手が腰を掴んでいる。ライラは彼の両肩に手を置いて、しっかり唇を合わせた。ぬるりと入ってきた舌に自分のものも絡める。深く深く口内を探索しようとする舌の勝手を許し、口の端からたらりと唾液が零れていった。


 薄く目を開けると、左側からきらきらしたシャンデリアの光が自分たちを照らしている。階下からは調和のとれた楽しげな音楽と、靴音やお喋りによるざわめきが聞こえる。こんなに明るくてたくさんの魔族たちがいて、右側は分厚いカーテンに閉じられており暗くて重い。どこか背徳感もあるこの場所は、こういう逢い引きをするために造られたのだ。だってどきどきする。


 はぁはぁと息があがってきて、一旦顔を離した。とろりと透明の糸が二人の口元を結び、切れた。

 レオナルドの頬は火照り、瞳は潤みながらも溶けながら燃えていて、息は荒い。ライラもきっと同じような顔をしている。


「っ……。ヤッバ」

「うん……ヤバい」


 お互い、まだ足りなかった。どくどくどくどくと心臓が脈打って煩い。レオナルドに右腕を引かれ、同時にライラは身を屈めた。

 そのとき、階下からどよめきが起きた。異変でなく、囃すような浮かれたような、そういう波である。

 ぴくり、とライラの体の熱が少し醒め、レオナルドも同様だった。互いに顔を見合わせて――笑った。


「このままだとヤバかったかも。キスだけで終わった、って断言できない」


 正直、ライラも同じことを思っていた。

 レオナルドの膝から下りて、二人で階下を見下ろした。ざわめきの中央はとある男女のカップルらしい。紺色の夜会服の青年と、薄水色の爽やかなドレスをきた女性のカップルが、ダンスの輪に交じろうとしている。


「ファル兄とメルヴィア先輩だ」

「なるほどなぁ。巷で噂の特大カップル登場ってやつか。ファルマスは夜会であんまり踊りたがらないし、フォレスト先輩はそもそも夜会に出てもすぐいなくなってるらしいからな」


 その二人が仲睦まじそうに踊っている。花弁に金色の縁取りをした黄色い薔薇を揃いで身につけているはずだ。ファルマスからそう聞いている。

 ライラは手摺りに手を乗せて、二人のワルツを一曲分見つめていた。二人は一曲終えると輪を外れ、ウエイターから飲み物をもらって壁際に移動する。そうしてふと、ファルマスがこちらを見上げた。


「ん? ここを見てる?」


 ファルマスはぐいっと自分のグラスを一口で呷ってウエイターに返すと、恋人であるメルヴィアのグラスを取り上げた。そうして手をつないで会場を横切り、視界から消える。


「いなくなっちゃった。ねぇレオ、今夜はいつぐらいに帰るの? キャロンちゃんたちどこにいるかな」

「あいつらは色んなところと挨拶するだろうからな。たぶんまだかかるんじゃないか」

「じゃあ、もうちょっとここでのんびりしてていいかな」

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