第6話 捜索が最優先

 入ることができる部屋はすべて探したが、冬華とうかを見つけ出すことはできなかった。

 どこかに埋もれているかもしれないと、できる範囲で瓦礫をどかしてみたりもしたが、いずれも空振りに終わった。


 直人たちが限界集落に到着したのは昼過ぎだったが、今は、だんだんと日が暮れてきている。


 父親の亡骸と予期せぬ対面をした春華はるかのショックは、計り知れない。それにもかかわらず春華は、そんな様子はおくびにも出さずに、黙々と冬華を探していた。その姿は父の死を何とも思わない非情な少女ともとれるし、父の死という痛みをこらえて、ただ一人の残された肉親である姉を懸命に探す健気な少女ともとれる。


 春華が醸し出す雰囲気から、直人なおともメルも後者であると受け取った。


「春華。もうそろそろ帰らないと夜になっちゃうヨ。今日のところはいったん引き上げて、また来るなり他の手がかりを探すなりしようヨ」


 春華のことを非情な少女だと思っていたら、まず出てこない言葉だろう。

 メルは一度、春華のことを嘘つきだと疑った。その疑いを持ったまま非情な少女だと感じれば、怒りは頂点に達したはずだ。しかし、そうはならなかった。春華の姿は、メルの認識を改めるには十分なほど健気だった。


 あんなに怒っていたはずのメルは、春華を哀れだとすら思うようになっていた。

 そういう意味で、メルは素直な性格をしている。間違っていることは素直に認めることができる反面、人の言動をそのまま受け止めてしまうきらいがある。だからこそ、嘘を何よりも嫌うのかもしれない。


「……でも、靴があるんです。あの靴は、姉が最後に履いて出た靴で間違いありません。なら、ここにいるはずじゃないですか!? 裸足のまま外に出るなんてありえません。靴を履けばいいんだから。それに、魔法籍マジカルレジスターによれば、姉は生きているんでしょう? 魔法庁は、絶対に間違えないんでしょう?」


 問い詰めるような春華の言葉に、直人もメルもなにも返すことができなかった。

 春華の言っていることに矛盾も間違いもない。理屈の上では、冬華はこの家のどこかにいるはずなのだ。


「ねぇ……。重彦と冬華が出て行ったのっていつなのカナ? 正確に教えてヨ」


 突然、自分の言葉とは無関係なことを訊かれて、春華は動きを止めた。そして、すぐに記憶を手繰り寄せる。


「五日前の朝十時頃です」


「間違いないネ?」


 忘れるはずがない。大切な家族と最後に会った日だ。春華は力強くうなずいた。


「じゃあ、今度はナオ。隕石が落ちたのっていつだったっけ?」


 メルは春華の意志を受け取ると、今度は直人に訊いた。


「たしか、それも五日前じゃなかったか? たぶん、今くらいの時間だ」


 直人はメルの真意を測りかねていたが、質問には素直に答える。


「うんうん。なるほど。それじゃあ、重彦たちが家を出て、真っ直ぐここに向かったとして、到着は昼頃だよネ。それから隕石が落ちるまでの時間は、だいたい三、四時間ってところか。それなら、なんとかなるカナ」


 メルは一人で話を進める。

 ここでの滞在時間がどうしたというのか。直人にも春華にもメルの狙いが分からない。


「なんとかなるってなんだ? お前、なにか良い案でもあるのか?」


 訊かれたメルは誇らしげに胸を張った。こういう時のメルは、名案を持っているか、悪だくみをしているかのどちらかだ。直人はそのどちらでも、この状況を打開できるのならかまわないと思った。


「にひひひひ。冬華がどこに行ったのか、ボクがこのカワイイ目で見てきてあげるヨ」


 カワイイ目かどうかはさておき、直人はメルがなにを言っているのか分からなかった。もちろん春華にも分からない。


「あ~、言ってなかったもんネ。ボクはネ、過去を見てくることができるんだヨ」


「はぁっ!?」


 直人が素っ頓狂な声を上げる。


「お前、そんなこと一度も言ってなかったじゃないかよ」


「そうだネ。言う必要もないし、訊かれなかったからネ。それにできるようになったのは最近だし……」


「いやいや。言う必要はあるだろ。だいたい、そんなことができるなら、最初からさっさとその力で冬華さんを探せば良かったじゃないか」


「だって、使うと疲れるんだもんっ! それに、ボクは春華を疑っていたからネ。でも、今の春華を見ていたら協力しないわけにはいかないヨ。ちょっと疲れるくらい我慢しないとネ」


 メルは春華に向かってウインクしてみせた。春華は、訳が分からず目をパチクリさせながらメルと直人を交互に見る。

 春華の視線を受けた直人は、メルに説明を求めた。


「説明と言われてもネ。要するにボクの魔法で、過去に起きたことを見てくるってことだヨ。それだけ。分かったカナ?」


 直人が、それだけではよく分からないと無言で伝えると、メルはやれやれと両手を肩のあたりで広げて続けた。


「過去を見てくると言っても、いつでも好きなところに行って来れるわけじゃなくて、ボクがいるこの空間の時間をさかのぼったり、進めたりすることしかできないんだ。だから、今ここから見える景色以外は見ることができない。それにボクにできるのはあくまでも見るだけ。だから、重彦を助けるとかそういうことはできないヨ」


 便利なようで意外と制約が多い。それでも冬華を見つける手助けになりそうだ、と直人も春華も期待していた。


「あとは……そうだなぁ……。そうそう! 例えば、昨日の朝十時から夜十時までを見たいとするよネ? その場合は、ボクもしっかり十二時間そこにいないといけないんだヨ。早送りしたりはできない。外から見てるキミたちからしたら一瞬のことだろうけど、ボクはしっかり十二時間を体感するんだ。だから疲れるのサ。とまぁ、こんなところだけど何か質問はある?」


 直人には、一つ気になることがあった。


「その魔法、あのレビューの人の魔法に似てないか?」


 自分で口に出したその単語が、チクリと直人の胸を刺す。

 あのレビュー。

 忘れかけていたものが思い出された。


『この事務所に依頼するのは、絶対にやめておいた方がいい!!』


 目を瞑るとレビューの文言、それから怒ったあの女性の顔が浮かぶ。


「ん? 似ているというか、そのものだよネ」


 メルは悪びれることなくサラッと答えた。


「とにかく、他に質問がないならサッサと見てきちゃうけどいいカナ?」


 直人はもっと深く追求したかったが、冬華の捜索が最優先だと考えて思いとどまった。メルとはいつでも話ができる。

 冬華の置かれた詳しい状況は分からないが、急いだほうが良いだろう。


「分かった。とにかく今は、冬華さんの安否を確認するのが先決だな」


「メルちゃん。それに先生も。本当にありがとうございます」


 春華は、表情のない顔にツーッと流れる涙を拭った。音もなく流れる涙がなければ、誰も春華が泣いているとは気がつかなかっただろう。

 頬が黒く染まる。

 瓦礫を懸命に掘り起こしていたから、春華の手は黒く汚れていた。


「気にしなくていいんだヨ。ボクの方こそ、疑ったりしてごめんヨ」


 メルに言われて、春華はフルフルと頭を振った。黒い髪がダンスを踊る鳥のように扇状に揺れる。


「それじゃあ、ちょっくら行ってくるヨ」


 湿っぽい雰囲気を嫌うメルは、目一杯調子良く手を上げた。そして、見送りの言葉を聞くことなく、春華と直人の目の前から消えていなくなった。

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