第8話 魔法相続士協会

 朝比奈あさひなの館から撤退した直人なおとたち一行は、あらかじめ確保していたホテルの一室に集まっていた。


「あの朝比奈ってやつ、めちゃくちゃ気持ち悪かったね」


「ウカちゃん。そんな風に言ったらダメだよ!」


「ハルは見てないからそんなこと言ってられるんだよ。ホント、ものすっごく気持ち悪かったんだから!! ハルだって、実際にあいつを見たら絶対「うげぇ~」ってなるよ」


 館では言えなかったことを思いきり口にする冬華とうかを、画面越しの春華はるかがたしなめる。春華とは、経過報告と安否報告を兼ねて、端末を使った映像通話でつないでいた。


「ボクも冬華に賛成だヨ。あいつは……」


「どうかしましたかな?」


 言いかけてやめたメルに、行定ゆきさだが尋ねる。


「なんでもないヨ。それより、もっと確かな情報が必要なんだろう? ナオ。情報を得るあてはあるのかい?」


 情報が少ないことを理由に一応の了解を得て皆を撤退させていた直人に具体的な妙案があるわけではなかった。だから、答えに行き詰る。


「まさか……。なんにも考えずに、言われるがままボクらを撤退させたっていうの? 呆れたヨ。てっきり、何かいい案があるのかと思ったのにサ」


「そう怒るなよ。あのまま、あそこにとどまっていても、きっとあれ以上に有益な情報は得られなかったと思うぞ。それに、あの朝比奈ってやつは普通じゃない。もしかしたら、危険な目にあってたかもしれないだろ? 俺やメルだけなら、まぁそれもしょうがないけど、東条さんや冬華さんもいるんだ。態勢は万全に整える必要があるだろ?」


「私は大丈夫だよ? 何があったって平気。だってほら、私は何度でも組成できるし……」


「ウカちゃん!! それは、ダメだよ!! それに先生も。先生とメルちゃんだって、危険なことは極力避けるべきです」


 冬華が言い切る前に、珍しく春華の厳しい声が飛ぶ。


「情報なら、何もそんな危ないことをしなくたって集められます。こんなことならウカちゃんじゃなくて、私が行けばよかったね」


 怒りながらも半ば呆れ気味の春華は、冬華の痛いところを的確に突いた。


「いや、今回はメルちゃんのチョコを盗んだ猫に着いていったら、その先にたまたまヤバい奴がいたってだけで……」


「それでもですっ!! 言い訳は聞きたくありません。もうちょっと計画的に動かないと!」


 春華にぴしゃりと効果音が聞こえそうなほど一喝された冬華は、しゅんとなってしまった。心配する春華の気持ちが分からないわけではないので、素直に「ごめんなさい」と謝る。


「それで? 春華ならどうやって情報を集めるっていうのサ」


 小さくなった冬華に代わってメルが尋ねると、春華は端末の画面を見せた。

 そこには、『魔法相続士協会第二の島セカンドアイランド支部』と書かれている。


「これです。魔法相続士は、必ず協会に加入することになっていますよね?」


「うん。春華さんの言うとおり、各特別区にある協会の支部を通じて、加入することになっているよ」


 春華が満足そうにうなずきながら画面をスクロールすると『魔法相続士協会第二の島セカンドアイランド支部』の文字が隠れ、『魔法庁事務次官 小山内直弼おさないなおすけ 来庁中』という文字が現われる。


「ちょうど魔法庁の事務次官さんが来ているようです。この事務次官さんから、何か情報を得られませんか? 協会に所属する魔法相続士は、魔法庁の監督下にあるのですよね? そんなに怪しくて危なそうな魔法相続士です。もぐりなら魔法庁に目をつけられていてもおかしくありませんし、協会に加入している正規の魔法相続士だとしても、もしかしたら職務停止などの懲戒処分を受けているかもしれません」


「いや……。恐れ入ったよ。魔相士の情報を得るなら、協会は必ず当たるべき場所だね。しかも、魔法庁の幹部が来ているとなると……。おっしゃるとおり、有益な情報が期待できる。春華さんは、魔相士のことを本当によく勉強しているね」


