第6話 捜索が最優先
入ることができる部屋はすべて探したが、
どこかに埋もれているかもしれないと、できる範囲で瓦礫をどかしてみたりもしたが、いずれも空振りに終わった。
直人たちが限界集落に到着したのは昼過ぎだったが、今は、だんだんと日が暮れてきている。
父親の亡骸と予期せぬ対面をした
春華が醸し出す雰囲気から、
「春華。もうそろそろ帰らないと夜になっちゃうヨ。今日のところはいったん引き上げて、また来るなり他の手がかりを探すなりしようヨ」
春華のことを非情な少女だと思っていたら、まず出てこない言葉だろう。
メルは一度、春華のことを嘘つきだと疑った。その疑いを持ったまま非情な少女だと感じれば、怒りは頂点に達したはずだ。しかし、そうはならなかった。春華の姿は、メルの認識を改めるには十分なほど健気だった。
あんなに怒っていたはずのメルは、春華を哀れだとすら思うようになっていた。
そういう意味で、メルは素直な性格をしている。間違っていることは素直に認めることができる反面、人の言動をそのまま受け止めてしまうきらいがある。だからこそ、嘘を何よりも嫌うのかもしれない。
「……でも、靴があるんです。あの靴は、姉が最後に履いて出た靴で間違いありません。なら、ここにいるはずじゃないですか!? 裸足のまま外に出るなんてありえません。靴を履けばいいんだから。それに、
問い詰めるような春華の言葉に、直人もメルもなにも返すことができなかった。
春華の言っていることに矛盾も間違いもない。理屈の上では、冬華はこの家のどこかにいるはずなのだ。
「ねぇ……。重彦と冬華が出て行ったのっていつなのカナ? 正確に教えてヨ」
突然、自分の言葉とは無関係なことを訊かれて、春華は動きを止めた。そして、すぐに記憶を手繰り寄せる。
「五日前の朝十時頃です」
「間違いないネ?」
忘れるはずがない。大切な家族と最後に会った日だ。春華は力強くうなずいた。
「じゃあ、今度はナオ。隕石が落ちたのっていつだったっけ?」
メルは春華の意志を受け取ると、今度は直人に訊いた。
「たしか、それも五日前じゃなかったか? たぶん、今くらいの時間だ」
直人はメルの真意を測りかねていたが、質問には素直に答える。
「うんうん。なるほど。それじゃあ、重彦たちが家を出て、真っ直ぐここに向かったとして、到着は昼頃だよネ。それから隕石が落ちるまでの時間は、だいたい三、四時間ってところか。それなら、なんとかなるカナ」
メルは一人で話を進める。
ここでの滞在時間がどうしたというのか。直人にも春華にもメルの狙いが分からない。
「なんとかなるってなんだ? お前、なにか良い案でもあるのか?」
訊かれたメルは誇らしげに胸を張った。こういう時のメルは、名案を持っているか、悪だくみをしているかのどちらかだ。直人はそのどちらでも、この状況を打開できるのならかまわないと思った。
「にひひひひ。冬華がどこに行ったのか、ボクがこのカワイイ目で見てきてあげるヨ」
カワイイ目かどうかはさておき、直人はメルがなにを言っているのか分からなかった。もちろん春華にも分からない。
「あ~、言ってなかったもんネ。ボクはネ、過去を見てくることができるんだヨ」
「はぁっ!?」
直人が素っ頓狂な声を上げる。
「お前、そんなこと一度も言ってなかったじゃないかよ」
「そうだネ。言う必要もないし、訊かれなかったからネ。それにできるようになったのは最近だし……」
「いやいや。言う必要はあるだろ。だいたい、そんなことができるなら、最初からさっさとその力で冬華さんを探せば良かったじゃないか」
「だって、使うと疲れるんだもんっ! それに、ボクは春華を疑っていたからネ。でも、今の春華を見ていたら協力しないわけにはいかないヨ。ちょっと疲れるくらい我慢しないとネ」
メルは春華に向かってウインクしてみせた。春華は、訳が分からず目をパチクリさせながらメルと直人を交互に見る。
春華の視線を受けた直人は、メルに説明を求めた。
「説明と言われてもネ。要するにボクの魔法で、過去に起きたことを見てくるってことだヨ。それだけ。分かったカナ?」
直人が、それだけではよく分からないと無言で伝えると、メルはやれやれと両手を肩のあたりで広げて続けた。
「過去を見てくると言っても、いつでも好きなところに行って来れるわけじゃなくて、ボクがいるこの空間の時間をさかのぼったり、進めたりすることしかできないんだ。だから、今ここから見える景色以外は見ることができない。それにボクにできるのはあくまでも見るだけ。だから、重彦を助けるとかそういうことはできないヨ」
便利なようで意外と制約が多い。それでも冬華を見つける手助けになりそうだ、と直人も春華も期待していた。
「あとは……そうだなぁ……。そうそう! 例えば、昨日の朝十時から夜十時までを見たいとするよネ? その場合は、ボクもしっかり十二時間そこにいないといけないんだヨ。早送りしたりはできない。外から見てるキミたちからしたら一瞬のことだろうけど、ボクはしっかり十二時間を体感するんだ。だから疲れるのサ。とまぁ、こんなところだけど何か質問はある?」
直人には、一つ気になることがあった。
「その魔法、あのレビューの人の魔法に似てないか?」
自分で口に出したその単語が、チクリと直人の胸を刺す。
あのレビュー。
忘れかけていたものが思い出された。
『この事務所に依頼するのは、絶対にやめておいた方がいい!!』
目を瞑るとレビューの文言、それから怒ったあの女性の顔が浮かぶ。
「ん? 似ているというか、そのものだよネ」
メルは悪びれることなくサラッと答えた。
「とにかく、他に質問がないならサッサと見てきちゃうけどいいカナ?」
直人はもっと深く追求したかったが、冬華の捜索が最優先だと考えて思いとどまった。メルとはいつでも話ができる。
冬華の置かれた詳しい状況は分からないが、急いだほうが良いだろう。
「分かった。とにかく今は、冬華さんの安否を確認するのが先決だな」
「メルちゃん。それに先生も。本当にありがとうございます」
春華は、表情のない顔にツーッと流れる涙を拭った。音もなく流れる涙がなければ、誰も春華が泣いているとは気がつかなかっただろう。
頬が黒く染まる。
瓦礫を懸命に掘り起こしていたから、春華の手は黒く汚れていた。
「気にしなくていいんだヨ。ボクの方こそ、疑ったりしてごめんヨ」
メルに言われて、春華はフルフルと頭を振った。黒い髪がダンスを踊る鳥のように扇状に揺れる。
「それじゃあ、ちょっくら行ってくるヨ」
湿っぽい雰囲気を嫌うメルは、目一杯調子良く手を上げた。そして、見送りの言葉を聞くことなく、春華と直人の目の前から消えていなくなった。
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