「なにを言ってるんだヨ。それって、ボクたちが朝比奈に出会ったからこそできる後付けの作戦じゃないか。偉そうに言わないでほしいネ」


「メルちゃん。そういうことを言うなら、帰ってきてもチョコレートはありませんよ?」


 不貞腐れるメルに、春華が容赦ない言葉を浴びせる。


「それは勘弁しておくれヨ!! ……よぉしっ!! 春華が考えてくれたすっごい作戦でいこう!! 協会に行って、小山内をとっ捕まえればいいんだヨネ!!」


 見事に手のひらを返したメルに先導されて、直人たちはホテルを後にした。



 ♦



 魔法相続士協会第二の島セカンドアイランド支部は、島の中心部から少し外れた閑静な場所にあった。島全体を包む浮かれた雰囲気とは無縁の官庁街だ。


第三の島サードアイランド以外の協会に入るのは初めてだよ」


「そりゃ、そうだろうネ。だって用がないもん。第三の島サードアイランドでだって、滅多に協会へは行かないじゃないか」


 しみじみと言う直人にメルは素っ気ない言葉をかける。


「たしかに……。私、先生が協会に行くっていうの聞いたことも見たこともないかも……」


「ふん。冬華は協会の存在自体、知らなかったんじゃないかい?」


 メルの反応はどこか冷たい。チョコレートを奪われた怒りが未だに尾を引いているようだ。


「魔相士協会というのは、具体的に何をするところなのですかな?」


 魔相士とは無縁の一般人である行定が遠慮がちに尋ねる。


「基本的には、私たち魔相士の業務の補佐をしている組織です。ただ、お恥ずかしい話ですが、放っておくと好き勝手やる魔相士が出てくるので、魔法庁という上級官庁が入手した情報を元にそういった魔相士を取り締まったり、もぐりの魔相士を取り締まることもその役目にしています」


「ほほぅ……。そういった組織であるならば、どう見ても不良魔法相続士であった朝比奈殿の情報も何かしら持っているだろう、ということですな?」


「そういうことです。情報を持っているのは魔法庁なのですが、通常、情報を得るには協会を通じて魔法庁に照会をかける必要があります。なので情報が得られるまで、数日から数週間を要するのですが、その魔法庁の幹部が来ているらしいのです」


「なるほど、なるほど。それは心強いですな」


 行定は直人の説明を聞いて「ほっほっほ」と軽快に笑った。


「でもさ、その魔法庁の偉い人ってそんなに簡単に接触できるの? できたとして、情報を渡してもらうことなんてできるのかな?」


「問題はそこだよね。末端の魔相士が突然会いたいと言って、簡単に会える人ではないから……」


「心配いらないヨ。会えるし、情報も渡してもらえるヨ。全然、問題ない」


 直人の声を遮って、メルは全く意に介さないとばかりに即答する。


「おい、お前。またいい加減なこと言ってないか? 相手は魔法庁の事務次官だぞ?」


「だから? そんなの全然問題ないヨ。ボクが会いたいと言えば、すべての予定をキャンセルして、小山内の方から飛んで会いに来るヨ」


 メルは何かを思い出して「クククッ」と笑う。


 メルは嘘を吐かない。

 メルがそう言うのであれば、間違いなく小山内と接触することができる。だが、直人は、メルの言葉を簡単に信じることはできなかった。


 直人のようなしがない魔法相続士にとって、魔法庁の幹部は雲の上の存在だ。そんな人物と普段だらけることしかしていないメルが顔見知りで、あまつさえ呼びつけることができるなど想像ができなかった。


「ボクのことを誰だと思っているんだい? ボクは第三の魔女テルティウスのまじょメルティオラだヨ。いくら小山内が偉いと言っても所詮は人間だろう?」


 メルはいつもどおり、こともなげに言ってのける。メルにしては珍しく時間がかかったが、チョコレートを失ったことで損ねた機嫌はすっかり元どおりになったようだった。

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